第10話 廃墟となっていた屋敷を購入、一夜で要塞化
ドラゴンの素材売却と、ギルドからの報奨金で、俺の懐には金貨一千枚という大金が転がり込んでいた。
これは、一般的な平民が遊んで暮らしても三代は持つ金額だ。
だが、俺には金よりも優先して手に入れたいものがあった。
「……狭い」
俺は宿屋のベッドの上で呟いた。
エリュシオンで一番高級な宿をとったのだが、それでも部屋は狭い。
何より問題なのは、同居人(犬)だ。
『主よ、背中が痒い。掻いてくれ』
足元のラグマットの上で、ポチが寝返りを打った。
現在は首輪の力で小型犬サイズになっているが、本来は巨体であるためか、寝相が悪い上にイビキがうるさい。
それに、今後の活動――魔道具の開発や、錬金術の実験を行うには、専用の工房(ラボ)が必要だ。宿屋の一室で爆発事故でも起こせば、即座に追い出されてしまう。
「マイホームを買うか」
俺は決断した。
金はある。素材もある。あとは土地と建物さえあれば、俺の理想とする『最強の拠点』が作れるはずだ。
◇
その日の午後。俺は街の不動産屋を訪ねていた。
カウンターに出てきたのは、揉み手をした小太りの男だった。
「いらっしゃいませ! おや、冒険者の方ですかな? 手頃なアパートをお探しで?」
「いえ、一軒家を探しています。できるだけ広くて、庭があって、周囲に人がいない静かな場所がいいんですが」
「ほう、一軒家ですか!」
男の目が円(イェン)マークならぬ金貨マークになった。
俺は予算を伝えた。金貨ならいくらでも出せるが、無駄遣いは美学に反する。
「予算は十分あります。ただ、条件がいくつか。まず、地下室が作れること。次に、実験で多少の騒音や振動が出ても文句を言われない立地であること」
「はあ……騒音と振動、ですか」
男は少し困った顔をしたが、すぐに数枚の資料を持ってきた。
だが、どれも帯に短し襷に長しだ。街中すぎて狭かったり、逆に遠すぎて不便だったりする。
「もっとこう……広大な敷地がある物件はないんですか? 古くても構いませんから」
俺が食い下がると、男は言い淀んだ。
「い、いやあ……実は一軒だけ、条件に合う物件はあるにはあるんですが……」
「あるなら見せてください」
「それが、その……いわくつきでして」
男が渋々出した資料には、『旧ベルンシュタイン邸』と書かれていた。
街の北区画、外壁に近い場所にある元貴族の屋敷だ。
敷地面積は広大で、二階建ての本館に別棟、広い庭園までついている。
だが、価格は破格の『金貨五十枚』だった。
「安すぎませんか?」
「ええ、まあ……出るんですよ」
「出る?」
「幽霊(ゴースト)です」
男が声を潜めた。
「十年前に没落した貴族が住んでいたんですが、流行り病で一家全滅しましてね。それ以来、夜な夜な不気味な声が聞こえるとか、誰もいないのに家具が動くとか……入居した者は三日と持たずに逃げ出すんです。今では『呪いの館』と呼ばれて、誰も寄り付きません」
幽霊物件か。
普通なら敬遠するところだが、俺の反応は逆だった。
「いいですね、それ」
「はい?」
「幽霊が出るくらい人が寄り付かないなら、セキュリティは万全だ。そこにします」
「ほ、本気ですか!? 命の保証はできませんよ!?」
俺は即決で契約書にサインし、金貨五十枚を支払った。
男は「あーあ、知ーらないっと」という顔で鍵を渡してくれた。
◇
現地に向かうと、そこは予想以上の廃墟だった。
錆びついた鉄門は傾き、庭は背丈ほどの雑草が生い茂っている。
屋敷の壁は蔦に覆われ、窓ガラスは割れ、屋根の一部は崩落していた。
そして何より、敷地全体をどんよりとした黒い靄のような空気が包んでいる。
『……主よ、ここは嫌な気配がするぞ』
ポチがブルブルと身を震わせた。
『魔物とは違う、生理的に受け付けない何かがいる。鼻が曲がりそうだ』
「そうか? 俺には『宝の山』に見えるがな」
俺はスキル『物質解析』を発動させた。
視界に情報が流れる。
――対象:廃屋敷。
――構造:石造り(基礎強度はAランク維持)。
――環境:魔力滞留濃度・高。
――異常検知:自律型魔力残滓(ゴースト)×48体。
「なるほど、幽霊の正体はこれか」
俺は屋敷の中に足を踏み入れた。
ヒュゥゥゥ……と冷たい風が吹き抜け、誰もいない廊下の奥から「ウウゥゥ……」という呻き声が聞こえる。
ポチが俺の足にしがみついた。
『帰ろう、主よ! 我は物理攻撃が効かない相手は苦手なのだ!』
「情けない神獣だな。よく見ろ、ただの『バグ』だぞ」
俺は虚空を指差した。
そこには、半透明の人影のようなものが揺らめいていた。
一般人には恐怖の対象だろうが、俺の目には『ループエラーを起こして彷徨っている魔力の塊』にしか見えない。
