ワニのせいで出られません

マスケッター

第1話 告知

 以下は、SNS『リンクアンドエモーション』に『無断転掲載可』と断られた上で投稿された匿名記事。不可でないのに注目。


 余談ながら、マスコミ各社は、当該記事を自社記事の冒頭に使用。なお、ここから先は単にSNSと述べたら『リンクアンドエモーション』を指すものとする。以下、引用。タイムスタンプは二○二五年十一月三日、午後三時八分。


 《西暦二○二五年十一月三日、未明。関東地方内陸部。


 発掘されたアパートへ、待ちかまえていた十人近い救急隊員達が次々に群がった。すぐ脇の道路には、救急車が三台待機している。パトカーも数台集まり、警官達がアパートの脇を過ぎて次々とトンネルの中に突入していく。地面を掘削していた重機は、すでに現場から下げてあった。


 道路には警戒線が張られ、上空には大手全国紙のドローンが周回中である。野次馬は、来た端から現場保全を担当する警官に追いかえされた。


 築四十年。建物の基礎が、戦前に作られ、とうに埋めたてられたトンネルの真上だったとは。


 何の弾みでかは不明瞭だが、とにかくアパートはトンネルの中に落ちた。


 泥まみれなのも加わって、十二時間ぶりに地中から救出された『カーサみずほ』の姿はお世辞にも清々しいとはいえない。


 全十室……一階と二階で五室ずつ……の内、一階の四室と二階の一室はそれなりに原形を保っていた。しかし、残りはドアが消失し、玄関口に大きなヒビがいくつも入っている。


 現場だけでなく。固唾を飲んでテレビやスマホの画面を見守る人々は、二つの事柄に関心を寄せている。一つは、生存者の有無、もう一つはワニだ。


 ワニというのは、爬虫類のワニである。具体的な品種は不明。


 このアパートには、事故当時、三人の居住者がそれぞれ別々に各自の部屋にいた。そこは、警察の調べで分かっている。


 被災した住人達にとって、自力脱出の方法は一つしかなかった。九十年近く前の竣工とはいえ、トンネルには避難通路が設けてある。それを使えば、少し離れた丘の上に行ける。例え彼らがそれを知らなかったとしても、本来なら試しに調べて見るくらいなことは出来た。


 それが不可能だったのは、ワニがいたからだ。ただのワニではなく、体長五メートルにも達しようかという大きさらしい。


 水辺でないし、大して動きが素早くないだろうから、逃げればいいと考えるのは早計だ。種類にもよるが、ワニは陸地でも、短距離なら、たいていの人間より速く走れる。プロスポーツ選手ならともかく、アパートの住人は全員が平凡な運動能力しかなかった。


 どういうなりゆきでワニが古いトンネルにいたのかは、誰も知らない。ただ、事故発生からワニの顛末までの一連を知らせたのは、一人の青年だ。


 彼は、アパートにいた三人の中の一人である。名前は……ハンドルネームをそのまま、ほーる丼としておこう。あまり個人情報を明かすのは良くないが、二十代前半の男性で、フリーターというくらいは公表しても差しつかえないはずだ。


 さて。そもそもの発端……アパート陥没事故そのものは、十一月二日の昼二時五分に起きた。現場の近くには、民家もあればスーパーやコンビニもある。ただ、仰天した近所の人々が駆けつけても、アパートが埋まった後に土砂が堆積してしまい、個人レベルでどうにかなる話ではなかった。


 唯一の救いは、アパートのアンテナが、わずかに地上に露出していたことだ。具体的な状況はこれから調査されるのだろうが、とにかく、このアンテナのお陰でほーる丼はネットによる実況中継が可能となった。》


 以上、引用終わり。

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