元伯爵家の魔法使い ~何度ループしても処刑される悪役貴族なので、爵位捨てて放浪の旅に出てみたら超高名な冒険者になりました~

森田季節

第1話 このままだと処刑されるので、自主退学してみた

「あれがセシル・アウトマンか。やっぱ、悪人の伯爵って顔してるよな」


「この一年、笑ってる顔を見た奴は誰もいないって話だぜ」



 学院を歩いていると、そんな陰口が俺の耳にもいくつも入ってくる季節になってきた。



 もう、冬もだいぶ深まってきた。この王都ももうすぐ積雪するだろう。そんな真冬にはあのイベントがある。俺がこの世で一番嫌いなイベントだ。





 舞踏会――学院の有力者だけが参加できる、王立高等学院の学生なら誰もが参加を夢見る会。





 この舞踏会中に、俺は庶民出身の聖女、マーガレットに陰湿なイヤガラセ行為を続けていたという罪を糾弾されて、すべてを失う。




 この世界は『アルカイック・フェアリー ~淑女の誓い~』という乙女ゲーの内部だ。



 前世で俺は姉にイベントスチル回収を厳命され、結果的にゲームをやり込むことになってしまったので、この世界がゲームの一部だということも、自分が悪役貴族のセシル・アウトマンであることもすぐにわかった。




 どうでもいいけど、アウトマンって姓は悪意がありすぎるよな……。絶対に「アウトな男」という意味合いでライターの日本人がつけた名前だろ……。




 普通にシナリオが進めば、俺は舞踏会中に断罪され学院は追放、さらに俺が若い伯爵家当主として不正を行っていたということが発覚し、処刑されるという展開になる。




 別に学院追放だけでいいと思うんだけど、ライターはとりあえずどぎつくしたほうが面白くなるだろうとお考えだったらしい。





 自分が悪役貴族だということはわかっていたから、転生一回目からどうにかしようとはした。主人公のマーガレットへのイヤガラセなどもしないようにしたし、高慢な態度もとらないように気をつけた。




 結果は同じだった。俺は断罪されて、処刑された。





 ちょっと善人として振る舞ったところで、ゲームの運命はなかなか変えられないらしい。マーガレットもその周囲の人間も俺の善意を、何かの罠だとか、探りを入れているのだとか考えて、いつのまにか本当に悪いことをしていたことにされてしまうのだ。





 そして処刑されて、またマーガレットが入学した時に、学院の二年生だった自分にループしてしまう。





 100回はループしただろうな……。




 試せることはすべて試したつもりだが、びっくりするぐらい運命は変えられなかった。





 おそらくだが、俺が学院の二年生(16歳)の時にループして二年後に処刑されることと関係があるのだろう。




 16歳と言えば、それまでに人格もかなり形成されている。俺は14歳の時に父親の死によって伯爵家を継ぎ、小悪党みたいなことをしていたらしい。その傷は俺が転生した時点でついているので、今更変えられない。




 なので、俺が善人として振る舞っても、周囲の人間は「あのセシルが心を入れ替えるわけがない」と思ってしまい、結局破滅してしまう。





 舞踏会の一か月前の今の段階では、すでに一般の生徒すら俺のことを悪く言っていい雰囲気が出来ている有様だ。さっきも廊下を歩いていたら名前も知らない生徒から舌打ちされた。常識的に考えて、舌打ちするほうが悪いだろ……。自分が正義だと考えて、暴走してないか?






「はぁ……」





 俺は学院の柱にもたれかかり、手を見て、ため息を吐いた。





 これまで俺はなんとか学院の生活をまっとうできるように努力した。学生生活だけでも百回、年数なら二百年もやってるので、性格も丸くなった。




 人の苦労もわかるようになったし、まして弱者を嘲笑うようなことなど絶対にしていない。休日に行われるボランティア活動も参加している。





 それでも退学になって、処刑される。




 一方で、ループは行われるので理論上、俺が生き残れる可能性も残されているはずだ。




 ……絶対に処刑されるだけという無間地獄ってことはないよね……? ないと信じさせてほしい。前世の俺はそのへんの一般市民で、酔った日に階段から転落して死んだだけのはずだ。






 なので、俺はこのループを脱出できるかもしれない案を一つ試したいと思う。





 できるなら、やりたくなかったのだけど、ここまで失敗続きということは、この部分から変更を加えるしかないんだろう。





 俺はゆっくりと生徒会室へと向かった。











 生徒会室には主人公のマーガレットや、王家の一族で生徒会長のアルフレッド、宰相家出身の副会長のテレンスといった生徒会の面々がいた。





 スチル集めをしていた時は、いい奴らだなと思っていたが、自分が悪役貴族側になったら印象も変わってしまった。




 過去はともかく、この二年の俺はまっとうに生きてるはずなのだ。それを一切認めてくれないのは酷いし、人を見る目もないことになる。




「セシルか。いったい、何の用だ?」




 生徒会長のアルフレッドが露骨に緊張した顔になる。政敵が目の前に来てもこんな露骨に顔には出ないだろう。





 その横ではマーガレットも怯えた顔をしている。何も嫌がられることはしてないし、当然ストーカー行為みたいなこともやってない。つまり何の接点もないはずなのに、この仕打ちはないよな。




 まあ、それも慣れてしまった。それにもう気にする必要もない。





「生徒会の皆さん、少し私事で報告したいことがあって参りました。ご安心を。皆さんの不利になることは絶対にありません」





 俺は落ち着いた声で言った。長らく練習してきたので、思ったよりすらすら口に出せた。





「何ですか、いったい? 内容を聞くまで安心できませんね」




 副会長のテレンスが眼鏡を押し上げて言う。




「わたくし、セシル・アウトマンは本日いっぱいで学院を退学することにいたしました」





 生徒会の面々が驚いた顔になる。





「まさか……学院を退いて、伯爵家の当主として何か妨害交策でも働く気ではないだろうな」





 生徒会長はやはり俺を完全に策士だと決めてかかっているらしい。まあ、退学するというのは一種の策かもしれないが。





「いえ、伯爵家当主の地位も三つ下の妹に継承させます。自分はすべて捨てて、放浪の旅にでも出るつもりです」





「「「「放浪の旅!?」」」




 生徒会の面々が声を揃えた。




 まあ、非常識な宣言だよな。混乱もするだろう。





 俺は学院の生徒として生きることに固執していた。その結果、ことごとく断罪されることになった。




 もしかして、この世界は俺が学生としての立場をまっとうできないようになっているのではないか?




 舞踏会イベントはマーガレットがどのキャラとフラグを建てるかの超重要イベントでもある。そのイベントの生贄の羊の意味を俺は担っているんじゃないか。





 だったら退学処分を言い渡される前に退学してやる。






 退学している奴を退学させることは絶対にできない。






 これが俺の策だ。

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