第三章:経済無双と名声の拡大

第14話 市場に流した「失敗作」が王都でオークションに

 エリュシオンでの生活も板につき、俺の工房――元幽霊屋敷の地下室には、日々の実験で生み出された試作品が山のように積み上がっていた。

 エンジニアにとって、プロトタイピング(試作)は息をするようなものだ。思いついたアイデアを形にし、テストし、バグがあれば修正する。その繰り返しが、より完璧な製品(プロダクト)を生む。


 だが、問題は「ボツになった試作品」の処分だ。


「……邪魔だな」


 俺は作業台の上を占拠しているガラクタの山を見て、溜息をついた。

 そこにあるのは、俺の基準(スペック)を満たせず、廃棄予定となった失敗作たちだ。


 例えば、この短剣。

 炎の魔力を付与して『ヒートナイフ』を作ろうとしたのだが、魔力伝導率の調整に失敗し、刀身が常に500度くらいの高温を発し続けるだけの欠陥品になってしまった。スイッチでオンオフができないなんて、道具として失格だ。

 

 次に、この指輪。

 風魔法による『浮遊リング』を目指したが、出力調整をミスして、装着すると地上数センチだけ浮いてしまうという中途半端な代物だ。歩きにくいことこの上ない。


 そして、このポーション。

 回復効果を極限まで高めようとして成分を濃縮しすぎた結果、泥のような粘度と、腐った靴下のような味になってしまった。飲めば治るが、精神的ダメージがでかすぎる。


「捨てるのも勿体ないし、素材に戻すのも手間だ。……売るか」


 俺は決めた。

 これらをまとめて、いつものよろず屋『銀の天秤亭』に引き取ってもらおう。二束三文でも、ゴミ捨ての手間が省けるなら御の字だ。

 俺は失敗作たちを雑多な麻袋に放り込み、リビングでくつろいでいるセリアに声をかけた。


「セリア、ちょっと街までゴミ捨てに行ってくる」

「行ってらっしゃい。……って、また何か変なもの作ったんじゃないでしょうね?」

「ただのガラクタだよ。安心していい」


 俺は軽く手を振り、屋敷を出た。


 ◇


 『銀の天秤亭』の店主は、俺が持ち込んだ麻袋の中身を見て、いつものように絶句していた。


「あ、アレウス様……これは一体……?」

「工房の整理をしてて出た不用品です。買い取ってもらえますか? 値段は適当でいいんで」


 店主は震える手で『常時発熱する短剣』を取り出した。

 熱でカウンターが焦げそうになり、慌てて耐熱布を敷く。


「……魔石も使わずに、恒久的に熱を発し続けている? こ、これは寒冷地での熱源として革命的ですよ! それに、この熱量なら魔物の硬い皮膚もバターのように焼き切れる!」

「いや、スイッチがないから鞘に入れられないんですよ。不便でしょ?」

「特注の耐熱鞘を作ればいいだけの話です! それに、こちらの指輪……『常時浮遊』だと!? 地形効果無視、足音消去、罠回避……暗殺者や斥候が喉から手が出るほど欲しがる性能だ!」

「歩きにくいですよ? フワフワして」


 店主との温度差が埋まらない。

 結局、店主は額の汗を拭いながら、真剣な顔で提案してきた。


「アレウス様。これらをこの店で売るのは危険すぎます。辺境の相場では安く買い叩くことになりますし、何より噂が広まれば、また面倒な連中が集まってくるでしょう」

「確かに。それは困る」

「そこで、提案があります。来週、王都で開催される『大競売会(グランド・オークション)』に出品してみてはいかがですか? あそこなら、王族や大貴族が集まります。正当な価格がつきますし、出品者の名前も伏せられます」


