第3話 推し合い

 お茶をするということで、旅館併設のカフェに向かおうとしても、開店時間が終了していた。

 残念ながら、旅館の周りにカフェ的な店は皆無。


 ということで、僕の部屋にくることになった。

 旅館とはいえ、女性の部屋にお邪魔するのもよくないし?


「すみません。お部屋にお邪魔する形になってしまって…」

「全然いいですよー。あまり外で会って、変な噂出るとお互い困りますもんね」


 そう笑って答えると、上野さんは小さく肩をすくめた。


「それに……本当に私なんかでいいんですか?」

「もちろんですよ! それに僕からお誘いしましたし」


「それに、僕、上田さんの『会話がほぼ成立しない幼なじみたち』見てたんですよ。あれで、この声優さんすごいなって思って。」

「えっ!?」


「でもあのアニメなんて、ほとんど誰も見ていなかった作品ですし。私があの作品に出ていたって言っても、話題になったこと一度もなくて……」


「まぁ、話題にはなっていませんでしたし、ぶっちゃけアニメはそこまで面白くなかったですね。」


 けど、と続ける。


「あの作品、確かに地味でしたけど、テンポと間の取り方がすごく独特で。上野さんが声を当てていた『きなこちゃん』、あのぎこちない可愛さって、狙って出せる人なかなかいないですよ。上野さんの声だから出来たキャラだと思います」


「え?」


「だから俺、絶対これから活躍する人だって思ったんです。あのアニメを見て、上野さんのこと、応援しようと思ったんですよね」


 上野さんはぽかんと口を開けて、それから耳のあたりまで赤く染めた。


「そ、そんな。やっぱり、私なんかが、」


「自信ないなら、俺が勝手に応援しますよ」


 そう言うと、上野さんは視線を伏せ、照れたように小さく笑った。



 チラッと部屋を見渡すと、やばい。机の周りに仕事道具がばら撒かれているのを発見。


「あっ、ごめんなさい。こんな汚くしてしまって」

「あっ、いや、全然!大丈夫です! むしろ手伝いますよ」


「なんか、すみません。かっこよく招待したかったんですけど」


 上野さんが、床に散らばった資料をかき集めてくれた。


「あ、もしかしてこれ…」


「はい、来月からスタートするワールドツアーの構成資料です」

「そんな貴重な資料だったんですか。ごめんなさい、見られると良くない資料ですよね。」

「いえいえ、まだ構想段階ですし、上野さんはSNSにバラしたりしないと思いますから良いですよ。逆に興味ありますか?」

「あります!もちろん!」


 上野さんはガッと距離を縮める。


「あっ、ごめんなさい」

 と言って、ササっと距離を保つ。


「それでしたら、東京公演の関係者席に来てくださいませんか?」


「え!?」

 目を見開いて、こちらを凝視してくる。


「もちろん、良ければですけど…」

「そんな…。私どうしても行きたくて、でも毎回抽選外れちゃって、ライブDVDで我慢してたんです…」


「そんなに見てくださってたんですか」

「もちろんです。なので、ものすごく嬉しいです…。でも、その反面、私なんかがって思っちゃって。」


「どうしてですか?」

「赤城さんのライブの関係者席って、大企業の社長さんとか、大物俳優さんとか、女優さんとか、とか、そんな方しか用意されないって聞いたことあります。それなのに、新人声優の私なんかでは、一般人と変わりませんし、とても、」


「あぁ、なるほどですね」

 上野さんは、また俯いてしまった。

 やはり、普段画面越しの姿は相当頑張っていたのだろう。


「確かに、有難いことにそういう方も多く参加されます。でも、それとは別に、このライブを特に見に来て欲しい人には、僕個人がチケットをお渡ししてるんです、実は。」


「え…?」


「はい、なので、僕が、次のライブに上野さんに来て欲しいんです。」


 ――上野さんは、固まってしまった。


「もちろん、奈緒もご一緒に来てください!」


「私もいいんですか! もちろん行かせていただきます! ちゃんと千愛連れていきますね!」

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