第29話 最終決戦。世界そのものを「最適化」する一撃

 黄金の閃光と、漆黒の闇が激突した。

 音が消えた。

 光と闇が触れ合った境界線では、物質が原子レベルで分解され、再構成され、また消滅するというサイクルを、一秒間に数億回繰り返していた。

 それはもはや剣戟ではない。

 世界という巨大なシステムを巡る、管理者(アドミニストレータ)権限の奪い合いだ。


『ヌウウウウウッ!! 人間風情ガ、神ノ領域ニ踏ミ込ムナァァッ!!』


 ザルクが絶叫する。

 奴の六本の腕から放たれるのは、物理法則を無視した破壊の嵐だ。

 重力を反転させ、時間を歪め、空間を削り取る。

 だが、その全てが俺には届かない。


「処理が遅い」


 俺は冷静に『星砕き』を振るった。

 黄金の刃が空間を滑るたびに、ザルクが書き換えた「狂った法則」が、「正しい法則」へと上書き(オーバーライト)されていく。


 重力が反転するなら、その定義を無効化する。

 空間が削られるなら、バックアップデータから修復する。


 俺の脳内では、膨大なソースコードが滝のように流れていた。

 ザルクの攻撃パターン、魔力回路の脆弱性、そして奴が存在するための定義ファイル。

 全てが見える。全てが読める。


「お前のやり方は、力任せにデータを破壊しているだけだ。そんな雑なコードじゃ、俺の『最適化』には勝てない」


 俺は一歩踏み込んだ。

 ザルクの巨体が放つ威圧感を、正面から切り裂く。


『オ、オノレェェッ! 認メン! 我ハ古代ヨリ生キル魔族ノ王! コノ世界ノ支配者ダ!』


 ザルクの胸にある『混沌の核(カオス・コア)』が、ドス黒い光を放ちながら暴走を始めた。

 奴は悟ったのだ。通常の攻撃では俺に勝てないと。

 ならば、世界ごと心中する道を選んだ。


『融解セヨ! 世界融合(ワールド・マージ)、強制執行!!』


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!!!

 王城の上空に開いた『魔界への穴』が、一気に拡大した。

 空が割れ、そこから毒々しい紫色の瘴気が滝のように降り注ぐ。

 大地が腐り、建物がドロドロに溶け始める。

 この世界を魔界の一部として同化させる、不可逆の侵食だ。


「キャアァァッ!?」

『主よ、地面が消えていくぞ! 足場がない!』


 後方にいたセリアとポチが悲鳴を上げる。

 俺たちが立っていた玉座の間も、空間ごと溶解し始めていた。


『ヒャハハハ! 見ロ! コレガ終ワリダ! 貴様ガイクラ法則ヲ直ソウト、土台トナル世界ガ無クレバ無意味! 共ニ虚無ヘ還ロオオォォッ!』


 ザルクの狂笑が響き渡る。

 確かに、奴の言う通りだ。

 システムを修復しようにも、サーバー自体が物理的に破壊されてしまえば手出しできない。

 普通のエンジニアなら、ここで諦めていただろう。


 だが。


「……やれやれ。どこまでも迷惑なバグ野郎だ」


 俺はため息をつき、剣を下げた。

 諦めたのではない。

 覚悟を決めたのだ。


「土台がないなら、作ればいい」


 俺は『星砕き』を逆手に持ち替え、切っ先を天に向けた。

 俺の中にある魔力、そしてザルクが城に集めた膨大な魔力、さらには今降り注いでいる魔界の瘴気すらも、全てをリソース(資源)として認識する。


「セリア、ポチ。少し眩しくなるぞ」

「えっ?」

『ま、まさか主よ、アレをやる気か!?』


 俺は二人に背を向けたまま、静かに告げた。


「フェーズ・ファイナル。全リソース・リンク接続。対象範囲――この『世界』全域」


 俺の体から、黄金の光が爆発的に溢れ出した。

 それはザルクの闇を押し返し、崩壊しかけていた玉座の間を黄金色に染め上げる。

 俺の髪が、瞳が、光の粒子となって輝く。


『ナ、ナンダ、ソノ光ハ……!? 我ガ瘴気ガ、分解サレテイクダト!?』


 ザルクが後退る。

 俺が放つ光は、ただのエネルギーではない。

 物質、魔力、空間、時間。あらゆる事象を一度「ゼロ」に戻し、そして「理想の形」へと再構築する、創造の光だ。


「シリアルコード『天地再構築(ワールド・リビルド)』――起動」


 俺は剣を振り下ろした。

 物理的な距離など関係ない。

 俺の剣から放たれた光の奔流は、一直線にザルクの『混沌の核』を貫き、そして天を割り、地を貫いた。


 カッッッ!!!!!!


 世界が白一色に染まった。

 音も、痛みも、重力さえも消滅した、完全なる静寂の世界。


 その中で、俺の意識だけが世界中に拡散していく。

 腐敗した大地が見える。

 崩れた建物が見える。

 傷ついた人々が見える。

 そして、それらを蝕むザルクという異物(エラー)が見える。


(……削除(デリート))


 俺は思考した。

 ザルクの存在定義を、世界のデータベースから抹消する。

 奴が積み上げた数千年の記憶も、魔力も、怨念も、全てを分解し、純粋なマナへと還元する。


『ア、アアアァァァッ……! 消エル……我ガ……私ガ……! 貴様ハ、一体……何者……ダ……!』


 白い世界の中で、ザルクの声が遠ざかっていく。


(……ただの素材鑑定士だよ。少し、凝り性なだけのな)