 王都のオークションか。

 匿名で処分できるなら好都合だ。金はいくらあっても困らない。


「分かりました。それでお願いします」

「お任せください! 手数料は頂きますが、間違いなく高値で売りさばいてみせます!」


 店主は鼻息荒く請け負ってくれた。

 俺は「まあ、ゴミだしな」と気楽に考え、その件をすっかり忘れることにした。


 まさか、その「ゴミ」が、王国のパワーバランスを揺るがす大事件になるとは露知らず。


 ◇


 数日後。王都グランドリア。

 王城に程近い一等地に建つ、巨大なドーム状の建物が『王立競売場』だ。

 今日は年に一度のスペシャル・オークションの日。

 会場には、着飾った貴族たち、各国の富豪、高名な冒険者たちが集まり、熱気と欲望が渦巻いていた。


 そのVIP席の一角に、一人の青年が座っていた。

 整った顔立ちに、銀縁の眼鏡。身に纏っているのは最高級の魔導師のローブだ。

 彼の名は、ジュリアス・ヴァン・ルークス。

 ルークス公爵家の次男であり、若くして『大魔導』の称号を得た天才魔導師だ。そして、かつてアレウスを「役立たず」と蔑み、追放した兄の一人でもある。


「……退屈だな」


 ジュリアスは欠伸を噛み殺した。


「父上が『何か珍しい魔道具があれば落札してこい』と言うから来たが……どれもこれも、子供騙しのガラクタばかりだ」


 彼の隣には、取り巻きの貴族たちがへつらうように笑っている。


「さすがはジュリアス様。お目に適う品など、そうそうございませんよ」

「ルークス家の魔法技術は世界一ですからな」


 ジュリアスは傲慢に鼻を鳴らした。

 彼の解析眼(といっても、アレウスのスキルに比べれば児戯にも等しいが)で見れば、出品される魔道具の構造など底が知れていた。


「次が最後のロットか。さっさと帰って研究の続きをしたいものだ」


 彼が席を立とうとした時、会場の照明が落ちた。

 スポットライトが中央のステージを照らし出す。

 オークショニア(司会者)が、興奮を抑えきれない声で叫んだ。


「皆様、お待たせいたしました! 本日のメインイベント、謎の制作者『A』氏による、特別出品の三点です!」


 ざわめきが広がる。

 A氏。聞いたことのない名前だ。

 だが、運び込まれたワゴンに置かれた品々を見た瞬間、会場の空気が一変した。


 ジュリアスもまた、席に戻り、眼鏡の位置を直して身を乗り出した。

 肌で感じる、異質な魔力の波動。

 それは、彼が知る既存の魔法理論とは全く異なる『何か』だった。


「まず一品目! 『紅蓮の咎(ヒート・ダガー)』!」


 司会者が耐熱ミトンを嵌めた手で、一本の短剣を掲げた。

 刀身は赤熱し、周囲の空気を陽炎のように揺らしている。


「この短剣、魔石の装填も、使用者の魔力供給も一切不要! ただ存在するだけで、鉄板すら溶かす500度の熱を発し続ける永久機関です! 冬山の行軍、厚い装甲を持つ魔物への攻撃、あらゆる場面で絶大な威力を発揮します!」


 会場からどよめきが起きる。

 魔力消費なしでの発動。それは魔法具の常識を覆す性能だ。


「な、なんだそれは……?」


 ジュリアスは愕然とした。

 彼の『魔力視』で見ても、その短剣の構造が理解できない。

 魔力の回路が見えないのだ。物質そのものが、熱を発するように『定義』されているかのような、異常な存在感。


(あり得ない。永久機関など、古代文明の遺産(ロストテクノロジー)でしか存在しないはずだ。誰がこんなものを……?)


