第3話 スキル『再構築』の真価――石ころが宝玉に変わる時

 異世界での二日目の朝は、驚くほど快適な目覚めで始まった。

 前世では、けたたましいアラーム音と、胃の痛くなるようなスケジュールの再確認から一日が始まっていたが、今は違う。

 鳥のさえずりと、葉擦れの音だけが耳に届く。


「……よく寝た。パフォーマンスは良好だ」


 俺は石造りの天井を見上げながら、身体の状態を確認(セルフチェック)した。

 昨晩、廃屋をリフォームして作った拠点は、隙間風もなく、温度管理も完璧だった。ウルフの毛皮のベッドも、高級ホテル並みとは言わないが、疲れた身体を癒すには十分な柔らかさだった。


 軽くストレッチをして、井戸から汲み上げた(正確には水魔法陣で生成した)水で顔を洗う。

 冷たい水が意識を覚醒させる。


「さて、今日のタスクだが……」


 俺は昨日の残りの干し肉を齧りながら、思考を巡らせた。

 住居は確保した。食料も当面は魔物の肉でなんとかなる。

 次に必要なのは『装備の強化』と『資源の確保』だ。


 俺が現在所持している武器は、鉄屑から再構築したミスリルの短剣一本のみ。防具に至っては、ボロボロの冒険者風の服(これも修復済みだが防御力は皆無)だけだ。

 この森は『魔の森』と呼ばれている。昨日遭遇したウルフ程度なら問題ないが、より高ランクの魔物や、森の主クラスの化け物が出てきた場合、今の装備では心許ない。


「強力な武器を作るには、それ相応の『素材』が必要だ。鉄やミスリルだけじゃ限界がある」


 前世のゲーム知識や、この世界の文献によれば、最強クラスの金属といえば『オリハルコン』や『ヒヒイロカネ』といった神話級の金属だ。

 だが、そんなレア素材が道端に落ちているはずもない。

 ……普通なら。


「俺の『物質解析』なら、あるいは」


 俺はニヤリと笑い、マジックバッグを腰に下げて拠点を出た。


 ◇


 目指したのは、拠点から少し歩いたところにある川辺だ。

 水の流れる場所には、上流から様々な鉱石が運ばれてくる。素材集め(ファーミング)の基本スポットだ。


 鬱蒼とした木々を抜け、視界が開ける。

 清流がサラサラと流れ、河原には大小様々な石が転がっていた。

 俺は手近な石を拾い上げた。


 ――対象:河原の石。

 ――成分:二酸化ケイ素、酸化アルミニウム、微量の鉄、炭素……。

 ――価値:無し。


 何の変哲もない石だ。誰が見てもただの石ころである。

 だが、俺の視点(モニター)には、その石を構成する元素記号と分子配列が、事細かに表示されている。


「炭素が含まれているな。……ふむ」


 俺は別の黒ずんだ石を拾った。恐らく、上流の火山の噴出物が固まったものか、あるいは炭化した木片が長い年月を経て石になったものか。

 解析結果には『炭素含有率:85%』と出ている。


「これだ」


 俺はそれを手のひらに乗せ、魔力を集中させた。

 イメージするのは『圧縮』と『再配列』。

 炭素原子は、その結合の仕方ひとつで、脆い黒鉛にもなれば、世界で最も硬い鉱物にもなる。

 ランダムに並んだ炭素の配列を一度バラバラに分解(デコンパイル)し、規則正しい強固な結晶構造へと書き換える(リファクタリング)。


「最適化(オプティマイズ)……開始」


 カッ、と手の中で眩い光が弾けた。

 バチバチという音と共に、黒い石の塊が急速に縮んでいく。

 不純物が排出され、純粋な炭素だけが極限まで圧縮され、結合していく。


 光が収まった時。

 俺の手のひらには、親指の爪ほどの大きさの『透明な結晶』が乗っていた。

 朝日に照らされ、七色の輝きを放っている。


 ――生成物:高純度ダイヤモンド。

 ――クラリティ:FL(フローレス・完全無傷)。

 ――カラー:D(無色透明・最高評価)。

 ――カット:ブリリアントカット(魔力補正済み)。


「……できちゃったな」


 俺は呆れたように呟いた。

 王都の宝石店に並べば、これ一粒で城が買えるレベルの逸品だ。

 それが、河原の石ころから数秒で生成できてしまった。

 錬金術師たちが血眼になって研究している『賢者の石』の理論に近いかもしれないが、俺がやっているのはもっと物理的で、プログラム的な処理だ。


「宝石は魔力を溜め込む性質があるからな。これは魔導具の『核(コア)』に使える」


 金稼ぎの道具として見れば国一つ傾ける危険物だが、素材として見れば優秀な魔力コンデンサだ。

 俺は無造作にダイヤモンドをポケット(マジックバッグ)に放り込んだ。

 まるでビー玉でも拾ったかのような気軽さで。


 次だ。

 俺はさらに川辺を探索した。

 狙うは金属。それも、ただの鉄ではない。


 視界に入る石を片っ端から『解析』していく。

 石、石、砂利、石、鉄鉱石(低品質)、石……。


(……お、反応あり)


