第5話 私の、出生 前編

 私は、狩人長に連れられて、村長の自宅に連れてこられる。 そして、部屋に入れられた私は椅子に座っている。

 現在、御三家で話し合いをしているようで、私は待機の状態だ。

 御三家と言う事は、キキばぁも参加しているのは間違いない。

 しかし、待てども誰も来ない。


 「……結構時間が経ったのに、いつまでここに居るのかしら」


 そう呟いても、誰かが来る気配は無い。 何もしていない時が、1番時間の流れが遅く感じる。


 「……」


 私は、とりあえず今日の出来事を振り返る。

 祭りの時に、迷い込んだであろう魔獣が現れて、クロエと2人で討伐しようとするが失敗して逆に窮地に追い込まれる。

 だが、変な夢を見たと思ったら突然、黒い霧を操る異能に目覚めて魔獣を屠った。


 「あの力は……一体」


 本来、エルフは水魔法を行使する事が出来る。

 だが、私の使用した霧は、水魔法とは程遠い。 霧だけなら水魔法の応用と思えるが、相手や木々を枯らした漆黒に染まった霧は、どうしても魔法とは思えない。


 「本当に、あれは何なのよ?」

 

 私は自分の手を見る。 最初から知っている様な感覚。 記憶に無いのに、知っていると言うアノ状態。 もしかしたら、上手く扱えるのかも知れない。 だが、暴走の事を考えたら躊躇ってしまう。

 他にも不可解な事がある。 それは、狩人長の言葉だ。

 “やはり、目覚めたか”ってどういう意味?。 まるで、私が霧を操ると知っていた様な物言いだったわ。

 狩人長が何か知っているって事は、村長も知っていると見て良いだろう。

 御三家である、キキばぁだけが知らなかったは無いだろう。

 

 「……仮に、どんな説明がされても良いように、覚悟した方が良さそうね」


 私が、そんな事を考えていると、部屋のドアが開きアルベールが入ってくる。

 所々は包帯を巻かれているが、日常生活に支障は無さそうだ。 これなら、他の2人も大丈夫そうね。


 「怪我は、軽そうね。 良かったわ」

 「クロエのおかげだよ。 そして、彼女と一緒に討伐をした君にも、感謝しているよ。 ありがとう」

 「大したことはしてないわ」

 「まったく、君はもう少し素直になった方が良い。 そこは、クロエに似ているよ」

 「私のどこが似ているのよ」


 こんな会話をした後、沈黙が流れる。 彼が来たのはただ話をしにきた訳では無い。  

 彼の表情を見たら、何となく察せる。


 「ごめん……アリス。 お爺様から、君を議場に呼ぶ様に言われたんだ。 今から、僕に着いてきてくれ」

 「分かったわ」


 アルベールに連れられて、部屋を出る。 私は、議場まで案内される。

 案内される間も、会話は無い。 議場に呼ばれる者は、たいてい何かをしでかした奴が大半だからだ。 

 そして、私はドアの前に着く。


 「アリスを、お連れしました」


 アルベールはそう言うと、その場を後にする。

 私は、ドアを開けて部屋の中に入る。 ランプが照らす室内の奥には、3人の姿が確認できた。

 御三家の当主、村長を務めるフレデリック・デュモン。 狩人長のアルフレッド・フォール。 そして、巫女のキキばぁことキキ・ユニヴェール。

 私は、目の前に置いてある椅子に座ると、3人に向き直る。

 普段の生活で、顔を合わせてはいるが、この状況だと流石に緊張する。


 「待たせてすまないね。 現在、君の今後についての話をしていてね、とりあえず孫には君を連れて来る様に頼んだんだよ」


 そう言って、村長は机に両肘を立てて、両手を口元に持ってくる。 村長は、優しい口調で話を続ける。


 「君も、なぜこうなったかは知っているかね?」

 「……いえ。 私は、何も聞いていないですね」

 「……おや? まだ、説明はしてなかったか。 では狩人長。 彼女に説明を」


 村長は、狩人長に目を向ける。

 狩人長は、目を瞑ったまま腕組みをしており、口を開けて話を始めようとした時、キキばぁが待ったをかける。

 

