第4話 緊張

 ライブ当日。

 アーティストの中でも、トップオブトップしかステージに立つことを許されない味の素スタジアム。

 今日は超満員で約7万人が押し寄せるみたいだ。


 待ち合わせの時間よりもかなり余裕を持って電車で向かう。


 まだふわふわした気分だ。

 ずっと行きたかった、赤城さんのライブ。

 なのに、楽しみよりも緊張が勝る。なぜなら、これから楽屋挨拶というやつに行くことになり、早めに向かっているのだ。


「千愛、今日は誘ってくれてありがとうね」

 隣に座る奈緒。


「ううん、はぁ〜緊張するね」

「そうだね。私でも緊張するくらいだから、千愛はよっぽどなんじゃない?」

「うん、ほんとやばい」


 スマホをぎゅっと握りしめる。

 力を込めていないと、震えが止まらない。


 スマホに目を向けると、さっきまで流し見していたXの画面が写っている。


「#赤城ライブ」


 タイムラインが荒れ狂っている。


「赤城翔、味の素ライブのチケット転売価格、100万円越え」


 流れてきたネットニュースに引用リポストが溢れている。


 見るに耐えない罵詈雑言の嵐だ。

 私なんか、たまたま知り合っただけなのに、貴重な1席をいただいて、申し訳なく思う気持ち。

 だが、それに勝る喜びが心を支配していた。


「上野さんに来て欲しい」


 彼の声が今でも、耳に、心の奥底にこびりついて離れない。

 低めだけど、よく通る声。

 何千回、何万回と聞いてきた声。

 現実でも変わらなかった。


 ずっと妄想していたことが現実に起きた。

 いや、現実以上のことが起きた。


 はぁ。

 軽いため息が漏れる。


「ほんとに緊張してるんだね」

「もう自分の心臓に殺されそうだよ」


 スマホを額にコツンと当てた。


 私は自分の気持ちに気づいている。

 水を一杯に入れたお鍋が、沸騰して溢れそうになっているのを無理やり蓋をしている。


 今までは“推し”として好きだった。

 どうこうならないし、なってるところなんて想像できない。

 そういう、好き。


 だけど・・・。


 ダメだよ。

 これ以上、好きになってしまったら。

 彼は、雲の上の人。私なんかがー


 でも、生で赤城さんのライブをみたら、絶対もっと好きになってしまう。


 そうか、私がしている緊張は、赤城さんに会うことでもないし、初めて楽屋挨拶をすることでもないんだ。



 閉じ込めている、この気持ちに気づきたくないんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る