追放された【荷物持ち】は、奈落の底で【ダンジョンマスター】に覚醒する ~勇者パーティーが必死に攻略しているそのダンジョン、実は俺の庭なんですが?~

@tamacco

【第一章:奈落の底での覚醒と成り上がり】

第1話 勇者パーティーからの追放、そして生贄

「おい、遅いぞレン! もたもたするな、このノロマ!」


 洞窟の奥底に、罵声が反響する。

 薄暗く、湿った空気が漂う地下迷宮。僕、レンは自分の身長の二倍はあろうかという巨大な背嚢(リュック)を背負いながら、必死に足を動かしていた。


「はぁ、はぁ……ごめん、ファルコン。足場が悪くて……」

「言い訳すんな! 俺たちは勇者パーティーだぞ? 一分一秒が世界の平和に関わってるんだ。お前みたいな無能な『荷物持ち』に合わせて歩幅を縮めてやってる俺の身にもなれよ」


 先頭を歩く金髪の青年――勇者ファルコンが、あからさまに不快そうな顔で振り返る。

 彼の身を包むのは、国宝級のミスリル・アーマー。その輝きは、迷宮の闇の中でも一際眩しい。

 対して僕は、薄汚れた皮の鎧に、泥だらけのブーツ。背負っている荷物の重さは優に百キロを超えている。

 水、食料、野営セット、予備の武器、魔物の解体素材、そして彼らが拾い集めた戦利品の数々。

 僕のユニークスキル【収納】は、亜空間に物質を出し入れできるというものだ。しかし、この世界の認識では、それは「戦闘の役には立たないゴミスキル」でしかなかった。

 容量には限界があるし、出し入れには魔力を消費する。だからこうして、入りきらない荷物は物理的に背負うしかなかった。


「レン、あまりファルコンを怒らせないでちょうだい。ただでさえ、このダンジョンの瘴気でピリピリしているのよ」


 冷ややかな声で追い打ちをかけてきたのは、魔導士のヴィエラだ。

 彼女は長い杖を弄びながら、侮蔑の籠もった視線を僕に向けてくる。


「まったく。あんたが戦闘に参加できない分、あたしたちの負担が増えてるんだから。せめて荷物くらい、空気のように運びなさいよ」

「……分かってるよ。ごめん」


 僕は唇を噛み締め、謝罪の言葉を口にする。

 反論しても無駄だ。このパーティーにおいて、僕の地位は奴隷よりも低い。

 幼馴染である聖女のリナだけが、僕の心の支えだった。


「まぁまぁ、二人とも。レンも頑張っているんですから」


 ふわ、と甘い香りが漂う。

 純白の法衣に身を包んだリナが、僕に歩み寄ってきた。

 彼女は慈愛に満ちた微笑みを浮かべ、ハンカチで僕の額の汗を拭う素振りを見せる――が、その手は寸前で止まり、汚いものを見るような目で僕の頬の泥を見た後、触れずに引っ込められた。


