第3話 剣姫、登場
「えー、こほん。初めまして、本日教官を務める
本当にこほんって言うやつって現実にいるんだなぁ。
そんな感想から始まった教習、案内された会場は大学の講義室のようで、室内には俺を含めて四十名程の探索者がいた。
この教習はどうやらダンジョン庁が義務付けているものらしく、教習が行われる当日に探索者申請をした人間しか受講できない仕組みらしい。
その代わり毎日開催しているので、教習が受けられないということは滅多に無いのだとか。
「す、すげえ……本物の剣姫だ……」
「可愛すぎるだろ……」
「切られたい」
今日の教官が現役女子高生にして、大人気ダンジョン配信者の剣姫こと柚乃であったのは他の参加者も知らなかったらしく、会場の中はざわざわと落ち着きが無い。
そんな彼女と言えば、緊張しているのか少し顔が赤いようだ。
アイドルのような少し幼さが残りながらも可愛げのある容姿に、こげ茶色のシュシュで短めのツーサイドアップに仕立てた、桃色の髪が印象的な美少女。
学校の制服に軽装の部分鎧を着用しており、シュシュと同じ色合いのプリーツスカートをふわりと揺らし、その腰元には剣姫を象徴するロングソードが差されていた。
聞けば国内でも上位の実力を持つ探索者だと言うし、容姿と実力それぞれが備わっているからこそ、配信者としても高い人気を博しているのだろう。
「さて、それでは教習を始めますが――まずは基本から確認していきましょう。しっかり聞いておくように! ではダンジョンとは何か!」
え? そこから始めるのか? 俺は頬杖を付きながら十分ほど掛けてダンジョンとは何かを熱心に説明する柚乃をボケーっと眺めていた。
ダンジョン探索者ないし配信者を志す者からすればいずれも常識であったが、流石は大人気配信者、みんな熱心に聞き入っている。
因みに、探索者と配信者の違いは明確に存在しない。
強いて言えば、ダンジョン探索中に配信しないのが探索者、配信するのが配信者。ただそれだけである。
「――といったところですが、何か質問は? ありませんね。それではダンジョンを取り巻く様々な機関やルールについて説明しましょう!」
お次はダンジョン庁の話だ。ひっじょーに退屈である、寝てしまおうか?
「今皆さんがいる建物はダンジョン庁が管理しています。基本的にダンジョンに関わる様々な事柄はこのダンジョン庁の管轄ですので、よく覚えておいてくださいね。各ダンジョンにはここのようなダンジョン管理局が設置されており、渋谷管理局は国内の管理局の中でも大きな方です」
正確に言えば、内閣官房外局ダンジョン庁渋谷管理局だ。
ダンジョンが日本に出現した際に、どこの省庁が管轄するのかという問題が発生したため、それまでは存在しなかった内閣官房外局が設置されたという背景がある。
伊達にダンジョン業界大手で六年もブラック労働をしてきていないのだ!
そんな事を考えていると、俺の斜め前に座る青年が手を挙げた。
「因みに、日本で一番大きな管理局ってどこなんですか?」
清潔感のある短髪の青年、歳は十代後半といったところだろうか? 見た所柚乃と大差無いように感じる。
日本ではダンジョン探索者の資格は十六歳から取得でき、国内の高校や専門学校にはダンジョン学科なども設立されているほどなので、別段驚くことでもない訳だが……。
「そうですねぇ……この渋谷ダンジョンは世界十大ダンジョンの一つなので、世界的に見ても施設は大きく整っていますが、ここ以外で言えば千葉の習志野管理局は自衛隊の駐屯地が併設されていたのでとても大きく感じましたね! とはいえ、私は渋谷ダンジョンがホームなので、あまり他のダンジョンの事は知らないんです。ごめんなさいね」
柚乃は少し困ったように笑うも、彼女にそんな表情をさせたせいか先ほどの青年に室内から殺気が飛びまくっている気がする。
青年もやってしまったと狼狽しまくりだ。ここは、大人である俺が――ってホントに若い子ばっかりだな!? 見渡せば成人してるの俺だけじゃねぇ?
そんな事を考えながらも、俺は綺麗に、そして勢いよく手を挙げた。
「え? ええと、そこのあなた」
柚乃に促され席を立てば、青年に向けられた意識が全てこちらへ向いた。どんな馬鹿でも分かる「次余計な質問したら殺す」これはそういう類のモノだ。
正直居心地が悪いので今すぐお暇したいところだが、しかぁし! 六年間ブラックな職場で鍛えられ続けた俺と、そこらの蒙古斑も取れていないようなクソガキ共ではメンタルの格が違うのだ!
「一番大きな管理局は千代田管理局ですよ。あそこは皇居が近いですし、一般開放されていないダンジョンの管理局ではありますが、特に大きな関東圏の管理局を束ねる役割を担っているので、全国で最も設備が充実していて、研究棟なんかも併設されています。敷地面積も建物自体も、日本で最も大きな管理局になりますね」
流れる小川のように流暢に、落ち着きながら、まるで大人の威厳を示すように言ったはずが……実際は気色悪いオタクが推しについて語る時のようにめちゃくちゃ早口で語ってしまった――!
俺は俯き「以上です」と小声で呟いてからそそくさと席に着いた。
「あっ。ッスー……お、お詳しいんですねぇ! 凄く参考になりましたあ!」
やめてくれ! 何が悲しくて女子高生に配慮されなきゃならんのだ! 引くなら引ききれ!
「み、皆さんも博識なあの方へは、拍手を~」
パチ、パチ……パチ……。
殺してくれ!!! やだもう帰りたい! 女子高生に憐れまれた挙句、拍手一回ごとに「なんだあいつ」とか「キッショ」とか「えぇ……」みたいな感情が音に乗っているのが分かる。辛い――!
最早同室の青少年たちは、殺意を抱けばいいのか憐憫の感情を向ければいいのか分からず困惑してるだろこれ、くそう! 大人の俺が幼気なクソガキ共の情緒をぐちゃぐちゃにしてしまった!
でも……そう、でも俺はキミにさえ伝わってくれればいいのだ! 短髪の青年よ! お兄さんは、キミを護るためにこんな恥辱、を――。
視線の先では、俺など眼中外であるかのように、あの青年が柚乃に熱い視線を送っていた。
別に気にしてないさ、本当に。うん。
次の更新予定
元社畜、最強のダンジョン配信者になる。 匿名Y. @yn125jp
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