 「村長。 説明は私にさせてくれないかい? 私も、今日までアリスに黙っていたんだからね」

 「あ……ああ。 キキ様が言うなら構わんよ」


 キキばぁは、黙って私の方を向くと、声量を抑えて話し出す。 普段と違って、真剣な面持ちに私は集中する。


 「昼間、黒い靄を生み出したらしいじゃ無いか。 それは、覚えているかい?」

 「……ええ。 とてつもない力だったわ。 危うく、森が飲まれ程にね。あの黒い霧は何? 魔法なの? それとも、魔法とは違う存在?」


 私の質問を聞いて、キキばぁは少しの間考えた後に再び話し出す。

 

 「……アレが魔法か……それとも別の力かは、私達にも分からないんだよ」


 キキばぁも、あの力が何かは分からない様だ。 だが、想像した通りアレは魔法ではない。 それなら、今まで魔法など使えなかった私が、突然使えるのも納得できる。

 アレは、全くの別の物だ。

 

 「それにね……私達が知っていて、アリスには知らせていないものがあるんだよ。 出来れば、アリスには何も知らずに、良い人生を歩んで欲しかったんだけど」


 キキばぁは、ゆっくりと話し出す。 その表情は、どこか寂しさがあった。


 「まず、アリスの両親なんだけどね……狩猟中の事故で亡くなったと話したけど……アレは、嘘なんだよ」

 「……嘘?」


 キキばぁは、頷く。


 「アリス。 貴女は、私が森の奥で見つけたのよ。 厳密には、そこで座っている狩人長のアルフレッドも、一緒だったけどね」

 「……見つけた? それって」

 「ああ。 188年前、まだ私が、巫女兼狩人として動いていた時さね」

 「…………」

 

 キキばぁは、詳しく話してくれた。

 それは、十数日も大雨が降るという異常な日が続いた。

 ある日、季節外れの雪が降り出し、キキばぁ達は森へ調査に出向いた。 

 雪が降り出した日から、森の方から異常なマナを感じ取ったからだ。

 何か原因があると思い、巫女でもあるキキばぁと狩人長が調査に向かったとの事。


 「雪の降る中、異様なマナが満ちているとされた中心地には、泣く赤子のアリスがいたのさ」


 そして、キキばぁ達が私を発見したと同時に、大型動物が現れて赤子だった私に飛びつく。 キキばぁは、助けは間に合わないと思ったらしい。


 「でもね。 結果は、違ったのさ」

 「……」


 突然、赤子の周辺から霧が現れたと思ったら、たちまちソレは黒霧と変わり、大型動物を飲み込んだと言う。

 そして、黒霧は赤子を囲み溶ける様に消えていったと話す。


 「これが、真実さ。 雪の降る森で、アリス……アンタを拾った話さ」

 「……」


 キキばぁの言葉に、私は何も言葉が出ない。 何か、とんでもない話が出るとは思っていたけど、異能どころか自身の生まれ自体が特殊だったなんて。

 でも、覚悟をしていたのが良かったのか、酷くショックは受けなかった。 とは言っても、全く受けなかったわけでもない。


 「あの時、アルフレッドはその力を危険視していてね。 どうするかを話し合ったよ」


 狩人長は、ゆっくりと目を開けて私を見る。


 「あんな、得体の知れない力。 場合によっては村を滅ばす可能性がある。 ましてや、気候にも影響を与える力を持った危険因子だ。 あの場で、射殺すのが妥当だろうと話した。 まぁ、巫女様は違っていたがな」


 狩人長は、キキばぁの方を見る。 キキばぁも、狩人長を見返している。

 狩人長は、更に話を続ける。


 「実際に育てて見ないと分からないし、巫女様が引き取ると訴えるから、私もとりあえずは今まで黙って見てきたが……今日の出来事で、私の考えは間違っていなかったと証明されたよ」