「リナ……?」

「頑張ってはいるんですけど、やっぱり才能の差は残酷ですね。レン、もう少しだけ急げますか? ファルコン様がお待ちですので」


 その笑顔は完璧だった。

 完璧すぎて、作り物めいているとすら感じてしまう。

 以前のリナは、もっと自然に笑っていたはずだ。僕たちが故郷の村を出たときは、「二人で絶対に幸せになろうね」と手を繋いでくれたのに。

 王都に来て、ファルコンに見出され、勇者パーティーの一員となってから、彼女は変わってしまった。

 いや、僕が変わっていないだけで、彼女は「勇者の仲間」に相応しい存在へと高みに上ってしまったのかもしれない。


「さっさと行くぞ。この先に、未踏破区域への扉があるはずだ」


 ファルコンが先を急かす。

 ここは『奈落の古城』と呼ばれるSランクダンジョン。

 その最深部手前、未だ誰も足を踏み入れたことのない領域が発見されたという情報を得て、僕たちは調査に来ていた。


 ごつごつした岩場を進み、魔物を退けながら進むこと数時間。

 僕たちは巨大な扉の前に辿り着いた。

 黒曜石で作られたかのような、艶やかで不気味な扉。その表面には、赤い塗料――あるいは血で描かれたような魔法陣が刻まれている。


「これか……!」


 ファルコンが興奮した様子で扉に手を触れる。

 しかし、扉はびくともしない。

 どれほどの怪力自慢でも、魔法による爆撃でも、傷一つつかない頑強さだ。


「おいヴィエラ、解析しろ」

「ええ、待って……。古代語で何か書いてあるわ」


 ヴィエラが杖を掲げ、魔法の光で文字を照らす。

 彼女は眉をひそめ、読み解いた内容を口にした。


『――真の深淵を望む者よ。代償を捧げよ』

『等価なる命を贄(にえ)とせば、王への道は開かれん』


 あたりが静まり返る。

 代償。命。贄。

 その不穏な単語が意味するものは、あまりにも明白だった。


「生贄が必要、ってことか?」


 ファルコンが呟く。

 その視線が、ぎろりと動いた。

 僕を見る。

 ヴィエラも、僕を見る。

 そして、リナまでもが、静かに僕を見つめていた。


 背筋に冷たいものが走る。

 心臓が早鐘を打ち始めた。


「ま、待ってくれ。まさか、誰かを犠牲にするつもりじゃないよな? 一度戻って、対策を練ろう。囚人か魔物でも連れてくれば……」

「戻る?」


 ファルコンが鼻で笑った。


「ここまで来るのにどれだけリソースを使ったと思ってるんだ? ポーションも食料もカツカツだ。一度戻れば、他のパーティーに先を越されるかもしれない」

「でも、だからって……!」

「それに、魔物じゃダメかもしれないだろ? 『等価なる命』って書いてある。人間じゃなきゃ反応しない可能性がある」


 ファルコンが一歩、僕に近づく。

 僕は後ずさる。

 だが、背後は断崖絶壁だった。

 この扉がある広場は、底の見えない巨大な縦穴に突き出したテラスのような構造になっている。落ちれば、間違いなく助からない。


「レン。お前さ、ずっと気にしてただろ? 自分だけ役に立ってないって」


 ファルコンの声は優しかった。まるで、迷子を諭すような猫なで声。

 しかし、その瞳の奥には冷酷な光が宿っている。


「俺たちはSランクパーティーだ。国からも期待されている。お前みたいなレベルの低い荷物持ちを連れて歩くのは、正直言って『足枷』だったんだよ」

「あ……」

「経験値も分配しなきゃならない。お前を守るために気も使う。なぁ、レン。ここでお前が役に立ってくれれば、俺たちはさらに強くなれる。世界を救う手助けができるんだ」


 狂っている。

 勇者と呼ばれる男が、平然と仲間を殺そうとしている。


「リナ……! リナ、何か言ってくれよ! 僕たち、幼馴染だろ!?」


 僕は縋るような思いでリナを見た。

 彼女なら、止めてくれるはずだ。聖女と呼ばれる彼女なら。


 しかし、リナは困ったように眉を下げ、ため息をついただけだった。


「レン。……察してあげて?」


 耳を疑った。


「え……?」

「私だって辛いのよ。でもね、ファルコン様の言う通りなの。あなたはもう、私たちの足手まといなのよ」


 リナが淡々と告げる言葉が、ナイフのように胸に突き刺さる。


「私の回復魔法は、優秀な前衛を癒やすためにあるの。あなたみたいな、ちょっと歩いただけで擦り傷を作るような一般人のために魔力を浪費するのは、効率が悪すぎるわ」

「そ、そんな……」

「それに、気づいてないと思った? あなたが私のことを好きなの、正直言って迷惑だったのよ」


 リナの顔から、聖女の仮面が剥がれ落ちた。

 そこに在ったのは、嘲笑。

 僕がずっと守りたいと思っていた笑顔は、歪んでいた。


「田舎臭いし、弱っちいし、才能もない。王都の煌びやかな生活を知ってしまった私にとって、あなたはただの『過去の汚点』なの。勇者の隣に立つ聖女の幼馴染が、冴えない荷物持ちだなんて、笑い話にもならないわ」


