第9話 街の鍛冶屋へ。ボロボロの銅剣を聖剣に打ち直す

 ドラゴンの持ち込みによる騒動が一段落した後、俺はギルドから支払われた『手付金』としての金貨百枚を受け取り、一時的に解放された。

 ドラゴンの査定と解体には数日かかるらしい。その間、俺は街で自由に行動していいと言われたが、実質的には「逃げないように監視付き」の状態に近い。

 ギルドを出た俺の背後には、遠巻きに尾行してくるギルド職員の気配があった。


「……やれやれ、信用されてないな」

『主よ、あんな巨大なトカゲを放り出せば当然だ。むしろ、よく拘束されなかったものだと感心するぞ』


 足元のポチが呆れたように念話を送ってくる。

 俺は苦笑しながら、エリュシオンの職人街へと足を向けた。


 今日の目的は、金属素材の調達と、この世界の鍛冶技術の視察だ。

 俺は『創世の槌』というチート工具を作ったが、基本的な鉄や銅といったベース素材はいくらあっても困らない。それに、プロの鍛冶場がどのような設備を使っているのか、エンジニアとして興味があった。


 カン、カン、カン……。

 職人街に入ると、リズミカルな金属音が聞こえてきた。

 多くの鍛冶屋が軒を連ねているが、俺が目指したのは、その中でも一際古びた、路地裏にある小さな店だった。

 表通りにある店は観光客や初心者冒険者向けで、品揃えは綺麗だが中身(スペック)は平凡だった。

 対して、この路地裏の店からは、不器用だが芯の通った職人の『熱量』を感じたのだ。


 看板には『黒鉄(くろがね)の槌亭』とある。

 煤けた暖簾をくぐり、中に入る。


「いらっしゃい……と言いたいが、冷やかしなら帰んな。うちはガキに売るような玩具は置いてねえぞ」


 店番をしていたのは、髭を胸まで伸ばした頑固そうな老人だった。背は低いが、筋肉の塊のような体躯。ドワーフ族だ。

 店内には剣や斧、鎧が無造作に置かれている。どれも装飾は皆無で武骨だが、その作りは確かだった。


 ――対象:鉄の大剣。

 ――判定:鍛造密度・高。重心バランス・良。

 ――製作者:ゴード(熟練度A)。


「いい腕ですね。表通りの店よりずっと実戦的だ」


 俺が素直な感想を述べると、ドワーフの親父――ゴードは片眉を跳ね上げた。


「ほう? 口だけは達者な坊主だ。だが、いくら物が良くても、素材が悪けりゃ限界がある」


 ゴードは悔しそうに、手元の金槌を作業台に置いた。


「この辺境じゃ、まともな鉄鉱石が手に入らねえ。王都からの流通は細いし、森の奥にある良質な鉱脈は魔物が強すぎて採掘に行けねえんだ。俺の腕があっても、クズ鉄を名剣に変えることはできん」


 なるほど。技術はあるが、リソース(素材)不足というわけか。

 システム開発でもよくある話だ。優秀なプログラマーがいても、サーバースペックが低すぎて性能が出せないパターンだ。


「……素材、ですか」


 俺は店内を見渡した。

 そして、部屋の隅にある『廃棄品』と書かれた木樽に目を止めた。

 そこには、鍛造に失敗した鉄屑や、錆びついた古い武器が山積みにされていた。

 その中に、一本の緑色に変色した剣が刺さっていた。


「親父さん、あれを見せてもらっても?」

「あん? あんなゴミを見てどうする。昔、新入りの弟子が作った失敗作の銅剣だ。焼きが甘くて使い物にならんし、錆びてボロボロだ」


 俺は許可を得て、その銅剣を手に取った。

 確かに酷い。刀身は緑青(ろくしょう)に覆われ、刃は波打ち、柄は腐りかけている。武器としてはEランク以下のガラクタだ。


 だが、俺の『物質解析』は、その奥にある可能性を見逃さなかった。


 ――対象:劣化銅剣。

 ――材質:赤銅(レッドカッパー)。

 ――特記事項:内部に微量の『雷精石』の粒子が混入。


(……面白い。ただの銅じゃない。不純物として混ざっているこれは、雷属性の魔力を増幅させるレア素材だ)


