1-1 王子様を好きになるのはNG
アイーシャが……ではなくて、アイーシャ様が言っていたように、この世界は私が知っているものと全然違っていた。
邪神が出てこないのはいい。だから勇者もいらないというのも……まあ、ひとまずは納得しておこう。それならなんで私はここに来たのっていう問いは、何度したって答えは出ないし、答えが出ないものを何回考えても仕方ない。
アイーシャ様が転生者で、さらに『あかてん』を遊んだことがあったから、自分の死亡フラグ回避のためにエリック様と仲良くしているのも……まあ、いい。死にたくないって気持ちはわかるもん。政略結婚だからって冷え切った関係でいたらいつの間にか殺される運命になってました、なんて嫌だ。仲がいいのは良いこと。
だけど、自分の死亡フラグのために、私の攻略を阻むのは納得できない。いいじゃん。元の世界に戻るだけの間、リアル乙女ゲームを楽しんでも。話を聞けば、別に好きってわけじゃないみたいだし、訳もわからずに異世界に召喚された私にひと世界の恋を楽しませてくれてもいいじゃない。たとえエリック様と仲良くなって恋仲になっても、私は元の世界に戻るのだ。アイーシャ様が死ぬことはない。というか、私も別に悪さをしていないアイーシャ様を死に追いやる真似をするつもりはない。そしてたとえ悪さをしていたとしても、人が死ねばいいとは思わない。
なのに、「万が一のためよ」とアイーシャ様は私の最推しへの想いを拒否した。
「あーあ……」
アイーシャ様を出し抜いてエリック様と仲良くなるルートを探せるだろうか。私が主人公ならできると思うけど、主人公要素が薄いから自信がない。私は勇者じゃなくて、異教徒に間違って召喚された被害者なだけだから。特別なところが何もない。
「どうした、ヒナカ? 何か気になることでもあったか?」
私のため息を聞いて声をかけてくれたのは、ダラン・ケリッジくんだ。ハイビスカスみたいな赤い髪に、どんぐりみたいな茶色い瞳の青年だ。『あかてん』にも登場するキャラクターだから知っている。ちょっと乱暴な口調になるときもあるけれど、基本はいい人ポジションだ。今は私に自分の屋敷を案内してくれている。
そう、ここもゲームと違う。主人公なら、勇者として育てるべくお城に住むことになる。剣を教えてくれる人がついて、その人がダランくんのお父さんのケリッジ公爵であり、知り合うきっかけとなるはずだった。
でも改変された『あかてん』では違った。元の世界に戻るまで私はケリッジ公爵の屋敷で面倒を見てもらうことになったのだ。勇者として育てる必要はないから、お城に住むルートがなくなった。つまり、エリック様と出会う機会が減ったとも言える。
知らない世界に一人で来て心配なことも多いだろうとダランくんは色々気にかけてくれている。アイーシャ様に言われて貴族っぽい対応を心がけてはみたものの、慣れてない言葉に戸惑っていたら「普段通りでいい。俺もそうするからさ」と友達みたいに接してくれるようになった。だから『様』ではなくて、呼びやすい『くん』で呼ばせてもらっている。慣れたらダラン様と呼んだほうがいいのかもしれないけれど、慣れる前に元の世界に戻りそうだ。
心配そうな彼に、私は頭を振った。この世界は私が知ってる『あかてん』の世界とは全然違うけれど、何も知らない世界ではない。今のところ、屋敷が広くて迷子になりそうなくらいで、気になることはなかった。
ただ……。
「アイーシャ様とエリック様って、仲良し?」
「はあ? ああ、まあ、そうだな。険悪ではない」
「すっごく仲良しでもない?」
「どの程度が『すっごく』になるかわからないが、あれくらいは普通だろ」
「エリック様ってアイーシャ様のことが好きなのかなぁ……」
政略結婚だから気を使っている、というだけなら、私にも希望はあるかもしれない。『あかてん』の知識を使って仲良くなることはできるはず、と考えていた私に、ダランくんは「あのなぁ」と呆れたように注意してくる。
「好きとか仲良しとかどうでもいいだろ。エリック様の婚約者がアイーシャ様なだけだよ。お前、もしかしてエリック様の寵愛でも狙ってんのか?」
「寵愛っ?」
ダランくんから出た言葉に思わず大きな反応をしてしまった。好きになってもらえたら嬉しいなと考えていたけれど、そういう言い方されると、なんか、すごく、踏み込んではいけない大人な雰囲気を感じる。私まだ高校一年生なんだけど!
「変なこと言わないでよ! そういうのじゃなくて、その……エリック様と仲良くなりたいだけだから!」
「やっぱり寵愛を狙ってるのか……」
「全然違う! 全っ然! 違うから! もっと、こう……青春で考えて!?」
「はあ?」
青春とかこの世界にはないのだろうか。いや、ゲーム内では友情ルートも恋愛ルートもあったし、あるはずだけど、反応が思っていたのと違う。
呆れた目で見られるのは居心地が悪い。おどおどしてしまう私に、ダランくんはとどめとばかりにため息までついた。
「意味わかんねぇけど、結婚が決まってる相手に手を出すなんてありえねぇから。ましてや王族だぞ? ヒナカの世界ではどうか知らないけど、こっちじゃ身の程知らずって言うんだよ。だから、な? 悪いことは言わねぇから、こっちの世界の常識に合わせてエリック様にすり寄るのはやめておけよ」
世間知らずってことで流された。それから「こっちは書庫だから学院での勉強に使うといい」など、案内を再開する。
結婚が決まってる王族に手を出すな、は私の世界でもそうだ。そういうのは悪い女がやることで、私だって浮気相手になりたいわけじゃない。
最推しに既に恋人がいて、手が出せないのは悲しい。私が知ってる『あかてん』の世界なら、エリック様と仲良くなる道もあったのに。大きく変わってしまった世界では上手くいかない。
異世界召喚って、もっと幸せなものじゃないの?
エリック様のことばかり考えていたら、気が滅入りそうだった。ダランくんが親切に屋敷を案内してくれてるのだから、もう頭を切り替えよう。そう決めて、私はダランくんについていきながら、ケリッジ家の間取りを覚えていった。
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