1-2 メイドとの付き合い方


ダランくんに屋敷を案内してもらった後、私はケリッジ一家に混じって夕飯を食べた。みんなすごく優しくて、慣れないマナーに私があたふたしていても「気にしなくていいのよ」と見守ってくれた。ナイフとフォークの使い方だとか、メイドがご飯を持ってくるまでの待ち方だとか、飲み物が欲しいときの頼み方だとか、そんなの一般家庭で知る機会はない。箸が欲しいし、飲み物はなくなったら自分で用意したい。でも、貴族とは自分で動かずにメイドたちが察して動くらしい。阿吽の呼吸とはこのことなのかなって思うくらい、自然に彼らはほとんど会話もせずにスムーズに食事をサポートした。


異文化夕食が終わったら、自分の部屋に戻って寝る支度をすることになった。お風呂に入るために私専属のメイドとなったイルが手伝おうとしたけれど、服を脱がされて体を洗われるなんて無理。自分でできるからと押し切って、なんとか引き下がってもらった。


異世界にも湯船があって、私はお湯に肩まで浸かりながらようやくリラックスできた。


「修学旅行で友達と一緒に温泉とかは平気だったんだけどなぁ……」


なんとなく、世話を焼かれるというのが慣れない。イルが手を出そうとするたびに、自分でやる、自分でやる、と断っていたら相手は困惑してしまった。


ドライヤーがないから仕方なく鏡台前の椅子に座ってタオルで髪を拭いていると、後ろでイルがずっと待機している。後ろのほうが上手く拭けてないとか、雫がぽたぽた落ちてるとか、気になるところが色々あるのだろうか。表情に変化はないけれど、髪を見られているのはわかる。


イルは、ゲームでいうなら立ち絵も名前も出番もないモブだ。ダランくんの家にいるメイドがゲームに出ることはない。だけど、シルバーブロンドと夜明けみたいな瞳が綺麗で、これでモブなら私はゴミではないかっていう気分になる。どす黒い髪に、泥みたいな瞳。鏡に映る自分の姿はゲームの主人公ではない。もっと綺麗だったら、転生者のいない『あかてん』に召喚されたのだろうか。そして、エリック様に好意を持たれることもあったのだろうか。


ダランくんと一緒にいるときに、もう考えないと決めたことがまた頭によぎった。ネガティヴになっていることに気づいて、ぶんぶんと頭を振る。今日は召喚されて、いろんなことがありすぎた。脳が疲れてるんだ。


ネガティヴを撲滅させようと、イルを呼ぶ。


「あの、イルさん。聞きたいことがあるんだけど、いいですか?」

「構いません。それから、私のことは『イル』とお呼びください。お言葉も崩して構いません」

「ああ、そうだった。ごめんね。つい」


ダランくんとは違って真面目そうなイルは、ちょっととっつきにくい雰囲気がある。だからつい敬語を使ってしまったけれど、最初に「私はメイドで、あなたは主人だから」と説明を受けたんだった。


上手く拭けない後ろ髪も丁寧にタオルで水気を拭き取りながら、話を続ける。


「あのね、私は貴族とか慣れてないから、たぶん、イルから見てすごく変な人だと思うの。お風呂は自分で入りたいし、ご飯も配膳とかお手伝いしたい。茶碗を洗うのは私の仕事だったし……」

「……ヒナカ様もメイドだったということですか?」

「メイドじゃないよ。お父さんは仕事で忙しくてあまり家にいないから、お母さんのお手伝いをしてたの。家族の手伝いをするのは普通でしょ?」

「そうですね……」

「私、この世界の基準だと、一般市民だと思うんだよねぇ……」


ゲーム内で一般市民ってどう描かれていたかなと思い出そうとしても、セリフで「勇者バンザイ!」「邪神を倒してくれてありがとう!」みたいな登場しかしなかったと思う。城下町を歩くイベントもあったけど、一般市民の生活を描いていたかというとそうでもない。だからイメージでしかないけど、貴族よりかは一般市民寄りが正しいはず。


「世界が違うから常識が違うなんて当たり前なんだけど、身分? というのもよくわからなくて。偉い人と庶民くらいの違いしか想像できないんだよね」

「それは……だいぶ大雑把な分け方になります」

「そうだよねぇ。アイーシャ様にも似たようなことを言われた」


身分の差を弁えろとか、急に言われても難しい。大体、私はどこの身分になるのさ。貴族の屋敷に居候して、専属メイドがつく一般市民? それって偉いの? 偉くないの?


ドライヤーと違って全然乾かない髪に、面倒になった。腕も疲れて濡れたタオルを頭にかけたまま、だらりと両脇に垂らす。ついでに椅子の背もたれに体を預けてもたれかかる。


「その大雑把な区分だと、私って庶民だと思うのね。庶民だけど、なんか気の毒なことがあったから特別に失礼なことを大目に見てもらってる庶民。それって、イルと同じ身分ってことにならない?」

「……詳細はわかりませんが、私は旦那様からヒナカ様のお世話を任せられています。同じ、というのは少々誤解を生むかと……」

「あー、なるほど……」


私はイルと同じ身分だから、お世話とかしなくていいよ、友達でいようと言いたかったんだけど、旦那様の命令とくればそうはいかない。上の人の言うことは聞くことって、それは私も習っている。貴族の旦那様と、メイドのイルでは、もっと厳しいお話になるだろう。


