第30話 エピローグ 辺境の王として、最強の日常は続く

 王都での決戦から三ヶ月が過ぎた。

 季節は巡り、辺境都市エリュシオンには、穏やかな春の陽気が訪れていた。


 かつて「魔の森」と呼ばれ、人々が恐れた森の境界線。

 今、そこには見渡す限りの大都市が広がっている。

 俺が『再構築』で整備した石畳の道路は四方へと伸び、街道沿いには新しい商店や宿が建ち並ぶ。

 街の中心には、俺の屋敷――というより、増改築を繰り返した結果、もはや白亜の城塞と化した巨大建造物がそびえ立っていた。


「……平和だ」


 俺は城のテラスで、優雅にモーニングティーを楽しみながら呟いた。

 眼下の街を行き交う人々は皆、笑顔だ。

 俺が開発した『ソーダ味ポーション』を片手に談笑する冒険者たち。

 俺が設計した『自動農耕ゴーレム』によって開墾された畑で、豊作を喜ぶ農民たち。

 エリュシオンは今や、王国で最も発展し、最も安全で、最も技術が進んだ都市となっていた。


「どこが平和なのよ、アレウス」


 背後から、呆れたような声が聞こえた。

 セリアだ。

 彼女は今や、この街の警備隊長兼、俺の筆頭護衛騎士として忙しい日々を送っている。その身に纏う『飛竜の戦姫鎧』は、日光を浴びて神々しく輝いていた。


「見てみなさいよ、あの行列」


 彼女が指差した先、屋敷の正門前には、早朝から長蛇の列ができていた。

 各国の貴族、大商人、果ては他国の王族の使者までもが、貢ぎ物を抱えて並んでいる。


「『黄金の錬金術師』様に謁見を!」「我が国の病気も治してくれ!」「どうか、我が娘を嫁に!」

 そんな声が、ここまではっきりと聞こえてくる。


「王都での一件以来、あんたの名声は天井知らずよ。今や『辺境の王』なんて呼ばれてるの、知ってる?」

「王になった覚えはないんだがな。俺はただの素材鑑定士だ」

「世界を書き換える鑑定士がいてたまるもんですか」


 セリアは苦笑しながら、俺の対面の席に座った。


「それで? 今日の予定は? また地下に籠もって怪しげな実験?」

「人聞きが悪いな。今日は『魔導列車』の試運転だ。街道整備だけじゃ物流が追いつかないからな、空中にレールを敷いて物資を運ぼうかと」

「……また常識外れなことを。街の人たちが腰を抜かすわよ」


 そう言いながらも、セリアの表情は楽しそうだ。

 彼女もまた、この激動の日々に充実感を感じているのだろう。かつての没落騎士の面影はもうない。今は誰もが憧れる、最強の女騎士だ。


『主よ、その列車とやらは、美味い駅弁も運ぶのか?』


 足元のラグマット代わりになっていたポチが、のそりと起き上がった。

 神獣フェンリル。今ではすっかりこの屋敷のペット兼マスコットとして定着している。


「もちろんだ。ご当地グルメの開発も進めてる」

『ならば許す。存分にやれ』


 平和な朝の風景。

 だが、そんな時間を破るように、テラスの扉がバンッと開かれた。


「アレウス様! いけませんわ、私を置いて朝食だなんて!」


 深紅のドレスを翻し、現れたのは領主のエルザ・フォン・ローゼンバーグ侯爵だ。

 彼女は当然のように俺の隣に座り、俺のカップから紅茶を一口飲んだ。


「領主様、不法侵入ですよ」

「あら、未来の旦那様の家に通って何が悪くて? それに、父上がうるさいのです。『早く既成事実を作ってこい』と」

「お父様公認なんですか……」

「当然ですわ! 貴方は王国の救世主。王家ですら、貴方に『エリュシオン特別自治領』の統治権を与えたのですから。実質、貴方はこの地の王ですのよ」


 そう。王都での決戦後、意識を取り戻した国王陛下は、俺に対して最大限の感謝と、そして「畏怖」を示した。

 俺を家臣として縛り付けることは不可能だと悟った王家は、エリュシオンを事実上の独立国家に近い「特別自治区」とし、俺にその全権を委ねたのだ。