 競りが始まった。

 開始価格、金貨百枚。

 だが、瞬く間に価格は跳ね上がった。


「金貨五百枚!」

「八百枚だ!」

「一千枚! 我が騎士団が買い取る!」


 狂乱のような入札合戦。

 最終的に、北方の軍事国家の使者が『金貨三千枚』で落札した。城が一つ買える値段だ。


「続きまして二品目! 『天空の指輪(スカイ・ウォーカー)』!」


 次に紹介されたのは、銀色の指輪だ。


「これを指にはめるだけで、重力から解き放たれます! 見てください、この浮遊感を!」


 モデルの女性が指輪をはめると、その体がふわりと宙に浮いた。

 彼女は少しバランスをとるのに苦労していたが(アレウス曰く「歩きにくい」)、観衆の目には「完全な無音移動」と映った。


「地面に足をつけずに移動可能! つまり、床に仕掛けられた罠、足跡の追跡、振動感知……それら全てを無効化します! 究極の隠密装備です!」


 どわぁぁぁっ、と歓声が上がる。

 諜報活動を主とする貴族や、裏社会のドンたちが目の色を変えた。


「金貨二千枚!」

「五千枚出す!」


 ジュリアスは唇を噛んだ。

 欲しい。あの技術があれば、飛行魔法の概念が変わる。

 彼は震える手でパドルを上げようとしたが、隣国の王族が『金貨八千枚』を提示したことで断念せざるを得なかった。

 ルークス家の財産を使えば払えなくはないが、さすがに父に殺される。


「クソッ……一体どこの錬金術師だ! こんなデタラメな品を作る奴は!」


 そして、最後の品。

 古びた瓶に入った、泥のような液体。


「最後はこれ! 『神の涙(エリクサー・改)』!」


 会場が静まり返る。

 ポーション? 見た目は最悪だが。


「鑑定の結果、この薬の効果は……『四肢欠損の完全再生』、および『あらゆる病魔の浄化』です! 死んでいなければ治る、まさに神の奇跡!」


 今度こそ、会場が爆発した。

 欠損再生。それは最高位の聖女が命を削って行う奇跡の御業だ。それが、瓶一本で可能だというのか。


「ただし! 副作用として『気絶するほど不味い』とのことですが、命には代えられません!」


 笑い話のような注釈など、誰も気にしなかった。

 不治の病に侵された王族を持つ者、戦場で傷ついた将軍たち。彼らにとって、それは文字通りの希望だった。


 ジュリアスはその瓶を凝視した。

 あの瓶から漂う魔力の質。どこかで感じたことがあるような、懐かしくも忌まわしい感覚。

 だが、思い出せない。

 まさか、あの「役立たず」の弟が作ったものだとは、夢にも思わないからだ。


「一万枚! 金貨一万枚だ!」


 叫んだのは、王国の宰相だった。

 国王が原因不明の病に伏せっているという噂は本当だったのか。

 会場中が圧倒される中、そのポーションは宰相によって落札された。


 三品の合計落札額、金貨二万一千枚。

 国家予算に匹敵する金額が、たった数分で動いた。

 会場は興奮の坩堝(るつぼ)と化し、「A氏」の正体を巡って様々な憶測が飛び交った。


「ドワーフの伝説的鍛冶師か?」

「いや、エルフの賢者だろう」

「出品元は辺境都市エリュシオンらしいぞ」

「エリュシオン……あの魔の森がある場所か!」


 ジュリアスは呆然とステージを見つめていた。

 彼のプライドはずたずただった。

 自分が「天才」だと信じていた魔法技術が、名もなき辺境の職人に遥かに凌駕されている現実。


「……許せん。ルークス家の面子にかけて、その『A』とやらを特定し、我が家の管理下に置かねばならん」


 ジュリアスの眼鏡の奥で、冷徹な光が光った。

 彼はすぐに席を立ち、部下に命じた。


「エリュシオンへ向かうぞ。そのふざけた製作者を引っ張り出せ」


 ◇


 一方その頃。エリュシオンの屋敷。


 俺は工房でくしゃみをした。

「へくしっ! ……誰か噂してるのか?」


 足元でポチが呆れたように言う。


『主よ、お前が撒いた種だろ。今頃、王都では大騒ぎになっているはずだ』

「まさか。あんなガラクタ、誰も欲しがらないって」


 そこへ、外出していたセリアが血相を変えて飛び込んできた。

 彼女の手には、分厚い手紙の束と、重そうな革袋が握られている。


「ア、アレウス! 大変! 『銀の天秤亭』の店主さんが、泡を吹いて倒れそうになりながらこれを持ってきたわ!」

「なんだこれ? ……うおっ、重っ!」


 渡された革袋を開けると、中には目が眩むような量の『白金貨』が入っていた。

 金貨の上位通貨だ。一枚で金貨百枚の価値がある。


「オークションの売上金だって……! 手数料引いても、国家予算レベルよ!? あんた一体何を売ったの!?」

「ええ……? あのゴミが?」


 俺はドン引きした。

 世の中、何が売れるか分からないものだ。

 手紙の束には、各国の貴族や商人からの『製作依頼』や『面会希望』の招待状が山のように入っていた。


「……面倒くさいことになったな」


 俺は手紙をテーブルに放り投げた。

 金が入ったのは嬉しいが、これでは平穏な生活が脅かされる。

 有名税というやつか。


「セリア、この金で美味いものでも食いに行くか」

「そんな呑気なこと言ってる場合!? この招待状、王家や公爵家からも来てるのよ!? 無視したら国際問題になるわよ!」

「知らん。俺はただの鑑定士だ。製作者『A』なんて奴は知らない、で通す」


 俺はあくまでシラを切ることに決めた。

 だが、俺の実家であるルークス家が、既に動き出していることまでは、まだ知る由もなかった。


 とりあえず、今日の夕食は特上の寿司(異世界風)にしよう。

 俺は莫大な資産を前にしても、あくまでマイペースを貫くのだった。

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