元社畜、最強のダンジョン配信者になる。

匿名Y.

第1話 さらばブラック企業

仕事を辞める方法はいくつかある。

 無難に人事や上司に辞めると伝えてもいいし、例えば退職代行を使ってもいい。

 そんな選択肢の中――阿由葉あゆは祐樹ゆうき、二十四歳が選択したのは最も過激で、直接的な方法だった。


「あああああ! やぁめてやるぅぅっ‼」


 小綺麗なオフィスに俺の絶叫が響き渡る。

 部長の机に辞表を叩きつけ、そのまま全力疾走で窓を突き破り、ダイレクト退社をかましてやった。

 舞い散る桜の花びらにと共に、割れたガラスの破片が春の日差しを乱反射させ、ほのかにピンクの混ざった輝きが俺の身体を包んだ。

 背後から部長の怒声が響くが、知ったことか! 日々の労働――つまりダンジョン探索で培った身体能力は、地上五階からの落下でも難なく受け身を成功させる。


「ははははは! ざまぁみろ! 俺は自由じゃァ!」


 周囲のどよめきは無視して、人垣は飛び越えて、全ての枷から解き放たれた俺の身体は、信じられないほど軽やかに桜の舞うオフィス街を駆け抜けた。


「――で、アタシを呼び出した。と」


「ああ、いやぁしかし。全てから解放された後の酒は美味いぜ……」


 オフィス街を駆け抜けた俺は、高校からの昔馴染み――もとい、元カノであるさきを呼び出して、こじんまりとした居酒屋に来ていた。

 こんな時に気軽に呼び出せるのが元カノとは我ながら情けない話であるが、別に喧嘩別れをした訳でも無いし、今では気楽に接する事が出来る数少ない友人だ。


「はぁ……ま、あんな会社辞めて正解だと思うケド。いくらなんでもブラック過ぎよ! 逆によく六年も勤めてたわね」


「ダンジョンに関わる仕事をするのが、俺の夢だったからな」


「ダンジョン、ね……」


 俺の言葉に咲が複雑そうな表情を浮かべるのと同時、壁に掛けられたテレビからはつらつとしたアナウンサーの声が響いた。

 どうやら店の主人が暇を持て余して電源を入れたらしい。


『さて、本日はダンジョン特集ということで、ダンジョン探索者にして大人気配信者――剣姫こと立花たちばな柚乃ゆのさんにお越しいただいています!』


『よ、よろしくお願いします』


 画面の中では、現役女子高生ダンジョン配信者というテロップと共に、美少女がぎこちない笑みを浮かべていた。

 ――ダンジョン。

 およそ約五十前に突如として世界中に出現した、謎の構造物の総称だ。

 ダンジョン出現後、世界は大きく変革した。

 各国は多大な犠牲を払いながらも、既存の科学技術では説明できないような魔道具や、どの進化系統樹にも当てはまらない未知の生命体である魔物など、多くの"未知"をダンジョンから持ち帰ったのだ。

 やがてそんな命懸けのダンジョン探索をエンタメに昇華させたのが――。


「ダンジョン配信者、か……」


 俺がふと呟くと、咲がつまみを頬張りながら「そういえば」と口を開く。


「なんでアンタはダンジョン探索者とか配信者にならなかったの? ダンジョンの仕事といえばそこら辺が花形ってもんでしょ?」


「んー、まぁ一番大きな理由は俺の恩人が今の会社にいたからだな。だから特に悩まず後を追って入社したんだよ。確かあの人は創設者の頼みで在籍してたみたいだけど……」


 入社当時は居心地が良かった会社も、創設者が亡くなり組織が代替わりしたことで最悪のブラック企業になってしまった。

 あの人たちが今も会社にいてくれれば、今も俺はやりがいを持って勤めていたかもしれない。


「それにダンジョン配信者って存在が出てきたのは大体五年前くらいなんだよ」


 たった五年でダンジョン配信は社会現象を巻き起こし、覇権コンテンツと化していた。今までのインフルエンサーや様々な配信コンテンツを置き去りにして、彼ら彼女らは一気に世間が羨む存在になったのだ。


「ああ、その時には既に今の会社にいたって訳ね」


「そゆこと」


「じゃあなんでこのタイミングで会社辞めちゃったのよ、一応アンタの会社ってダンジョン業界だと大手でしょ?」


 俺はジョッキを呷り、眼前の卵焼きを箸でつついた。

 少し回答を迷ってから、まぁ咲であれば。と、本当の事を話す。


「恩人がな、一年前に死んだんだ」


 思い返すのは、俺に生き方を教えてくれた人生最大の恩人の姿。

 約十二年前、両親を亡くして天涯孤独だった俺は、あの人にダンジョンでの戦い方を教わった。だからこそ、今の俺がいるのだ。


「――ッ、ごめんなさい」


 咲はハッとした表情で頭を下げる。


「いや、もう吹っ切れたよ。あの人が居なくなってからも、一応筋を通そうと思って一年間頑張ってみたけど……」


 会社を辞めた原因は、今日偶々聞いてしまった部長の言葉だった。


「"あいつらは所詮道具だ、去年死んだあいつもそうだが、代わりなんて幾らでもいる。せいぜい阿由葉も使い潰してやるさ"」


 俺の事なら兎も角、あの人の事を馬鹿にされたからこそ、俺はあの会社を辞めて来たのだ。


「はーあ、次の仕事どうすっかなぁ……」


 俺が溜息を吐きながらそう愚痴ると、咲は少し考えこむようにしてテレビの方を指差した。


「アンタも、ダンジョン配信者になればいいんじゃないの?」


「は――」


 それは、雷に打たれたような衝撃だった。


『柚乃さんにとって、ダンジョン配信者とは?』


 テレビの向こうでは、司会者がゲストに問いかけている。


『自分の実力でどこまでも行ける、未知を追い求める存在。そして――自由の象徴でありたい。それは探索者にも言える事ですが、私たちダンジョン配信者は、配信という形でそれをみなさんに届けることができる存在であると、そう思っています。』


 思わず、その女子高校生に見惚れてしまった。

 その在り方が、あまりにも堂々としていて、俺には眩しすぎるくらいに輝いて見えたんだ。

 そして何より、俺があの人から教わった大事なモノを俺なんかよりも体現しているように思えた。


「はは、参ったな。社畜根性極まれりだ……そうか、俺はもう、自由なのか――」


 今初めて、俺はあのクソ会社から解放されたのだと真の意味で実感した。

 咲が口にしたなんてことも無い提案が、画面の向こうにいる彼女が、俺はもう自由なのだと教えてくれたのだ。


「祐樹……?」


 心配そうに見つめてくる咲に、俺はニヤリと笑みを浮かべる。


「おっしゃ! 今日は飲むぞ!! 幸いプライベートが無かったせいで貯金はあるんだ、今日は俺の奢りだ!!」


「あら? 良いわね、さしずめアンタの新しい門出に……ってとこかしら?」


 そう言って咲が持ち上げたジョッキに、俺は「もちろん!」と自分のジョッキを合わせた。


「俺は、ダンジョン配信者になる!」

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