 税金免除、治外法権、そしてあらゆる行動の自由。

 Sランク冒険者という枠組みすら超えた、アンタッチャブルな存在。それが今の俺だ。


「そういえば、王都から手紙が来ていましたわよ」


 エルザが一通の封筒を差し出した。

 差出人は、アイリス王女殿下だ。


「なんて?」

「『近々、公務(という名目の休暇)でそちらへ遊びに行きます。アレウス様専用の離宮を建てておいてください』だそうです」


 ……あの王女様も、病気が治ってから随分とアクティブになったものだ。


「それと、もう一通。こちらは『ルークス家』に関する報告書ですわ」


 エルザの声色が少し変わった。

 俺は手紙を受け取り、目を通した。


 あの日、俺に力を奪われた父ガラルド、兄クリス、ジュリアス。

 彼らは爵位を剥奪され、平民へと落とされた。

 処刑されなかったのは、俺が「生かして罪を償わせろ」と進言したからだ。


 報告書によれば、彼らは現在、王都の下町で暮らしているらしい。

 ガラルドは酒場の皿洗いをしながら、かつての栄光を酒の肴に管を巻き、誰にも相手にされていない。

 クリスは剣を持てなくなった手で、荷運びの肉体労働をしているが、すぐに根を上げては現場監督に怒鳴られている。

 ジュリアスは魔法が使えなくなり、街角でインチキな占いを始めたが、全く当たらないと評判は最悪だそうだ。


「……『役立たず』の烙印を押される気分はどうだ、と言ってやりたいところだが」


 俺は手紙を閉じた。


「まあ、元気でやってるならいいさ。彼らには、その生活がお似合いだ」

「優しすぎますわ。私なら、鉱山送りにしていますのに」

「彼らにとって一番の罰は、俺の活躍を見せつけられることだろ? このエリュシオンの噂は、王都にも届くだろうからな」


 俺が作った製品、俺が整備した街。

 それらが世界を変えていく様を、彼らは指をくわえて見ていることしかできない。

 それが、俺なりの復讐であり、決別だ。


「さて、湿っぽい話は終わりだ」


 俺は立ち上がった。

 今日は忙しい。魔導列車の試運転に、新作ポーションの調合、それにセリアの装備のメンテナンスも頼まれていた。


「行くぞ、みんな。仕事の時間だ」

「はいはい。付き合うわよ、どこまでも」


 セリアが剣を提げ、隣に並ぶ。

 ポチが大きなあくびをして、俺の影に入る。

 エルザも楽しそうに扇子を開いた。


「ええ。貴方が作る未来、一番近くで見させていただきますわ」


 俺たちはテラスを出て、活気に満ちた街へと向かった。


 転生したあの日。

 パソコンの前で過労死し、「次は最適化された人生を」と願った俺。

 その願いは、予想とは少し違う形で叶ったかもしれない。

 静かなスローライフではない。

 トラブルと騒動、そして規格外の仲間たちに囲まれた、賑やかすぎる毎日。


 だが。

 俺は今の生活を、悪いとは思っていなかった。


「……バグだらけの世界だが、デバッグし甲斐はあるな」


 俺の瞳には、この世界の全てが『情報』として映っている。

 未開の土地、未知の魔法、解決すべき問題たち。

 それらは全て、俺が手を加え、より良くするための素材だ。


 俺の名前はアレウス。

 『解析』と『再構築』で、この異世界すべてを最適化する男。

 辺境の王としての、俺の最強の日常は、まだまだ続いていく。


 ――完

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『解析』と『再構築』で異世界すべてを最適化する ~「役立たず」と追放された素材鑑定士は、神話級の魔道具を量産して無自覚に世界を支配するようです~ @tamacco

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