第24話 黒幕の影。王国を操る古代魔族の存在

 重厚な扉が音を立てて開き、俺たちは『謁見の間』へと足を踏み入れた。

 天井まで届く高い柱、深紅の絨毯、そして最奥に鎮座する黄金の玉座。

 その空間には、国の重要人物たちがずらりと並んでいた。

 文官、武官、高位貴族たち。

 だが、俺の目には彼らの姿が、まるで精巧な蝋人形のように生気なく映った。


「Sランク冒険者アレウス、参上いたしました」


 俺は玉座の前に進み出ると、立ったまま軽く会釈をした。

 隣ではセリアが緊張でガチガチになりながらも、騎士の礼をとっている。ポチは「つまらん場所だ」と言わんばかりに欠伸を噛み殺していた。


「……無礼者め。陛下の御前であるぞ。跪かぬか」


 玉座の右側に立っていた父、ガラルド公爵が低い声で咎めた。

 その目は血走っており、以前の厳格さとは違う、どこか狂気じみた光を宿している。


「Sランクは王と対等、というのがギルドの規約です。それに、久しぶりの再会だというのに、随分と殺気立っていますね、父上」


 俺が皮肉ると、ガラルドは顔を歪めた。


「黙れ。貴様を呼んだのは、親子ごっこをするためではない。……陛下、こやつが例の『黄金の錬金術師』です」


 ガラルドが玉座に恭しく頭を下げる。

 国王アルマン七世。

 初老の王は、虚ろな瞳で俺を見下ろしていた。肌は土気色で、豪華な王冠が重すぎるように見える。


「……うむ。アレウスよ。そなたの活躍、聞き及んでおる」


 王の声は、乾いた砂のようだった。


「辺境の防衛、そしてポーションによる救民。誠に大儀である。よって、褒美を取らせよう」

「褒美ですか。ありがたい話ですが、俺が欲しい物は自分で作れますので」


 俺が断ろうとすると、王は言葉を続けた。


「褒美として、そなたを『宮廷筆頭錬金術師』に任命する。以後、そなたの持つ全ての技術、知識、魔道具の製法を国に献上し、王家のために尽くせ。……これは決定事項である」


 決定事項。

 要するに、国の管理下に入れということだ。

 拒否権のない命令。

 俺は少し考え、そして首を横に振った。


「お断りします」


 静まり返る謁見の間。

 貴族たちが息を呑む音が聞こえる。


「な、なんだと……? 貴様、王命を拒む気か!?」


 左側に控えていた兄、ジュリアスが一歩前に出た。

 先ほど、自慢の魔導鎧を酷評された怒りがまだ収まっていないらしい。


「技術を独占し、国益を損なう反逆者め! 父上、やはりこいつは危険です! ここで拘束し、『自白魔法』で洗いざらい吐かせるべきだ!」


 ジュリアスの主張に、周囲の貴族たちも同調するように頷く。

 誰も俺を人間として見ていない。ただの「便利な知識の袋」としか思っていないのだ。


「……愚かだな」


 俺はため息をついた。


「技術ってのは、使う人間が理解して初めて意味を持つんだ。あんたらに俺の設計図を渡しても、どうせ使いこなせない。あの欠陥だらけの鎧を見れば分かる」

「き、貴様ァッ!!」


 ジュリアスが激昂し、杖を構えた。

 詠唱破棄による高速魔法。


「消えろ! 『雷霆の槍(ライトニング・ジャベリン)』!」


 紫電を纏った魔力の槍が、俺の心臓めがけて放たれた。

 殺す気だ。

 だが、その魔法構成もまた、俺の目には穴だらけに見えた。


「コード『拡散(ディフュージョン)』」


 俺は左手を軽く払った。

 ただそれだけで、迫りくる雷の槍が霧散し、静電気のような火花となって消えた。


「な……ッ!?」


 ジュリアスが目を見開く。


「魔法を……消した? 防御もせずに? 馬鹿な、僕は大魔導だぞ!?」

「魔力の結合部分を解いただけだ。編み込みが雑なんだよ、兄さん」


 俺は冷ややかに言い放ち、視線を再び玉座へ戻した。

 いや、正確には国王へではない。

 その背後。玉座の影に潜む、異質な『闇』へと。


「……で? いつまで隠れているつもりだ? 人形遊びは楽しいか?」


 俺の言葉に、国王の眉がピクリと動いた。


「……何を言っている?」


「とぼけるなよ。この部屋に入った時から臭うんだよ。ポーションの腐ったような、古い魔力の悪臭がな」


 俺はスキル『物質解析』を最大出力で発動させた。

 視界が一変する。

 豪華な謁見の間は、デジタルのグリッド線に覆われた解析空間へと変わる。

 そこに見えたのは、おぞましい光景だった。


 国王の背中から、無数の黒い触手が伸びていた。

 それは床を這い、ガラルド公爵へ、ジュリアスへ、そして並み居る貴族たちの足元へと繋がっている。

 まるで操り人形の糸だ。

 そして、その糸の集束点は、玉座の真下――地下深くに伸びていた。


「そこか」


 俺は床を強く踏み鳴らした。

 魔力を通して、地下の『本体』に干渉信号を送る。


 ドクンッ!!