 俺は心の中で答えた。

 ザルクの意識が完全に消滅したのを確認し、俺は次の工程(プロセス)へと移行した。


(再構築(リビルド)・開始)


 分解したザルクの膨大な魔力をエネルギー源として、壊れた世界を修復する。

 魔界の瘴気を浄化し、大気の成分を正常化。

 崩れた城壁の石材を元の位置に戻し、ヒビ割れた大地を縫合する。

 傷ついた人々の細胞を活性化させ、失われた活力を取り戻させる。


 それは、時間を巻き戻すのとは違う。

 傷ついた事実を受け入れつつ、より強固で、より美しい形へと「アップデート」する作業だ。


 王城が、光の中で組み上がっていく。

 黒く汚れていた壁は白亜の輝きを取り戻し、不気味だった尖塔は天を突く美しい塔へと変わる。

 城下町の瓦礫が、整備された石畳と真新しい家屋へと変貌する。


 全てが、俺の描いた理想の設計図(ブループリント)通りに。


 ◇


 光が収束した。

 俺はゆっくりと目を開けた。


 そこには、朝日に照らされた美しい『玉座の間』があった。

 天井は吹き抜けになり、青空が見えている。

 黒いヘドロも、不気味な触手も、跡形もなく消え去っていた。


「……ふぅ。終わったか」


 俺は『星砕き』を鞘に納めた。

 どっと疲れが押し寄せてくる。さすがに世界規模の再構築は、魔力をごっそり持っていかれた。


「ア……アレウス……?」


 背後から、震える声がした。

 振り返ると、セリアとポチが呆然と立ち尽くしていた。

 二人とも無傷だ。俺が優先的に保護結界を張っておいたからだ。


「怪我はないか?」

「け、怪我どころか……私の鎧、新品になってるんだけど……?」


 セリアが自分の体を見下ろす。

 激戦でボロボロになっていたはずの『飛竜の戦姫鎧』が、傷一つない完全な状態で輝いていた。

 ポチもまた、毛並みがツヤツヤになり、以前よりも魔力が増しているように見える。


『主よ……お前、本当に何をしたのだ? 周りを見てみろ』


 ポチに促され、俺は崩れた壁の隙間から外を見た。

 そこには、奇跡の光景が広がっていた。

 燃え盛っていたはずの王都は、緑豊かな美しい街並みへと生まれ変わっていた。

 人々が通りに出て、空を見上げ、歓声を上げているのが遠目に見える。


「……少し、張り切りすぎたかな」


 俺は苦笑した。

 最適化のついでに、都市計画レベルの改修工事までやってしまったようだ。まあ、アフターサービスということで許してもらおう。


「う、うぅ……」


 足元で呻き声がした。

 見ると、床の上には、元の姿に戻った父ガラルド、兄クリス、ジュリアスの三人が倒れていた。

 魔人化の影響は完全に消え去り、彼らの体から毒々しい瘴気は抜けていた。

 代わりに、魔力回路は焼き切れ、剣士としての筋肉も衰えている。

 彼らはもう、二度と以前のような力は振るえないだろう。


「……生きてるわね」


 セリアが複雑そうな顔で彼らを見下ろす。


「ああ。魔族の因子だけを『削除』した。これからは、ただの無力な人間として生きてもらう。それが一番の罰になるだろうからな」


 死んで楽になどさせない。

 自分たちが犯した罪を背負い、力のなさを嘆きながら、それでも生きていく。

 かつて俺を「無能」と蔑んだ彼らが、今度は本当に「無能」として生きるのだ。


「……アレウス様!!」


 その時、広間の入り口から、第三王女アイリスと、騎士たちが駆け込んできた。

 彼女は車椅子ではなく、自分の足で立って走ってきた。

 俺の『再構築』の影響で、彼女の病弱な体質も改善されたらしい。


「ご無事ですか!? あの光は……ザルクは!?」

「終わりましたよ、アイリス様。ザルクは消滅しました。もう二度と現れません」


 俺が告げると、アイリスの目から涙が溢れ出した。


「ありがとう……ありがとうございます……! 貴方は、本当に……この国の、世界の救世主です……!」


 彼女が俺に抱きつこうとするのを、セリアが慌ててブロックに入る。


「ちょ、王女様!? どさくさに紛れて何してるんですか!」

「あら、救国の英雄に感謝の抱擁をするのは王族の務めですわ」

『やれやれ、平和になった途端これか』


 ポチが呆れたように欠伸をする。

 騒がしいが、心地よい喧騒だ。

 俺は大きく息を吸い込んだ。

 空気は澄んでいて、昨夜までの腐敗臭は微塵もない。


「……帰るか」


 俺は呟いた。

 王都での用事は済んだ。

 実家との因縁も清算した。

 魔族の脅威も去った。


 俺の居場所は、こんな窮屈な王城ではない。

 あの辺境の、静かで(最近はそうでもないが)、自由な工房だ。


「セリア、ポチ。エリュシオンへ帰ろう。やりかけの実験がたくさん残ってるんだ」

「もう! まだ実験する気!? ……でも、そうね。帰りましょう、私たちの家に」

『うむ。王都の飯も飽きたところだ』


 俺たちは、歓喜に沸く王城を背に、歩き出した。

 その背中には、朝日が暖かく降り注いでいた。


 俺の異世界での戦いは、これでひとまずの区切りだ。

 だが、この『黄金の錬金術師』の伝説は、ここからが始まりなのかもしれない。

 世界を最適化し尽くした男の、これからのスローライフ(願望)が、どんなバグに見舞われるかは神のみぞ知る、だ。


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