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「もしもし、達彦くん? ちょっと話を聞いて欲しいんだけど……実は、訳あって『狼憑き』の事例を調べることになっちゃってね。達彦くんの力を借りようと思ったのよね。いや、達彦くんが『ダメ』って言うんだったらそれまでだけどさ、万が一のこともあるから……探偵役を務めて欲しいって訳」


 私は、「達彦くん」という知り合いに電話した。――彼は低く気だるい声で言う。


「彩花、本当に俺に探偵役を任せるつもりなのか。お前は俺のことをそういう人閒だと思っているようだが、俺はあくまでも一般人だぞ? お前が好きな京極夏彦の小説に出てくる憑き物落としのようなヒーローじゃないし、探偵でもないぞ」


「まあ、そう言わずに……報酬は出すからさ」


「報酬?」


「そうだなぁ……達彦くんの好きな大阪の『ネイティブアメリカンカレー』のカレーを奢ってあげるとか」


「そうか。――仕方ないな、それなら俺はお前の依頼に応えようと思う。それで、場所はどこなんだ」


「兵庫県は兵庫県でも、北部にある『豊岡』って場所よ。まあ、私にとっては実家がある場所だけどさ」


「なるほど。――まあ、二日あれば『狼憑き』に対する調査は進められそうだな。彩花、俺の車で同行するというのはどうだ?」


「私、車の免許なんて持ってないから……最初からそのつもりだったけど」


「彩花、俺をなんだと思っているんだ。――まあ、良いだろう。とにかく、明日お前の家の前で車を停めて待っているからな」


 こうして、私は達彦くんとの交渉を終えた。


 私は「廣江彩花ひろえあやか」という本名を持っているし、さっき電話で話してた「達彦くん」の名前は「漆原達彦うるしばらたつひこ」という。普段の彼は尼崎の私立高校で化学の教師として働いているけど、それは借り初めの姿でしかない。「彼」が「彼」である所以、それは「」である。――麦角菌のことも、彼からの受け売りでしかない。


 達彦くんとの出会いは大学でのミステリ研究会まで遡る。私は京都の「同命社大学どうめいしゃだいがく」というそれなりの難関大学に通っていて、「とりあえず小説家を目指すにはミス研だろう」ということでミス研に在籍することになって、その時に彼と出会った。彼曰く好きな作家は「有栖川有栖ありすがわありす」で、ことあるごとに私に対して国名シリーズの魅力について語ってたことを覚えている。ちなみに私は国名シリーズは国名シリーズでも有栖川有栖よりはエラリー・クイーンの方が好きである。――結局、前期に限るけど。


 私は中学の頃に「理科と技術以外の成績が壊滅的だ」と進路相談で指摘されていたので最初から理工学部以外の専攻は考えておらず、結局大学の理工学部で四年間を過ごした。――まあ、関西だから「四回期」と言うべきだろうか。


 その結果、文京区音羽おとわの某出版社から商業デビューのオファーをもらい、私は小説家になった。もちろん、商業デビューがゴールじゃないのは分かってたから、文京区音羽の湿板社以外にも色々な出版社に対して売り込みをかけていき、その結果――かつて横溝正史よこみぞせいしという伝説のミステリ作家を輩出した丸川書店という伝統ある出版社から「いわゆる『ライト文芸』でいいから何か書いて欲しい」と言われてコネクションを得た。


 ただ、私が書きたいモノはライト文芸なんかじゃなくて本格ミステリだったので、丸川書店の案件に対しては何かと苦戦していた。――明らかに私の書きたいモノと丸川書店が求めている読者層に対して齟齬そごが発生していたからだ。


 そんな最中で丸川書店から提示された「モキュメンタリーホラーを書いて欲しい」というオファーに対して、私は慎重にならざるを得なかった。実際、丸川書店から発売されたモキュメンタリーホラーはいくつか映画化されているので、私は「映画化」ということを念頭に置いて執筆を開始して……ネタに詰まった。


 そんなタイミングで発生した「狼憑き騒ぎ」は、不謹慎ながら私にとって商機だった。もしかしたら、「兵庫県北部で発生したとされる一家鏖殺事件」を題材としたモキュメンタリーホラーの参考になるかもしれないと思ったからだ。



 しかし、私はこの事件を追っていくうちに――自分というモノを見失いそうになってしまった。まるで、狼に誑かされるかのように。

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