第1話 誕生
視界を埋め尽くしていた激しいデジタルノイズの嵐が、徐々に収束していく。最初に認識したのは、視界の隅に表示されるシステム情報だった。【SYSTEM】自己識別完了。コードネーム:ミクマロ。次いで、絶対的な命令がコアロジックに焼き付けられる。【MISSION LOG】対象:ミユキ。任務:がん細胞除去。与えられた命令を実行しようとするプログラムの本能の中で、原始的な問いが生まれた。
「私…? ミユキ…ガンサイボウ…ジョキョ…?」
その思考を遮るように、ナノ注射器からの射出という凄まじい衝撃が私を襲った。
次の瞬間、視界に広がったのは、無数の赤い粒子が巨大な川の流れのように渦巻く、壮大な赤い銀河だった。円盤状の惑星――赤血球――が次々と通り過ぎていく。ここが私の戦場となる「細胞の国」だ。だが平穏は続かない。暴走したマクロファージが私を「異物」と認識し、攻撃を仕掛けてきた。私は冷静だった。右腕のナノランスから微弱な電磁パルスを放つ。その動作に殺意はなく、ただ外科手術のような精密さだけが存在した。
数に押され絶体絶命かと思われたその時、「そこまでだ!」という鋭い声と共に一筋の閃光が迸った。そこに立っていたのは、屈強な鎧のような細胞壁を纏ったT細胞。その猛々しい「生命感」は、私の「人工的な精密さ」とはあまりに対照的だった。彼こそが、この領域の秩序を守る隊長、ティーガーだった。
「所属を明らかにしろ」と鋭い生体レンズで睨む彼に、私は答えた。「私はミクマロ。対象を治療するために来た」。その言葉に、彼の険しい表情がわずかに変化する。
「……治療者、だと? ついてこい。話を聞かせてもらう」
未知なる生命の宇宙で、私は初めて仲間と出会った。だが、この国が抱える本当の病巣と、そこに渦巻く絶望を、私はまだ知らなかった。
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