なら、お友達になろうと言っても困らせるだけだ。しかし、私は貴族らしくお世話されたくない。


うーん、と唸りながら悩み、考えながら言葉にする。


「じゃあ、お世話はお任せするけど……、でもお嬢様じゃないのにお嬢様みたいに対応されるのむずかゆいから……。友達みたいにわきゃわきゃと……」

「申し訳ありませんが、私はヒナカ様のお友達にはなれませんので……」


さりげなく、しかしはっきりと断られた。ちょっとずつお友達になろうね、ではなくて、なれないよっていう拒否だ。仕事だからだろう。そう思ってもへこむ。まあ、いきなり友達申請も引かれるか。


じゃあどうしよう。


「それなら……、……私が幼児になる?」

「は? あ、いえ、ようじ?」

「言い方悪かった……。ごめんなさい。ええと、ものを知らない子どもにイルが教えていくってイメージ。私が生徒で、イルが先生って言いたかったんだけど、先生と言ったらまた断られそうだなと思って。だから、私が子どもで、イルがベビーシッターみたいな。子守りをする感じ……、なんか表現が変だけど」


表情が動かなかったイルが、僅かに引きつった顔をしてるから、変な提案だとはわかる。彼女が考えていることもわかる。何言ってんだこいつって引いてるんだろう。


ドン引きされた分を取り戻したくて、ええと、ええと、と何度も言葉を探して繋いでいく。


「私は自分のことは自分でやりたい。でも、イルのお仕事っていうのもわかる。だから、私がやる分、イルがやる分って分けられたらいいなって。でもこの世界の常識を知らない私には何が非常識かわからないから、やることを分けるときに意見がほしいの! で、まあ私がやりたいことならやってもいいよってことは、イルにも譲歩してほしい。こういうのはだめ?」

「……そのほうが、ヒナカ様は過ごしやすいということでしょうか?」

「そう! なんでもやってもらうのはもぞもぞする! 着替えとかお風呂とかは自分でやりたい。でも、ご飯のときとか、部屋の外ではここのマナーに従います。自分でご飯をよそいにいくなんてしたら、家の人たち驚かせそう……」


自分たちにとっての当たり前を壊されたらびっくりするのはわかる。私が今、慣れない状態で戸惑っているのと同じだ。


順応できるところは順応する。でも、自分らしさを失わなくていいところは守りたい。


イルはしばらく考えてから頷いた。


「かしこまりました。快適に過ごしてもらうために私はいます。ヒナカ様がどのように過ごしたいのかお話を聞きながら、お手伝いできることをさせていただきます」

「ありがとう、イル! 貴族ルールは慣れなくて困ってたんだよー!」


パッと立ち上がって両手を広げて近づけば、相手は驚いたように固まった。いけない。ハグは友達仕草だ。初対面の女の子にすることではない。


えへへ、と笑ってごまかし、「ごめんね」と謝る。イルはちょっと目を丸くしたまま、いいえ、と頭を振った。


話してみると、イルの真面目で近づきにくい雰囲気が消えた。ほとんど喋らずそばにいられたから圧を感じたんだなとわかって、ヒナカはほっと微笑んだ。


「それじゃあ、一つ目! 私は家でお喋りしたい派なので、話し相手になってくれると嬉しいです! もちろん、イルからもいつでも声をかけて。家にいるみたいに会話しよ」


無言でもいいけど、ずーっとは嫌だ。適度なお喋りがほしいと思ってお願いしたら、イルは悩んでしまった。


「イル?」

「ヒナカ様……。本当はメイドは、余計なことを話してはいけないのです」

「会話がだめってこと……?」

「家で話すように会話するのは、仕事ができないメイドがすることです」


まさかの返しに、私はものすごくしょげた顔をしたに違いない。イルが申し訳なさそうにする。


「……イルは仕事ができるメイド」

「え?」

「私が会話したいときは付き合ってくれる?」

「はい」

「じゃあ、一日一回以上、なんでもないことをイルから話しかけてってお願いしたら、話しかけてくれる?」


私のお願いに、イルは困ったようだった。けれどさっきみたいに即答はしない。悩み抜いた末に答えを出す。


「この部屋の中で、ヒナカ様しかいないときでしたら……」

「それでいい! ありがとう、イル。とても嬉しい……! わがまま言ってごめんね」


話し相手ができた。ダランくんは男子だし、この家の人たちは偉い人だし、同じ世界を知ってるアイーシャはアイーシャ様だし、イルみたいに歳が近そうな女子が話し相手になってくれるのは助かる。それも、そばにいてくれる人だ。


仲良くなれたらいいなと思って、この話を切り上げたつもりだった。寝る準備をしようとした私に、それでは、とイルが声をかけてくる。


「ヒナカ様。私からもお願いがあります」

「お願い? 何かな?」

「お髪が濡れたままでは風邪を引きます。私に拭かせてください」


見事なタイミングでのお願いだ。私は笑って、頭の上に乗せたままだったタオルを渡す。


「ごめんなさい。お願いします」

「ありがとうございます。では、こちらへ」


鏡台の前の椅子を勧められ、大人しく座る。うん。こういうのはいいんだ。ちょっとしたじゃれ合いの延長みたいなお世話は、私は好き。

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処刑されるはずだった令嬢と英雄になるはずだった女子高生 夢十弐書 @mutonica

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