第25話 王都炎上。実家が魔族の手先として暴走する

 王都の空が、赤く染まっていた。

 それは夕焼けの色ではない。街のあちこちから立ち上る紅蓮の炎と、城を中心に展開された『広域魔力吸収結界』が放つ、禍々しい血のような輝きだった。


 離宮の庭園にて。

 俺たちは、眼下に広がる地獄絵図を見下ろしていた。


「……酷い」


 第三王女アイリスが、車椅子の手すりを強く握りしめ、声を震わせた。

 彼女の視線の先では、人々が逃げ惑い、かつて市民を守るはずだった騎士たちが、無慈悲に剣を振るっている光景があった。


「ザルクは本気だ。結界で閉じ込めた市民から、恐怖と魔力を根こそぎ搾り取るつもりだ」


 俺は冷静に分析した。

 城を中心とした半径十キロメートル。王都全域が、巨大な『消化器官』と化している。

 効率的と言えば効率的だ。家畜を柵に閉じ込め、パニックにさせてから食らう。魔族らしい、慈悲のないシステムだ。


「ギルドからの報告が入りました!」


 ギルドマスターのサイモンが、通信用の魔導具を片手に駆け寄ってきた。

 その顔色は蒼白だ。


「暴れているのは、ルークス公爵家の『黒騎士団』と、ジュリアス様が率いる『機動騎士団』の残党です! ですが……様子がおかしい。彼ら、まるで正気を失っているようで……」

「精神汚染(マインド・ハック)済みか」


 俺は舌打ちした。

 謁見の間でガラルド公爵が見せた狂気。あれが騎士団全体に伝染している。いや、ザルクが意図的に『狂化(バーサーク)』のコマンドを送信したのだろう。

 今の彼らは、ただ殺戮と破壊を繰り返すだけの自律兵器だ。


「アレウス様、どうか……どうか、民をお救いください!」


 アイリスが俺の手を握り、懇願する。

 俺は彼女の手を優しくほどき、頷いた。


「言われるまでもありません。俺の目の前で、これ以上好き勝手なバグを撒き散らされるのは我慢ならない」


 俺は振り返り、セリアとポチを見た。


「セリア、ポチ。出番だ」

「待ってました! あんなふうに街を焼くなんて、騎士の風上にも置けないわ!」

『うむ。あの黒い連中からは腐った臭いがする。掃除の時間だな』


 二人の戦意は十分だ。

 俺は離宮のテラスの端に立った。


「作戦を伝える。セリアとポチは、街の消火と市民の避難誘導、そして暴走した騎士たちの無力化を頼む。殺すなとは言わないが、できるだけ『機能停止』に留めろ。元は人間だ」