 城全体が、心臓の鼓動のように大きく脈打った。

 貴族たちが悲鳴を上げて倒れ込む。

 国王がガクリと首を垂れ、次の瞬間、糸が切れた操り人形のように玉座から崩れ落ちた。


「へ、陛下!?」


 セリアが叫ぶ。

 国王の口から、どす黒い霧が噴き出した。

 霧は空中で渦を巻き、やがて一つの巨大な影を形成した。

 人型だが、目も鼻もないのっぺらぼうの顔。背中には蝙蝠のような翼。そして全身に刻まれた、古の魔術文字。


「……ホウ。見エタカ、小僧」


 影が喋った。

 その声は、重なり合った何重ものノイズのように不快で、直接脳内に響いてくる。


『我ガ傀儡ノ糸ヲ見抜ク「眼」。ソシテ、アノ大軍勢ヲ一撃デ葬ッタ「力」。……ヤハリ、貴様ハ邪魔ダナ』


 正体を現した。

 解析ウィンドウが、真っ赤な警告色(アラート)で埋め尽くされる。


 ――対象:古代魔族(エンシェント・デーモン)。

 ――個体名:『幻影のザルク』。

 ――脅威度:SSランク。

 ――特性:精神寄生、記憶改竄、魔力吸収。


「古代魔族……! 伝説上の存在が、なぜ王城に!?」


 セリアが聖剣を抜いて俺の前に立つ。

 ポチも喉を鳴らし、即座に戦闘態勢に入った。


『ナゼ? 愚カナ質問ダ。我ハ三百年前カラ此処ニイタ。歴代ノ王ヲ操リ、人間ドモヲ争ワセ、其ノ負ノ感情ト魔力ヲ啜ッテキタノダ』


 ザルクが嘲笑うように体を揺らす。


『コノ国ハ我ガ牧場。貴族ドモハ我ガ家畜。……ダガ、最近ハ少シ退屈デナ。辺境ニ眠ル「アノ遺跡」ノ封印ヲ解キ、同胞ヲ呼ビ寄セヨウト思ッタノダガ……貴様ガ邪魔ヲシタ』


 エリュシオンでのスタンピード。

 あれは、ただの魔力集めではなく、この王都に潜むザルクの指示による計画的な犯行だったのか。

 そして、ルークス公爵家が辺境に関与しようとしていたのも、全てはこの魔族に操られていた結果。


「父上も、兄さんも、お前に操られていたのか」


 俺が問うと、ザルクはクツクツと笑った。


『操ッタ? 否、彼ラハ自ラ望ンダノダ。力ヲ、名誉ヲ、永遠ノ繁栄ヲ。我ハ其ノ欲望ヲ少シ増幅サセテヤッタダケ。……特ニ、貴様ノ父親ハ極上の「器」ダッタゾ』


 ザルクの影が伸び、ガラルド公爵を包み込む。

 ガラルドは虚ろな目で宙を見つめたまま、涎を垂らして笑っていた。


「アレウス……我が息子よ……その力を……家のために……」


 壊れている。

 精神構造(メンタルモデル)が、度重なる外部干渉によってスパゲッティコードのように修復不可能なほど絡まり合っている。

 俺を追放した時の冷徹さは、魔族による影響もあったのかもしれない。だが、その根底にあったのは彼自身の歪んだ野心だ。魔族はそこにつけ込んだに過ぎない。


「……不愉快なシステムだ」


 俺は静かに怒りを覚えた。

 俺が目指す「最適化」とは、無駄を省き、誰もが効率よく生きられる世界だ。

 だが、こいつのやっていることは真逆だ。バグを撒き散らし、システム全体を腐らせ、リソースを食い潰すウイルスそのもの。


「デバッグの時間だ。消えろ、化け物」


 俺は右手を突き出した。

 同時に、ザルクの足元に魔法陣を展開しようとする。


 だが。


『消エルノハ貴様ダ、黄金ノ錬金術師』


 ザルクが指を鳴らした。

 ゴゴゴゴゴ……ッ!!