 俺の視界が、一つの大きな岩を捉えて赤く点滅した。

 苔むした直径一メートルほどの岩だ。

 解析結果を見る。


 ――対象:堆積岩。

 ――含有成分:ケイ素、鉄、銅……希少金属『神鋼(オリハルコン)』微粒子(含有率0.002%)。


「ビンゴ」


 0.002%。

 普通なら「含まれていない」に等しい誤差レベルの数値だ。どんな熟練の鉱夫でも見逃すし、精錬しても取り出すコストの方が高くつく。

 だが、データとしてそこに「在る」なら、俺には取り出せる。


 俺は岩に手を触れた。

 岩全体を覆うように魔力のネットワークを広げる。

 ターゲットは『オリハルコン』の因子のみ。

 岩の中に散らばった、砂粒よりも小さな希少金属の分子を検索(サーチ)し、一点に集約(マージ)する。


「抽出(エクストラクト)」


 岩がボロボロと崩れ落ちる。

 その中心から、金とも銀ともつかない、不思議な輝きを放つ金属片が浮き上がってきた。

 小指の先ほどの量だ。


「……さすがに少ないか」


 だが、諦める必要はない。

 俺は川辺にある岩という岩を次々と『解析』し、0.001%でも反応があれば片っ端から『抽出』していった。

 チリも積もれば山となる。

 単純作業(ルーチンワーク)はエンジニアの得意分野だ。


 一時間後。


 俺の前には、拳大の大きさになった『オリハルコンの塊』が転がっていた。


 ――生成物:純塊オリハルコン。

 ――純度:99.999%。

 ――特性:絶対硬度、魔力超伝導、自己修復、重量軽減。

 ――推定価値:測定不能(国家予算規模)。


「ははっ……笑うしかないな」


 この世界でオリハルコンといえば、伝説の勇者の剣に使われるような幻の金属だ。

 拳大の大きさがあれば、ナイフ一本、あるいは剣の芯材としては十分すぎる量が確保できたことになる。

 ついでに、副産物として大量の鉄と金、銀も抽出できた。これらは建材や、細かいパーツの作成に使おう。


「素材は揃った。次は加工(クラフト)だ」


 俺は集めた素材をバッグに詰め込み、拠点へと戻った。

 時刻はまだ昼前。

 ここからが本番だ。

 石造りの家の前で、俺はオリハルコンの塊と、先ほど生成したダイヤモンド、そして腰のミスリル短剣を取り出した。


 これらを組み合わせ、合成し、最強の武器を作り上げる。

 俺の頭の中には、既に設計図(ブループリント)が出来上がっていた。


「まずは炉(サーバー)の構築からか……いや、俺自身が炉になればいい」


 通常、オリハルコンを加工するには竜の息吹(ドラゴンブレス)並みの高熱が必要だと言われている。

 だが、俺の『再構築』は熱エネルギーによる溶解加工ではない。

 物質の定義そのものを書き換える、概念的な鍛冶だ。


 両手をかざす。

 オリハルコンが空中に浮き、液状化するように形を変える。

 そこにミスリルの短剣を投入。

 二つの金属が混ざり合い、分子レベルで融合していく。ミスリルの『魔力馴染み』と、オリハルコンの『絶対的な強度』を併せ持つ合金(ハイブリッド)を作成。


 さらに、柄の部分にダイヤモンドを埋め込む。

 ただ飾るだけではない。ダイヤの内部に微細な魔法陣を刻み込み、周囲の魔素を自動的に吸収・蓄積する『魔力バッテリー』としての機能を持たせる。


「形状(デザイン)は……扱いやすさ重視で、日本刀のような片刃。だが長さは取り回しの良いショートソードくらいで」


 脳内のイメージに合わせて、光の塊が収束していく。

 最後に、刀身の表面に不可視の『自動切断術式』と『重量制御術式』をコーディングして――。


「コンパイル(完成)!」


 キィィィン……と、高い音が森に響き渡った。

 光が弾け飛び、俺の手の中に一振りの剣が収まった。


 漆黒の刀身に、金色の粒子が星空のように散りばめられた美しい剣。

 柄にはダイヤモンドが怪しく輝き、脈動するように淡い青色の光を放っている。


 ――鑑定結果。

 ――名称:星砕き(スターブレイカー・プロトタイプ)。

 ――ランク:神話級(ゴッズ)。

 ――攻撃力:測定不能。

 ――特殊能力:万物切断、魔力無限供給、魔法反射、所有者固定(アレウスのみ使用可)。


「……やりすぎたか?」


 試しに素振りをしてみる。

 ブンッ、という音と共に、衝撃波が発生した。

 その衝撃波は前方数十メートルにわたって地面を抉り、射線上にあった大木を三本ほど纏めて粉砕してしまった。


「…………」


 俺は静かに剣を下ろした。

 魔法を使っていない。ただの素振りだ。

 どうやら、予想以上にバグじみた性能(スペック)になってしまったらしい。


「まあ、この森で生きていくなら、これくらい(・・・・・)で丁度いいだろ」


 オーバーキル? いや、安全マージンと言ってほしい。

 システムは常に最悪の事態を想定して設計するものだ。

 それに、森の奥からは、昨日感じた以上の『巨大な反応』が近づいてきているのを感じていた。


 俺は新しい相棒『星砕き』を、再構築で作った専用の鞘に納めた。

 カチリ、と心地よい音が鳴る。


「さて、装備テスト(デバッグ)の時間だ」


 森の奥を見据える。

 そこには、森の主たる強大な存在が、新参者の気配を察知して動き出していた。

 俺は不敵な笑みを浮かべ、あえてその気配の方へと歩き出した。

 役立たずと罵られた素材鑑定士が、世界最強の武具を手に、本当の「最強」へと至る道。

 その最初の試練が、向こうからやってこようとしていた。

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