「了解よ。……アレウスは?」

「俺は中央通りへ行く。パレードの先頭に、一番厄介な連中がいるからな」


 俺の『遠見』スキルが捉えていた。

 メインストリートを堂々と行進し、破壊の指揮を執っている三つの影を。

 父ガラルド、兄クリス、そしてジュリアス。

 俺の家族だった者たちだ。


「行くぞ!」


 俺たちは離宮から飛び出した。


 ◇


 王都メインストリート。

 そこは、この世の終わりのような惨状だった。

 石畳は砕け、建物は崩れ、炎が夜空を焦がしている。


「ヒャハハハ! 燃えろ! 燃え尽きろ!」

「逃げるな! 貴様らの命は、偉大なる魔王様への供物だ!」


 黒い鎧の騎士たちが、逃げ惑う市民を追い立て、魔法で焼き払っていく。

 彼らの目は一様に赤く発光し、口からは泡を吹いていた。完全にザルクの支配下にある。


「やめろ! 俺だ、隣の家の……ぐあっ!?」

「ママ! ママーッ!」


 悲鳴と怒号。

 その混沌の中心を、一台の豪奢な馬車――天井がなく、玉座のような椅子が据え付けられたパレード用の山車(だし)が進んでいた。

 その上に座っているのは、ガラルド公爵だ。

 彼は燃え盛る街を眺め、恍惚の表情でグラスを傾けていた。中身はワインか、それとも血か。


「美しい……。これぞ破壊の美学。我がルークス家の新たなる門出に相応しい灯火だ」


 その左右を守るように、二人の若者が従っている。

 長男クリス。

 彼は手にした黒い刀身の剣を振るい、向かってくる衛兵たちを紙切れのように切り捨てていた。


「脆い! 脆すぎる! この『魔剣・断罪』の前では、全てが塵芥だ!」


 次男ジュリアス。

 彼は宙に浮き、両手から無数の火球を放って周囲の建物を爆破していた。


「僕の魔力は無限だ! ザルク様から頂いたこの力……素晴らしい! これこそが真の魔法だ!」


 彼らは酔っていた。

 魔族から与えられた強大な力と、破壊衝動という麻薬に。


 その時、上空から白い影が降ってきた。


「そこまでよ、外道ども!」


 セリアだ。

 『飛竜の戦姫鎧』のスラスターを噴射し、彼女は市民を襲おうとしていた黒騎士の一団の前に着地した。

 聖剣『蒼穹』を一閃。

 真空刃が走り、騎士たちの鎧を砕いて吹き飛ばす。


「な、なんだ!?」

「女騎士……? だが、速い!」


 続いて、銀色の旋風が駆け抜けた。

 ポチだ。神獣の姿に戻った彼は、その巨体とスピードで機動騎士団の魔導鎧を次々と踏み潰し、あるいは氷漬けにしていく。


『弱い弱い! 貴様らなど、我の散歩の邪魔にもならん!』


 二人の乱入により、一方的だった虐殺の流れが変わる。

 市民たちが希望を見出し、避難を始めた。


「チッ、小蠅が……!」


 山車の上で、クリスが苛立ちを露わにした。


「おいジュリアス、あの女と犬を消せ。目障りだ」

「分かっているよ、兄さん。……消えろ、『重力圧殺(グラビティ・プレス)』!」


 ジュリアスが杖を振る。

 セリアとポチの頭上に、黒い魔法陣が展開された。

 数十倍の重力が彼らを襲う――はずだった。


 パチンッ。


 軽い音が響き、展開されたはずの魔法陣が、ガラスのように砕け散った。


「な……ッ!?」


 ジュリアスが目を見開く。

 そして、炎の揺らめきの中から、一人の男が静かに歩み出てきた。


「相変わらずだな、兄さん。魔法の構築式(コード)が雑すぎる。そんな隙だらけの魔法じゃ、ハエ一匹落とせないぞ」


 俺だ。

 俺は燃える瓦礫を踏みしめ、山車の正面に立った。

 ガラルド、クリス、ジュリアス。

 三人の視線が俺に集中する。


「ア……アレウスぅぅぅッ!!」


 ガラルド公爵が、憎悪に満ちた絶叫を上げた。

 その顔には青黒い血管が浮き出ており、もはや人間のそれではない。


「よくも戻ってきたな、恥晒しが! 陛下への不敬、そして我が家の名誉を傷つけた罪! 万死に値するぞ!」

「名誉? そんなもの、まだ残ってると思ってるのか?」


 俺は周囲を指差した。


「民を殺し、街を焼き、魔族の手先となって踊る。それが名門ルークス家の名誉か? 笑わせるな」


 俺の言葉に、クリスが激昂して飛び出した。


「黙れ無能! 貴様に何が分かる! 我々は選ばれたのだ! 古き良き人類を超越し、次なるステージへと進化するための力を得たのだ!」


 クリスが黒い魔剣を構える。

 その刀身からは、ドロリとした瘴気が溢れ出している。


「見よ、この力を! ザルク様より賜りし『魔剣・断罪』! お前が折った偽物の聖剣などとは格が違うわ!」


 彼は瞬時に距離を詰め、俺の頭上から斬撃を放った。

 速い。

 以前の彼とは比べ物にならない速度だ。魔族の力による身体強化(ブースト)がかかっている。

 だが。


「……やっぱり、見えてないな」


 俺は半歩だけ体をずらした。

 魔剣の刃が、俺の鼻先数ミリを通過し、地面を切り裂く。

 ズバァァァッ!

 背後の石畳が爆ぜ、深い亀裂が走る。威力だけは一丁前だ。


「避けた……だと? まぐれが!」

「まぐれじゃない。お前の剣筋、相変わらず直線的すぎるんだよ。力に溺れて、技術(テクニック)がおろそかになってる」


 俺は彼の剣が振り抜かれた隙を突き、掌底をクリスの腹に叩き込んだ。

 ドンッ!