 頭が真っ白になった。

 思考が停止する。

 足手まとい。迷惑。過去の汚点。

 信じていたもの全てが、ガラガラと崩れ落ちていく音が聞こえた。


「さぁ、もういいだろう。お喋りは終わりだ」


 ファルコンが剣を抜き、切っ先を僕に向ける。

 ヴィエラが詠唱を始め、逃げ道を塞ぐように炎の壁を作り出した。


「レン、最後に一つだけ役に立たせてやる。その身を捧げて、俺たちの栄光の礎となれ!」


 ファルコンが蹴りを入れてきた。

 鳩尾に強烈な衝撃が走る。

 息が詰まり、僕は無様に地面を転がった。


「ぐ、あ……ッ!」


 重たいリュックが背中を圧迫する。

 起き上がろうとする僕の顔を、ファルコンのミスリルブーツが踏みつけた。


「汚ねぇ顔しやがって。あぁ、そうだ。死ぬ前にその【収納】に入ってるアイテム、全部出しとけよ? もったいないからな」

「……こ、と……わ……る」


 掠れた声で、僕は拒絶した。

 これは僕が管理してきた物資だ。彼らのために、睡眠時間を削って整理し、補充し、大切に扱ってきたものだ。

 それを、僕を殺そうとする奴らに渡す義理なんてない。


「あ? なんだと?」

「お前らなんかに……渡すもんか……!」


 僕の精一杯の抵抗。

 それがファルコンの癇に障ったらしい。


「チッ、生意気なんだよ雑魚が!!」


 ドガッ、と鈍い音が響く。

 顔面を蹴り飛ばされた。口の中に鉄の味が広がり、視界が揺れる。

 そのまま僕は、テラスの縁まで転がっていった。


 すぐ後ろは奈落。

 底の見えない闇が、大きな口を開けて待っている。


「死体から回収するのは面倒だが、まぁいい。どうせ新しい荷物持ちなんてすぐに見つかる」

「さようなら、レン。来世ではもう少しマシなスキルを持って生まれてくるといいわね」


 リナの声が遠くに聞こえる。

 ファルコンが、僕の体にとどめの一撃を見舞うように足を振り上げた。

 蹴り飛ばされる。

 体が宙に浮く。


「あ――」


 重力が僕を捉えた。

 視界の端に、遠ざかっていく三人の姿が見える。

 ファルコンはニヤニヤと笑い、ヴィエラは興味なさそうに爪を見ていて、リナは――ファルコンの腕に抱きつきながら、扉が開くのを心待ちにしているようだった。


 誰も、落ちていく僕を見てはいなかった。


(畜生……)


 風切り音が耳をつんざく。

 闇の中へ、急速に落ちていく。


(ふざけるな……ふざけるな!)


 悔しさが、恐怖を上書きしていく。

 僕は尽くしてきた。

 誰よりも早く起きて朝食を作り、装備の手入れをし、彼らが快適に戦えるよう、あらゆる雑務をこなしてきた。

 ポーションの調合だって僕がやっていた。市場で安く素材を仕入れ、彼らの財布が痛まないように工夫していた。

 リナが夜泣き言を言えば、朝まで話を聞いた。

 ファルコンが名声を欲すれば、裏方として彼を引き立てた。


 その結果がこれか。

 生贄。使い捨てのゴミ扱い。


(許さない……)


 涙が溢れ、風に飛ばされていく。

 愛も、友情も、忠誠も、すべてが憎悪に変わっていくのを感じた。


(絶対に許さない。ファルコン、ヴィエラ、リナ……! もしも、もしも生きて帰れるなら、僕はお前たちを――!)


 だが、現実は非情だ。

 この高さから落ちれば、助かるはずがない。

 奈落の底。そこは光の届かない世界。


 意識が遠のく中、僕は感じていた。

 体の内側、魂の深い部分で、何かが熱く脈動しているのを。

 今まで「役立たず」と言われ続けてきた【収納】スキルが、この極限状態において、異様な熱を帯びて唸りを上げている。


『――条件を満たしました』

『スキル【収納】が、ユニークスキル【ダンジョンマスター】へ覚醒を開始します』


 頭の中に響く無機質な声。

 それが幻聴なのか、現実なのかも分からないまま。


 ドォォォォォォンッ!!


 激しい衝撃と共に、僕の意識は闇へと溶けていった。


 これが、僕の最初の人生の終わり。

 そして――最強の魔王としての、二度目の人生の始まりだった。

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