「この依頼は蠱惑的だな」〜ゼフィルとエゼルの依頼簿〜

夢廻 怪

プロローグ 闇の請負人

「今回の依頼も蠱惑的だったな」

金髪の男——ゼフィル・サイラスが呟く。

血の跡が乾ききった黒い手袋をそっと口に咥えながら外した。

夜の街は静かに息を潜め、闇だけが蠢く。

 

「そうでしたね。先輩」

淡い青髪が夜風に靡く。

一見女性のようなしなやかな男——エゼル・リュカがそう答える。


暗闇に染まった街は、彼らにとっては庭だ。

 

二人はブレンドストリートに「なんでも屋」を構える。

人々は彼らをこう呼ぶ。


——闇の請負人、と。


星の光が雲に隠れて届かない。

重く濁った空というベールが彼らに覆い被さっていた。

 

「先生にはお世話になっていますしね」

エゼルはゼフィルの背中を見つめ、小さく言う。


「ああ、そうだな!

取り敢えず、依頼は解決はしたし、先生にも恩を売れたから良かったな!」

ゼフィルは笑うが、その目は笑ってはいなかった。


遠くから怒声が夜風に乗って響く。

異国の言語で話しているようだ。

 

「また、異邦人ですね...」

ため息を吐くように、エゼルが言う。

 

「最近、増えてたな!

暗がりに潜り、奴らは街、国に牙を向けるネズミどもだ」

ゼフィルは低いトーンで言い、闇の奥を見据える。


「奴らは、いずれ内部から街を腐食をする。

だから、俺は、俺たちが潰す。

街や依頼者を守れない。それは守らないと」

 

ゼフィルは固く唇を結んだ。

 

その言葉の奥には、消えない後悔が棘のように残っていた。

 

それを聞いたエゼルは、彼の背中に寂しさのようなものを感じた。

 

 

しばらく狭い闇を歩いていると、前方から何やら気配がする。

 

—— その瞬間。

 

風を裂くような“バリッ”という音がした直後、青白い閃光が地面を抉るように二人の間を線のように走った。


皮膚の表面が一瞬焼けるように熱くなる。



その閃光が通る直前。

二人は同時に素早い反射で。

飛び退いた。


その一瞬は、世界から音が消え、

すべての光の動き、形、黒い人ではない者が

電気エネルギーを纏っているように

鮮明な映像として展開しているようだった。

 

二人の眼、神経には、その刹那が一秒のように長く感じた。

 

辺りは眩い光で明るくなった。

 

「なんだったんだ。今の...」

 

青い光が描いた線の先を見ながら、ゼフィルは口を開いた。

手を顎に当て、訝しんだ。

 

「わからないです...」

エゼルは驚きながらも、冷静に答える。

「ただ、噂によると怪人と呼ばれるような者もこの街に現れたとか」


閃光が通ったすぐ後、煙のような臭いが、夜風に乗って依頼のように彼らの鼻に届ける。

 

青い閃光が来た方向を見ると、明るくするほどの火の手が闇から存在を出すように上がっている。


さっきよりも、確実に空気は厚く、重くなり空には星の代わりに火の粉が届く。


「急ぐぞ、エゼル!」

ゼフィルは走り出した。

 

「はい、先輩」

エゼルもゼフィルを追った。


火が燃え上がって生まれた二人の影は後を追うように向かって行った。

 

 

「あっちは俺の家の近くだ!」


「なら、あそこはカフワ通りですね」

 

ゼフィルたちは焦りながら、気が長くなるほど、狭い通りを抜けた。


ブレンドストリートの近くの通り【カフワストリート】にはゼフィルの実家があるところだ。


「すまないが、エゼルは情報を集めてくれ」

ゼフィルはカフワストリートの手間の裏通りでエゼルに不意に伝えた。


「先輩は?」

咄嗟にエゼルは聞いた。


「怪人の噂が本当なら、火事以外にも動きがあるはずだ。お前は裏で探れ」

 

そう言って、ゼフィルは地獄のように燃え上がる現場へと向かった。


(先輩は、無謀でも人の手を取ろうとするんですね)

 

エゼルは赤い光に向かって走るゼフィルの背中を見つめた。

いつだって前だけを見て、迷いなく進む。


—— 憧れだと、認めるのは恥ずかしいけど。


(さてと、先輩に任されたなら、僕はやらないとな)

 

エゼルは燃え上がる炎を背にし、また闇に向かって歩き出した。



——ゼフィルは、カフワストリートで建物が焼けているところを目撃した。

火の手が上がったばっかりなようで、火がまだ弱い。


「まだ、人がいるの!誰か助けて」

悲痛な声が夜風を通して、伝わる。


ゼフィルはふぅっと息吐いた。

(気に入ってたのにな)

と思いつつ、ジャケットを路地裏で抜き、そのまま火事に向かって走って、ガラスを破って中に入った。


布で極力空気を吸わないように、姿勢を低くして辺りを探した。

 

ひどい火災だが、まだ問題はない。

「助けてくレ...」

小さな声がした。


ゼフィルの耳はその小さな助けを求める声を聞いた。


(......ニ階か)


炎は建物の木を炭にしようとばかり、燃えている。

あと少しで倒壊する感じだ。


燃え落ちた物を避けながら、階段へと向かった。

すると、踊り場で倒れている細身の中年男性を発見した。


「大丈夫か?」

ゼフィルは声をかけたが意識がない。

すると二階からミシミシと音を立てて、人間ではない何かがやって来る。

 

炎のように燃えるような目が見ていた。

それは黒い人型の何かだった。


(仕方がない、今は早く逃げなければ)

階段にあるガラスを突き破り、男性を抱えてどうにか地獄から逃げた。


ゼフィルがふぅっと息を吐いた。

その直後、建物が耐えられなかったのか、全壊した。


(さっきのはなんだったんだ)

と考えていたが、助けた男性の身は大丈夫かを確認しようとした。


(……嘘だろ、さっきまで確かにあそこに――)

そこには男性の姿が消えていた。


(仕方がない、少し家に顔出すか。妹が心配だ)

と不可思議な現場を後にした。


 


——その夜。

闇の中を歩き出した二人は、まだ誰も知らない。

怪人と呼ばれる存在が、街の運命を狂わせ始めたことも。


物語はここから——始まる。

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