かつての住人の未練や残留思念が、土地の魔力と結びついて、プログラムの無限ループのように同じ行動を繰り返しているだけだ。
「デバッグ(除霊)開始」
俺はパチンと指を鳴らした。
同時に、屋敷全体に展開した解析領域を通じて、ゴーストたちの構成式(コード)に干渉する。
――対象:全ゴースト。
――処理:強制終了(キル・プロセス)および魔力還元。
シュンッ、という音がして、屋敷中を漂っていた黒い影たちが一斉に霧散した。
後に残ったのは、純粋な魔素(マナ)だけだ。
「ついでに、この魔素を使ってリフォームといこうか」
ここからが本番だ。
俺は屋敷の中央ホールに立ち、両手を広げた。
ゴーストを分解して得た魔力と、俺自身の魔力を合わせ、屋敷全体を包み込む。
「再構築(リビルド)――要塞化モード」
屋敷が光に包まれた。
割れた窓ガラスは、砂埃を集めて溶解・再構成され、物理衝撃と魔法を弾く『強化防弾ガラス』へと変わる。
崩れた壁は、地下の岩盤から成分を吸い上げ、『ミスリルコンクリート』として修復される。ただの石壁に見えるが、その強度は城壁の十倍だ。
床板は腐った木材を分解し、炭素結合を強化した『黒檀(エボニー)フローリング』へ。
さらに、屋敷の要所要所に、俺が考案した魔導回路を埋め込んでいく。
――セキュリティシステム:生体認証結界(俺とポチ以外は侵入不可)。
――空調システム:全館自動温度調整。
――照明システム:人感センサー付き魔石ライト。
――迎撃システム:庭の石像をゴーレム化し、敵対者を自動排除。
ズズズズ……と地響きが鳴り、屋敷の外観がみるみる変わっていく。
蔦は除去され、真っ白な外壁が輝きを取り戻す。
荒れ放題だった庭は、雑草が分解されて肥料となり、その養分を使って薬草園と菜園が高速生成された。
「仕上げは……風呂だな」
日本人の魂。
俺は裏庭のスペースに、地下水を汲み上げて加熱する露天風呂を設置した。浴槽は贅沢に総ヒノキ……の代用品である香木から削り出しだ。
作業時間、約一時間。
光が収まると、そこには幽霊屋敷の面影など微塵もない、白亜の豪邸が建っていた。
「……ふぅ。こんなものか」
俺は満足げに頷いた。
見た目は貴族の別荘だが、その中身は最新鋭の要塞だ。
核魔法を撃ち込まれても無傷で耐えられる自信がある。
『……主よ』
一部始終を見ていたポチが、口をあんぐりと開けていた。
『お前、本当に人間か? 神代の魔法使いでも、城を一夜で建てるなんて聞いたことがないぞ』
「ただの効率化だ。あるものを利用して最適化しただけだよ」
俺は綺麗になった玄関の扉を開けた。
埃ひとつないホール。磨き上げられた床。
自動的に魔石ランプが点灯し、暖かな光が室内を照らす。
「よし、今日からここが俺たちの家だ。ポチ、お前の部屋も作ったぞ」
『おおっ、本当か! ふかふかのベッドはあるか!?』
「リビングの暖炉の前にな」
ポチが喜び勇んで飛び込んでいく。
俺も靴を脱いで上がった。
静かだ。
幽霊の気配も、隙間風の音もしない。
完璧なプライベート空間。
「さて、寝る前に一風呂浴びるか」
俺は新設した露天風呂へと向かった。
湯船に浸かり、星空を見上げる。
最高だ。
前世の社畜時代には考えられなかった贅沢な時間。
「……ここを拠点に、少しずつ準備を進めよう」
異世界での生活基盤は整った。
次は、俺の『物質解析』スキルを活かした商品開発を行い、資金源を安定させること。
そして、この世界の情報をさらに集めること。
やることは山積みだが、焦る必要はない。
◇
翌朝。
様子を見に来た不動産屋の男が、屋敷の前で腰を抜かしているのが発見された。
「ば、馬鹿な……! あの廃墟が、王宮のような屋敷に……!?」
男は何度も目を擦り、番地を確認していた。
俺はテラスで優雅にモーニングコーヒー(代用豆だが味はブルーマウンテン級に調整済み)を飲みながら、男に手を振った。
「おはようございます。快適な物件をありがとう」
「ひぃぃっ!? お、お客さん、生きてたんですか!? 幽霊は!?」
「ああ、挨拶したら成仏しましたよ」
俺が笑顔で答えると、男は信じられないものを見る目で俺を拝み倒して帰っていった。
こうして、俺の『マイホーム』取得計画は完了した。
だが、この派手すぎるリフォームが、またしても街の噂となり、俺の「平穏に暮らしたい」という願いとは裏腹に、注目を集めてしまうことになるのだが……それはまた別の話だ。
とりあえず今は、広くなった工房で、先日手に入れたドラゴンの素材をどう料理してやるか、ワクワクしながら計画を練ることにしよう。
手始めに、ポチの首輪でも新調してやるか。
ドラゴンの鱗を使った、神話級の首輪を。
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