 恐らく、鉱石の段階で偶然混ざり込んでいたのだろう。普通なら「不純物が多い質の悪い銅」として捨てられるものだが、精錬の仕方さえ間違えなければ、化ける。


「親父さん。この剣、俺に譲ってくれませんか? その代わり、俺がこれを『打ち直す』のを許可してほしいんですが」


「はぁ? お前がか?」


 ゴードは鼻で笑った。


「寝言は寝て言え。腐った銅はどう叩いても腐った銅だ。それに、お前のような細腕でハンマーが振れるかよ」

「試してみる価値はあると思いますよ。……もし俺がこれを直せたら、店の奥にあるクズ鉄を少し譲ってください」

「……フン、物好きなガキだ。好きにしろ。火傷しても知らんぞ」


 ゴードは呆れつつも、炉の使用を許可してくれた。

 俺はニヤリと笑い、炉の前に立った。

 火は落ちかけているが、問題ない。俺自身の魔力で熱源を確保する。


 俺は上着を脱ぎ、マジックバッグから愛用の『創世の槌(ジェネシス・ハンマー)』を取り出した。

 ……と言っても、フルパワーで輝かせると眩しすぎるので、表面に『認識阻害』の膜を張って、ただの古びたハンマーに見せかけておく。


「さて、始めますか」


 俺はボロボロの銅剣を炉にくべた。

 手をかざし、熱量制御(サーマル・コントロール)を開始。

 一気に温度を上げ、銅剣を赤熱させる。


「おい、温度が高すぎるぞ! 銅が溶けちまう!」


 ゴードが叫ぶが、俺は無視した。

 溶ける寸前、固体と液体の狭間にある『流動点』を見極める。


「解析(スキャン)。……構造把握完了」


 銅の原子配列が、俺の脳内で3Dモデルとして展開される。

 酸化した部分を『削除』。

 歪んだ配列を『整列』。

 そして、全体に散らばっていた『雷精石』の粒子を、魔力の通り道(パス)に沿って均等に配置し直す。


 ――実行(コミット)。


 俺は炉から剣を取り出し、金床に乗せた。

 そして、ハンマーを振り下ろす。


 カァァァンッ!!


 ただの一撃。

 だが、その音は普通の鍛冶の音とは違っていた。

 澄んだ鐘の音のように響き渡り、店内の空気がビリビリと震える。


「な……っ!?」


 ゴードが目を見開く。

 俺が叩いた瞬間、緑青にまみれていた刀身から不純物が弾け飛び、眩い黄金色の光が溢れ出したからだ。


 俺は手を止めない。

 カンッ、カンッ、カンッ!

