ナノ・ヒーローたちは愛を知る
しおん
第一部:ミクマロ - 細胞の国の冒険
序章 最後の希望
西暦2125年。人類の科学技術は、かつて神の領域とされた生命の設計図にさえ手を伸ばすまでに至っていた。しかし、その輝かしい進歩の光は、常に生命倫理という深い影を落とす。この物語は、その光と影の狭間で生まれた、あまりにも小さく、あまりにも巨大な一つの希望の物語である。
夜明け前の静寂が、東京バイオメディカル研究所の広大な管制室を支配していた。壁一面を埋め尽くすモニター群の淡い光が、憔悴しきった一人の男の輪郭を浮かび上がらせる。研究者、Dr.カモイ。彼の視線は、弱々しく点滅するバイタルサインと、その横に貼られた色褪せた笑顔の少女の写真――「患者名:ミユキ」「診断:末期がん」――との非情なコントラストに釘付けになっていた。伸びた無精髭、深く刻まれた白衣のシワが彼の心労を物語る。だが、その双眸だけは、諦観を許さない決意の光を宿していた。
「我々は命を創り出してしまったのかもしれない…」
絞り出すようなモノローグが、静寂に重く響く。禁断の領域に足を踏み入れた科学者としての畏れと、少女を救いたいと願う一人の人間としての祈りが、彼の心を引き裂いていた。カモイは、赤い光を放つ起動スイッチにゆっくりと手を伸ばす。わずかに震える指先は、世界の運命の重さを感じているかのようだった。彼は装置に向かい、祈るように囁いた。
「人類の叡智、我々の…最後の希望だ。行ってくれ、ミクマロ」
視線を少女の写真に移す。その笑顔が、彼の決意を最後のひと押しで固めた。
「頼む…ミユキ君の“宇宙”を、取り戻してくれ」
指がスイッチに触れる。人体という宇宙の創世記は、一本の指の、わずかな震えから始まった。
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