 城全体が激しく揺れた。

 謁見の間の床、壁、天井に刻まれていた装飾が、一斉に赤く発光し始めた。


「な、なんだ!? この光は!」

「魔力が……吸い取られる!?」


 倒れていた貴族たちが苦しみ出す。

 俺もまた、体が鉛のように重くなるのを感じた。


 ――警告:広域魔力吸収結界(マナ・ドレイン・フィールド)発動。

 ――効果:領域内の全生命体から魔力を強制徴収。


『コノ城自体ガ、我ガ胃袋ナノダヨ。貴様ラガココニ足ヲ踏ミ入レタ時点デ、勝負ハ決マッテイル』


 ザルクの影が膨張し、天井を突き破らんばかりの巨体へと変化する。

 城に蓄積されていた膨大な魔力が、奴に供給されているのだ。


『サア、貴様ノ其ノ特異ナ魔力、骨ノ髄マデ味ワッテヤロウ!』


 黒い触手が無数に襲いかかる。

 セリアが剣を振るうが、触手は斬っても斬っても再生する。

 ポチがブレスを吐くが、結界に阻まれて届かない。


「くっ……! アレウス、どうするの!?」

『主よ、この空間はマズい! 魔力を練ろうとしても霧散させられるぞ!』


 俺の『物質解析』にもノイズが走り始めていた。

 城全体を巨大な魔導具として書き換え、俺たちを消化しようとしている。

 ハッキング戦で言えば、敵のサーバー内部に取り込まれた状態だ。


(……力押しじゃ勝てないな)


 俺は冷静に状況を分析した。

 この結界を維持しているのは、城の地下にある『動力源』だ。そこを破壊しなければ、ザルクは無敵だ。

 だが、ここから地下へのアクセス権限がない。


「一旦、退(ひ)くぞ」


 俺は決断した。


「逃げるの!?」

「戦略的撤退だ。このままじゃジリ貧だ。奴の支配領域(テリトリー)から出て、外からハッキングし直す」


 俺は懐から、数個の魔石を取り出した。

 以前作っておいた『空間転移(テレポート)石・使い捨て版』だ。


「セリア、ポチ、俺に掴まれ!」


 二人が俺にしがみつく。

 ザルクがそれに気づき、触手の速度を上げる。


『逃ガスカァッ!!』

「遅い」


 俺は魔石を床に叩きつけた。

 パリンッ!

 空間が歪み、俺たちの姿を飲み込む。


 転移の直前、俺はザルクに向かって言い残した。


「洗っておけよ、その汚い城。次に来る時は、更地にしてやるからな」


 シュンッ――。


 視界が暗転し、俺たちは謁見の間から消滅した。

 残されたザルクは、怒りの咆哮を上げ、城を揺るがした。


 ◇


 王都の上空。

 俺たちは、以前サイモンから聞いていた『安全地帯』――王都外れにある離宮の庭へと転移した。

 ドサッ、と芝生の上に転がる。


「はぁ、はぁ……! 死ぬかと思った……!」


 セリアが大の字になって空を見上げる。

 ポチも舌を出してへばっていた。

 俺もまた、魔力を大量に吸われたせいで軽い眩暈を感じていた。


「……大丈夫か、二人とも」

「なんとかね。でも、あんな化け物が国の中枢にいたなんて……」

『主よ、あれは我ら神獣とも相性が悪い。魔力そのものを食らうタイプだ』


 状況は最悪だ。

 国王は意識不明。公爵家は傀儡。城は魔族の要塞と化した。

 事実上、王国は乗っ取られたに等しい。


「……アレウス様、ですね?」


 不意に、鈴を転がすような声がした。

 顔を上げると、そこには車椅子に乗った一人の少女がいた。

 透き通るような銀髪に、病弱そうな白い肌。だが、その瞳には強い意志の光が宿っている。


 第三王女、アイリス・フォン・グランドリア。


「お待ちしておりました。……城の様子、察するに最悪のようですね」

「ええ。手遅れの一歩手前です」


 俺は立ち上がり、服の埃を払った。

 アイリス王女は、俺の目をじっと見つめ、そして微笑んだ。


「でも、貴方が戻ってきた。それは、まだ希望があるということですわ」


 彼女の背後から、サイモンをはじめとする冒険者ギルドの精鋭たち、そして俺のポーションで救われた近衛騎士の一部が現れた。

 どうやら、ここが最後のレジスタンス拠点のようだ。


「アレウス様。どうか、この国を……父を、救ってください」


 王女が頭を下げる。

 俺は王城の方角を睨んだ。

 城全体が、赤黒い結界ドームに覆われ始めている。

 ザルクは、城だけでなく王都中の人々から魔力を吸い上げ、完全復活を遂げるつもりだ。


「救うだけじゃ足りませんね」


 俺はニヤリと笑った。


「システムごと作り変え(リビルド)ます。あの腐った城も、魔族も、全部まとめて」


 反撃の狼煙は上がった。

 俺はSランク冒険者の権限と、技術者のプライドを懸けて、王国奪還作戦を開始する。


 次回、王都炎上。実家が魔族の手先として暴走する。

 かつての家族との、本当の決別が待っている。

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