 正確無比なリズム。一打ごとに物質の定義が書き換わっていく。

 柔らかいはずの銅が、鋼鉄以上の硬度へと凝縮される。

 鈍い色だった表面が、鏡面のように磨き上げられ、そこに雷光のような魔紋が浮かび上がる。


「再構築(リビルド)……完了」


 最後の一撃を叩き込み、俺は『冷却(クールダウン)』の魔法を一瞬でかけて定着させた。

 ジュウウウッという音と共に、白煙が上がる。


 煙が晴れた後、金床の上には、別次元の物体が鎮座していた。


 もはや銅剣ではない。

 黄金と赤が混ざり合った、夕焼けのような美しい刀身。

 微かに帯電し、チリチリと青いスパークを纏っている。


 ――生成物:雷神の剣(トニトルス・カッパー)。

 ――ランク:聖級(ホーリー)。

 ――属性:雷。

 ――特性:魔力伝導率SS、自動放電、切断力強化。


「……こんなもんか」


 俺は額の汗を拭い、出来上がった剣をゴードに放り投げた。


「ほら親父さん、完成だ」

「お、おおっ!?」


 ゴードは慌てて受け取り、その重みと手触りに息を呑んだ。


「馬鹿な……これが、さっきのゴミだと……? 銅なのに、ミスリルより硬ぇ。それに、魔力を通さなくても勝手に帯電してやがる……!」


 彼は震える手で剣を掲げた。

 店内が雷光で照らされる。

 それは間違いなく、国宝として奉納されてもおかしくない『聖剣』の輝きだった。


「素材が悪くても、中の構造を『最適化』してやれば、性能は引き出せるんですよ」


 俺は事も無げに言った。

 ゴードは剣を下ろし、信じられないものを見る目で俺を凝視した。


「お前……一体何者だ? ドワーフの長老でも、こんなデタラメな鍛冶はできんぞ」


「ただの通りすがりの鑑定士ですよ。ちょっと素材の性質に詳しいだけのね」


「鑑定士だと……? ふざけるな! こんな鑑定士がいてたまるか!」


 ゴードは怒鳴ったが、その顔にはもはや侮蔑の色はなかった。あるのは、純粋な敬意と、職人としての嫉妬だ。


「……負けた。完敗だ。俺の目は節穴だったよ」


 ゴードは深々と溜息をつき、頭を下げた。


「約束通り、クズ鉄でも何でも持っていけ。……だが、頼みがある」


「頼み?」


「その剣の打ち方……いや、金属への『魔力の込め方』を、少しだけでいい。俺に教えてくれんか」


 頑固親父が、プライドを捨てて教えを乞うてきた。

 俺は少し驚いたが、悪い気はしなかった。

 向上心のあるエンジニア(職人)は嫌いじゃない。


「教えると言っても、俺のは特殊なスキル頼みですからね……。でも、ヒントくらいなら」


 俺はマジックバッグから、紙切れを取り出し、さらさらと図面を描いた。

 金属結晶の最適な並び方と、熱処理のタイミングを数式化したものだ。


「これを参考に、炉の温度管理を徹底してみてください。今の設備でも、品質は二段階くらい上がるはずです」


「こ、これは……!?」


 ゴードはメモを受け取り、食い入るように見つめた。


「ありがてぇ……! 一生の宝にするぞ!」


 俺は約束通り、店の奥にあった鉄屑(といっても、ゴードが厳選したそこそこ良い鉄だ)を大量にもらい受け、店を後にすることにした。

 帰り際、ゴードが呼び止めた。


「おい坊主! その剣はどうするんだ! 持ってけ!」

「いや、俺には『星砕き』……もっといい剣があるんで。それは店に置いといてください。看板代わりにでもなれば」

「……へっ、キザなガキだ」


 ゴードはニカッと笑った。


「分かった。この『雷神の剣』は非売品として飾っとく。お前さんがいつかまた来た時、これを超える剣を作って待ってるからな!」


 ◇


 店を出ると、外は夕暮れになっていた。

 ポチが足元で欠伸をする。


『主よ、また一つオーバーテクノロジーをばら撒いたな』

「人助けだ。それに、あの親父さんなら悪用はしないだろ」

『甘いな。まあ、あの剣があれば、この街の防衛力も少しはマシになるか』


 俺たちは宿屋へ向かった。

 今日は素材も手に入ったし、ドワーフとのコネもできた。

 充実した一日だったと言えるだろう。


 しかし、俺は知らなかった。

 後日、あの『黒鉄の槌亭』に飾られた謎の聖剣が冒険者たちの間で話題となり、「伝説の鍛冶師が極秘に打った剣」として、他国からも視察が来るほどの騒ぎになることを。

 そして、その作者である「謎の少年」を探して、貴族たちが血眼になってエリュシオンへ押し寄せることになる未来を。


「……なんか、背筋が寒いな」


 俺は身震いし、足早に雑踏の中へと消えていった。

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