魔法撲滅委員会
亜有我呼(ああああ)
『第一章』魔法撲滅委員会
第1話『魔法の杖』
電気ランタンの頼りない豆電球だけが真っ暗な闇に立ち向かう、薄暗い地下室で、アルドゥハは杖を握りしめて立っていた。
──覚悟など、とっくの昔に出来ている。
杖を振るえば、償いは、終わる。
杖は、魔法を恨む彼らに届くだろう。
杖は、魔法のない世界を作るだろう。
だから──アルドゥハは、杖を振るわなくてはいけない。
最後の魔法を消し去る為に高く掲げられた魔法の杖は、微弱に震えながら、振り下ろされるのを待つ。
「アルドゥハ────」
そして、杖は時を超え、再び彼らの元へと届く──
───────
『魔法撲滅委員会』
第1章『魔法撲滅委員会』
第1話『魔法の杖』
机から発される木の香りを頬で感じる五時間目の教室で、アルドゥハは長い夢を見ていた。
それは『罪滅ぼしの為に罪を犯す』夢で、目覚めてしまえば滑稽で、矛盾に満ちた夢だった。
なのに、夢の中にいる間はずっと悲しくて、泣きたいのを堪えて、自らが不幸になる選択を強要され続けているかのようだった。
「おい、アルドゥハ。今日お前日直だろ」
ぼーっとしたまま、授業の終わりまで顔を伏せていたところに、クラスメイトのオゾンが声を掛ける。
そういえばそうか、自分は学生で、今日は日直。夢の記憶と現実が混濁して、すっかり忘れてしまっていた。
重たい体を立ち上がらせて、国語の板書でびっしりの黒板の方に向かって歩く。
「全く、給食を食べて、一番眠いタイミングに国語、六時間目は社会なんて、もうこれ睡眠魔法だろ」
五月の暖かさも相まって、到底抗えるような魔法ではない、もはや睡眠系の最上級魔法と呼んでも良いだろう。
教卓のすぐ前の席に座るオゾンに言い訳をすると「どう考えても深夜までターキーとゲームやってるせいだろ」とツッコまれるが、自分達はオンライン対戦の抗いがたい魔力の犠牲者に過ぎず、生活を改める気はさらさらなかった。
黒板を消しながら、ふとグラウンドの方を眺める。
一階の教室からの眺めは、それ程良いものでもないが、なんとなく、何か異様な気配に惹かれるように外を見た。
「──犬?」
そこには真っ黒な犬か何かがいた。それも、何匹も。それにしては誰もそれを騒ぎ立てることもなく、自分以外は誰も気付いていないようだった。
そして、オゾンがアルドゥハの呟きに反応して、外に目を向けると──犬たちは、まるでゲーム内で倒した敵が消えるように、スゥーッと景色に吸い込まれていった。
「……何寝ぼけてんだ、お前」
オゾンは呆れたようにそう言い放ち、困惑するアルドゥハの方に向き直る。
──見間違いか。変な夢を見たせいで、脳みそがまだ混乱しているのだろう。
アルドゥハは微妙に納得できないまま、それでもそうとしか思えない現象を、諦めて飲み込んだ。
板書をしながら語られる戦争がどうのこうのという話は、しっかり毎晩のように予習しているので、ただただ眠気を誘うものだった。
うつら、うつらと船を漕ぎながら、ノートにミミズを這わせて──これ以上は耐えられないことを理解し、降伏勧告を受け入れた。
そして、夢の世界へと堕ちていき──自分が、だだっ広く薄暗い、無機質な空間に居ることを知覚する。
そんな場所で、誰かが彼の名前を呼ぶ。
『アルドゥハ────』
髪が長くて、美しい女の人が、まるで石像のように一切動かないまま、少し遠くから彼を呼んでいる。
──誰だろう、この人は。
先程の夢でも、同じ人を見た気がする。
あの夢の中では、誰よりも大切で、守らなくては行けない人なのに──自分の手で消し去ってしまった人。
脈絡のない、夢らしい夢だった。なのにとても悲しくて、今でも吐きそうなくらい胸が痛む感じがして──不思議だった。
『この祈り、あなたに届けたよ』