 衝撃波が突き抜ける。


「がはっ!?」


 クリスがくの字に折れ、後方へ吹き飛んだ。

 山車の側面激突し、車輪が砕ける。


「兄さん!」


 ジュリアスが叫び、杖を俺に向けた。


「よくも兄さんを! これならどうだ! 『連鎖爆炎(チェイン・エクスプロージョン)』!」


 無数の火球が俺を包囲し、一斉に起爆する。

 ドォォォォォンッ!!

 紅蓮の炎が俺を飲み込んだ。


「ハハハ! やった! 灰になったか!」


 ジュリアスが勝ち誇る。

 だが、炎が晴れた後、そこには無傷の俺が立っていた。

 俺の周囲には、薄い透明な膜――『熱遮断結界』が展開されている。


「な、なぜだ!? 僕の炎は全てを焼き尽くすはずだ!」

「温度設定が甘い。2000度程度じゃ、俺の結界は破れない」


 俺は指先で結界を解除し、ため息をついた。


「魔族の力を借りて強くなったつもりか? それは強さじゃない。ただの『オーバークロック』だ。無理やり出力を上げているだけで、ハードウェア(お前たちの体)は悲鳴を上げているぞ」


 俺の『解析』眼には見えていた。

 クリスの筋肉は断裂寸前、ジュリアスの魔力回路は焼き切れる寸前だ。

 ザルクは彼らを使い捨ての電池としか思っていない。


「うるさい、うるさい、うるさいッ!」


 ガラルド公爵が立ち上がった。

 彼は懐から、不気味に脈動する黒い水晶を取り出した。

 ザルクの分身とも言える『呪いの核』だ。


「アレウス……お前はいつもそうだ。冷めた目で私を見て、否定する。私の完璧な計画を、私の理想の家族を!」


 ガラルドが水晶を胸に押し当てる。

 ズズズズズ……ッ!

 彼の肉体が膨張し、貴族服が弾け飛んだ。

 皮膚が黒く変色し、背中から触手が生え、顔の半分が髑髏のように変貌していく。

 人外化。

 魔族との融合だ。


「オオオォォォッ!! 見ロ! コレガ力ダ! 王ヲモ凌駕スル、絶対的ナ力ダァッ!」


 怪物と化した父が咆哮する。

 その衝撃波だけで、周囲の炎がかき消され、建物が倒壊する。


「……あーあ。完全に人間辞めちゃったか」


 俺は悲しげに首を振った。

 ここまで変異が進んでしまっては、もう普通の方法では戻せない。

 彼らを止める方法は一つ。

 徹底的に叩きのめし、その身に宿った魔族の因子を物理的に『摘出(デリート)』するしかない。


「セリア、ポチ! 市民の避難は?」

「あらかた終わったわ! こっちはいつでもいける!」

『主よ、あの黒い塊、食あたりしそうだが噛み砕いていいのか?』


 頼もしい仲間たちが、俺の左右に並ぶ。

 俺は二人に頷き、そして前方の「家族たち」を見据えた。


「よし。これより最終工程(ラスト・フェーズ)を開始する」


 俺はマジックバッグから、愛刀『星砕き』を取り出した。

 漆黒の刀身が、夜空のように輝く。


「父上、兄上。……これが最後だ。俺が直々に、あなたたちの歪んだ人生を修正(フィックス)してやる」


 王都の中心で、最強の親子喧嘩が始まろうとしていた。

 だが、これは単なる喧嘩ではない。

 王国を、そして世界をザルクの魔手から取り戻すための、決戦の幕開けだ。


 ガラルド(魔人化)が吠え、クリスが立ち上がり、ジュリアスが宙に浮く。

 三方向からの殺気が、俺に集中する。


「来い。まとめて相手になってやる」


 俺は剣を構えた。

 戦いの火蓋が切って落とされた。


 次回、アレウス、動く。転移魔法陣を「再構築」して王都へ……ではなく、既に王都にいるな。

 次回、王城突入。兄たちの誇る聖剣を指先でへし折る。

 いよいよ、偽りの力を剥ぎ取る時が来た。

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