 狩人長は、私を睨む。 その眼は、獲物を仕留めようとする、狩人のソレだ。

 私は、言い返そうと言葉を発する。

 

 「証明されたって。 確かに、黒い霧を操って魔獣を倒したけど……本当に危険に陥るかは、まだ分からないわ」


 私はそう言うと、狩人長は小さく溜息を吐く。


 「貴様は……あの霧を、制御出来るのか? 今ここで、少しだけ霧をだして見ろと言われて、本当に少量だけしか出さない自信はあるのか?」

 「そ……それは」


 正直、それは分からない。 もし、再び暴走したら、間違いなく部屋の中は惨事だろう。

 もしかしたら、村が霧の中に消える可能性もある。

 

 「……あの時、霧が治まらなかったらどうなっていた? 下手したら、森や村を飲み込んでいたかもしれない。 そうなっていたら、貴様は責任を取って自ら命を絶ったか?」

 「……」

 「自分で制御出来ない過ぎた力など、危険以外何と呼ぶ? この様な者など、粛清か追放した方が良いくらいだ」


 私は、何も反論が出来ない。 あの時、もし霧が収まらなければ、クロエも森も飲み込まれていた。 あれは、たまたま良い方向に行っただけだ。

 狩人長の話を聞いていたキキばぁが、口を開く。


 「黙って聞いてると、危険だ危険だって。 アンタの孫娘を救ったのは誰だい? アンタが、危険と言う黒霧を行使するアリスじゃないか。 駄目な所ばかり見て、良いところは決して見ないんだね」

 「孫を助けてくれたのは、感謝している。 だが、一歩間違えれば大惨事になっていたのは事実だ。 そちらこそ、危険と言う事実から目を逸らさないで貰おうか。 本来なら、この場には彼女の身内でもある巫女様は出れない立場だったのだ。 余り、出しゃばらないで貰いたいものだ」


 2人の会話がヒートアップして行き、村長が間に入る。


 「まぁまぁ、2人とも。 危険なのは事実だが……実際、何も起きなかった。 コレは、彼女が制御出来る可能性を秘めていると私は考える。 お互い、思う所があるのも分かりますが、もう少し冷静になれませんかの?」


 「……」

 

 村長の言葉を聞いて、2人は静かになる。 村長は話を続ける。


 「霧を、完璧に制御出来れば問題は無いだろうし……彼女が悪用しないのであれば、命を取るのは行き過ぎだと考えるのう。 今まで、見守っていた身からすると、その選択は余りにも早計」

 「……だが――」


 村長の言葉に、狩人長は反論しようとする。


 「わかっていますよ。 仮に、最悪な事態になった時……その時は、私が決断を下しましょう。 それが、彼女やキキ様にとって残酷な結果になろうと、それが皆んなを守る為なら……ね。 それなら、問題はありませんね?」

 「……」


 狩人長も、キキばぁも沈黙する。 2人の沈黙を肯定を取った村長は、手を叩く。


 「2人からは何も無い様ですし、今日はコレで終わりにしますか」


 村長の言葉を聞いた狩人長は、立ち上がると出口に向かう。 私の横を通る時、一瞬立ち止まる素振りを見せた後、黙って出て行った。

 狩人長が出て行って数秒後、村長は気まずそうに笑う。


 「とりあえずは、何事も無く終わって良かったよ」


 村長は、そう言うと私を見る。 続いて、キキばぁが溜息を漏らす。


 「本当だよ。 アルフレッド以外にもアリスを危険視する者や、不安に思う者が出るかもしれない」

 「そこは、私が説得しよう。 皆んな、未知のモノに怯えているだけで、時間が経てば解決するじゃろう。 それに、彼女は魔獣討伐の功労者の1人。 皆も、そこまで邪険には扱わんじゃろ」

 「私も、手伝うよ」


 2人が話している中、私はある質問をする事にした。


 「ちょっと、聞いて欲しいんだけど……良いかしら?」

 「? どうしたんだい?」

 「関係してるか分からないんだけど――」


 私は、魔獣討伐の時に見た夢の話を、2人に聞かせる。

 

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