彼女はそう言いながら、薄暗い空間を照らし出す眩しい光になり、アルドゥハは思わず目を逸らした。
──それでも、見届けなきゃいけない、という強迫観念に駆られた彼は、眩しい中で目を開き、彼女の姿が消えていくのを見る。
わけも分からないまま、ただこらえていた涙が溢れて、全ての終わりを見届けているような──あるいは始まりを感じているような、そんな気分になっていた。
彼女は最後に、散りゆく身体をようやく動かして、腕を大きく広げて、アルドゥハに抱き着く。
『私は幸せだったよ。だから────頑張って』
彼女はそんな祝福を残し、完全に消えてしまった。
そして、言いようのない喪失感のようなものを感じながら、アルドゥハは腕の中に残った何かを手に取った。
──あの杖だ、最初の夢で彼女に振り下ろした、螺旋の杖だ。
大きな螺旋の部分はなくなっていて、一つの白色球体が先端についているが、黒い金属らしきもので出来ている杖は、確かにあの夢で見たものだった。
アルドゥハはその杖を本能的に両手で持ち、高く振りかざす。
すると頭の中で、今度は誰かによる呪詛が響き始める。
『──僕は認めない』
真っ黒で──それでいて、突き刺す程に尖った、何かを呪う言葉はアルドゥハを怯えさせる。
先程までの優しい夢とは打って変わって、唐突に悪夢と化した世界は、その呪詛に形を与え──真っ黒な影は、実体を獲得した。
『僕は許さない──』
影は、アルドゥハから杖を奪い取り、彼に背を向けてゆっくりと歩きながら、そんな事を言う。
──何を認めず、何を許さないんだ。
彼が呪いの影に、言葉にならない問いをかけると、影は振り返る。
影は──まるで、10年後の自分の姿のようだった。
『この世界には、魔法が存在する』
影は杖を振って火を起こし、その『魔法』を実演する。
夢の中なのに、アルドゥハのすぐ隣を通り抜けたその『火炎魔法』は、皮膚を焦がす程に熱く、彼は思わず一歩後ずさる。
『宇宙を作った神は万能ではなく、現実を作る為の法則を必要とした。火が起きるのは、現実で条件を満たしたところに火という情報が与えられるからなのだ』
──彼は、理科の勉強をして来なかったらしい。
発火や燃焼という現象の法則くらいは、中学生のアルドゥハですら理解するところだ。
あらゆる現象は法則によって発生しており、その法則は『種も仕掛けもない杖から火球を打ち出す』ことを容認するようなものではない。
『問題は、その法則が絶対のものではなく、書き換え可能な《プログラム》に過ぎない事だった。例えば火という情報の条件を書き換え、例外的に《今この場所に火を起こす》とすれば、魔法は発動する』
──法則の書き換え?
仮にそんな事が可能なら、なんだって出来る。
火炎魔法だけでも無限のエネルギーの生成が可能になるし、法則を書き換えられるのであれば──そんなケチな話だけではなく、あらゆる困難が魔法で解決する時代が来る。
『だが、そうしてしまえば、その情報には改ざんの痕跡が残り続け、時としてそれは《
そんな、ゲームのような作りをしているのか。
ゲームの中の
しかも──改ざんするのは、個人のデータではなく、
『そして、魔法が使われ続ければ、いずれ世界は《
そう言いながら、影が杖を無機質な空間の地面に突き立てると、空間は現実の学校のようになり──いや、ここは間違いなく学校だった。
いつの間にか目を覚ましていたらしいアルドゥハだが、以前として壁の向こうの影の声は聞こえて来た。
『この魔法の痕跡を消し去り、情報をあるべき姿に戻し、宇宙規模の『魔法災害』を防ぐ──それが、
──すべての魔法を、この世から消し去れ。
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