第2話 悪役貴族、冒険者を目指す
「いや、セシルさん、別に退学までしなくても……。いったい、何があったんですか?」
主人公のマーガレットがうろたえながら、聞いてくる。
「マーガレット嬢、わたくしに対するあなたの心証が極端に悪いのは明らかです。わたくしはこの二年、決して悪事と呼べるものに手を染めたことはありませんが、それ以前の言動と悪評はどうすることもできなかったようですね」
転生前のセシル・アウトマンがろくな奴じゃなかったのは事実だから、仕方ない。
「ほかの生徒会の皆さんもわたくしの印象は悪いままのようです。この責任はわたくしにあります。心を入れ替えて学院生活を送るという程度では、罪はぬぐえないらしい。なので、退学して伯爵の地位も捨てるという罰でその贖(あがな)いにすることにしました」
「や、やりすぎだ……。すべてを捨ててどうやって生きていくつもりなんだ?」
生徒会長も唖然としている。
「その質問に誠実に答えるとすれば、『わかりません』としか言えません。一週間で野垂れ死ぬかもしれませんし、貴族階級とはまったく違った場所で栄達の道をつかめるかもしれません」
これは壮大な実験なのだ。自主退学によって、俺の未来は開けるかもしれない。
そこで俺は床に膝を突いた。
この世界に土下座などという概念はないが、それでも無様な行為には違いない。
「おい、セシル! 何のつもりだ!」
「わたくしのことは一生恨んで呪ってくださっていただいてけっこうです。人に誇れる人生を送ってきたつもりもありません。ですが、来年学院に入学予定の妹には何の罪もありません。どうか、妹を引き立ててやっていただけると幸いです」
妹のカミラは自分にはもったいない妹だ。
だが、妹のためにも俺は去ったほうがいい。俺の妹ということでどうしても印象が悪くなる。
俺だってカミラと離れたくはないが、俺がどこかに行くことでカミラの地位が向上するなら選ぶに決まっている。
「わかった。妹さんのことは心配しないでいい」
生徒会長がそう言ってくれたので、俺の心配事はすべて消えた。
そのあと、俺は学院の事務局へと向かい、退学したい旨を伝え、書類を提出した。
事務局の職員は想定外のことで、引き留めることもできずに受理するしかなかった。
現時点で俺は生徒であると同時にアウトマン家という伯爵家の当主でもある。伯爵がルール上何も問題ないことをやろうとしてるのを止められる者などいない。
これで俺は晴れて退学した。
このあとの運命がどうなるかはわからないが、少なくとも退学させられることは絶対になくなった。
◇
「お兄様、何を考えているのですか? 正気なのですか?」
経緯の説明をしたら、妹のカミラに何度も何度も正気を疑われた。
「もう決まったことだ。俺は学院の生徒じゃない。で、たった今、お前に伯爵家の当主の地位も譲る。この家は煮るなり焼くなり好きにしろ」
「バカですか! バカ、バカ!」
とてもじっとしたまま叱責もできないらしく、妹の長い髪がゆらゆら揺れる。
「バカと言われるかもしれないけどさ、これが俺の中で最もいい解決策だと思ったんだよ。俺の学院での印象が最悪なのはお前も知ってるだろ?」
セシルはそのへんの不良を集めての乱痴気騒ぎをしていたらしい。この二年は何もしてないが。過去の転生の中では、あえて不良たちと仲良くなって、そこに状況打開の方法がないかと探ったこともあったが無駄だった。なおさら破滅に近づくだけだった。
「だとしても……当主の地位すら捨ててどうやって生きていくんですか? お兄様一人を一生養う程度のお金ならありはしますけれど……」
「それはダメだ。俺が伯爵家にとどまってれば、お前に累が及ぶリスクがある。俺も父上もろくなことはしてなかった」
『アルカイック・フェアリー ~淑女の誓い~』という乙女ゲーでは、大量の禁書の魔術書を集めていたという理由で俺は処刑されることになっている。
なお、ヤバそうな魔術書はすでに処分しているし、何も知らない妹が罰せられるおそれはない。でも、俺が伯爵家に残っている場合、俺が処刑されるリスクは残ってしまう。
「じゃあ、どうやって生活するつもりなんです? 靴磨き一つだってベテランになるには相当な年数がかかるんですよ。楽にできる仕事などこの世界には何もないんです」
「冒険者をやる」
「冒険者……?」
妹は意味がわからないという顔になる。
そう、この世界、乙女ゲーだから冒険者ギルドのシステムは作中ではろくに出てこないのだが、逆に言うと、存在はしているのだ。
「冒険者ギルドに冒険者として登録する。そのうえで、名前を変えてド田舎を移動して生活する。俺はまだ18歳だ。やれないこともないだろ」
「……? お兄様、それでは倒産した商店の夜逃げではありませんか! まさか本当に犯罪にでも手を染めていたんですか?」
これは言うしかないか。
「あのな、父上の執務室の本棚には禁書となっている魔術書が入っている――ことになっていた。俺の魔術の知識では判断はできないが、個人を捕まえて処刑できるぐらいのカードだ。もう全部焼いてるけど、なんとしても俺を殺したい奴はこのカードを無理にでも使おうとするかもしれない」
この乙女ゲーの世界を否定するつもりはないが、悪役貴族なんてざまぁ的にぶっ殺されるほうがゲームとしてはいいからな。微罪のはずなのに処刑されるなんてことは全然ある。
「お兄様がのこの二年間、急に真面目になっていたのはわかっていましたが、そんな深い考えが」
「深いかはわからないが、自分なりに考えていたのは事実だ」
「わかりました。アウトマン家はわたくしが守りますので、旅に出てください」
妹は力強く頷いてそう言ってくれた。
「でも……もしどうしようもなくなったら、戻ってきてくれていいですからね。アウトマン家は前伯爵のお兄様を守ります」
「ああ、そうさせてもらう」
本当にできすぎた妹だ。この妹をこれ以上悲しませないためにも俺は旅に出ないといけない。
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