キミとの記憶が眠る世界で

柚月 ゆもち

本編

広大なホールに、裁判官のガベルが鋭い音を響かせた。

乾いた空気を切り裂くその音だけが、この場の厳粛さをさらに際立たせる。


中央に立つ裁判官は巨大で、存在そのものが圧倒的だった。

しかし、深いフードに覆われ、逆光のせいか、その姿は黒いシルエットにしか見えない。


天井の高いホールには聖なる光が揺らめき、神々、大天使、先輩天使たちが静かに見守っていた。

空はどこまでも澄み、清々しいのに、会場の空気は張りつめ、息をするのさえ苦しい。


カナは膝をつき、震える指を必死に握りしめていた。


裁判官の声が静寂の中に重く落ちる。


裁判官「カナ=タカシマ。あなたは禁忌を犯した。その罪により──転生の権利を剥奪し、永遠にアイレンとして仕えることを命ずる。」


判決が告げられた瞬間、胸の奥が締め付けられた。

青空とは裏腹に、世界が鉛色へ沈んでいくようだった。



―――

――


夕方、街が薄暗くなり始める頃の出来事だった。

街灯が一つ、また一つと灯り、金色の光が路面に滲みはじめていた。


その穏やかさを引き裂くように、


――ドンッ。


鈍い衝突音が響き、すぐさま悲鳴があがる。


女性「きゃああっ!」


ざわめきが広がり、人々が一斉に同じ方向を見つめる。

何が起きたのかわからず、青年はただ呆然と立ち尽くしていた。


視線の先には、ガードレールに突っ込んだトラック。

そして──


青年「(……救急車……呼ばないと……)」


ポケットを探る。しかし、スマホはない。


足元を見ようとしたそのとき。


青年「え……?」


視界に飛び込んできたのは、

横断歩道の上に倒れ、血まみれになった “自分自身”だった。


理解が追いつかない。

音は遠ざかり、ただただその姿を見つめるしかなかった。


ぼんやりと倒れた自分を見ていると、

ふわりと白い羽が視界に舞い落ちてきた。


??「お待たせしました。」


振り返ると、黒いパンツスーツを着た少女が立っていた。


青年「……死神……?」


よく見ると淡いピンクのポニーテールが柔らかく揺れ、背には光を帯びた白い羽。

頭上で小さな輪が淡い光を放っていた。


少女はそっと微笑んだ。


少女「いいえ。神様だなんて、とんでもない。私は天使見習いです。」


アニメや漫画の中でしか見たことがなかった存在が、目の前にいる。

現実感が薄れ、まるで誰かの夢を覗いている気分だった。


青年「……俺は、死んだのか?」


天使見習い「はい…。」


その一言で、すべてが音を立てて崩れた。

涙が溢れ、声が震えた。


少女は静かに頭を下げる。


天使見習い「申し遅れました。私はカナ=タカシマと申します。あなたを安全に神様の元へお送りするため、参りました。」


青年「まだ……死ねない……!」


カナは困ったように眉を下げ、それでも優しい声で言った。

カナ「……残念ながら、あなたはもう亡くなっています。ですが、あなたが生きた証までは消えません。ここに留まれば、苦しみが増すばかりです。一緒に行きましょう。」



青年は拳を強く握り、唇を噛む。

急に死を突きつけられて、納得できる人間なんているわけがない。

青年「はっ……誰が信じられるかよ……!」



カナ「……物語のように生き返る奇跡は、ここでは起きません。」



苛立ちをぶつけたくなる自分が情けなくて、胸が苦しくなる。

本当は、駆けつけた救急隊員の表情を見た瞬間、現実を理解していた。

青年「……時間が、欲しい。」



カナは静かにうなずいた。

「行きたい場所へ、お連れします。」


青年は家族の元に向かった。

家族が泣きながら、遺体の自分に語りかけていた。




――泣かせて、ごめん。

言いようのない後悔が胸を満たし、足が震えた。

そっと隣に立つカナの存在が、唯一の支えだった。



ーーー

ーー


どのくらい時間がたったか分からないがようやく決断できた。

青年「……行こう。」



カナ「かしこまりました。」



彼は家族をそっと抱きしめ、別れを告げる。



カナは跪いて、祈るように両手を組んだ。


カナ「――どうか優しい光が、あなたを導きますように。

天の門よ、お開きください。――」


空間が揺らぎ、雲とともに黄金の扉が現れる。

異世界へ通じていそうな、あまりにも美しい扉だった。




カナ「扉の先は安全です。振り返らず、まっすぐお進みください。」



青年「……ありがとう。」


扉が閉じるまで、カナは微笑みを保っていた。

しかし、閉じたその瞬間笑顔が崩れ、頬に大粒の涙が次々と落ちた。



本来、アイレンに感情は不要だ。

死者を安心させるため、冷静であることが求められる。

まして、仕事中に泣くなど論外。


カナには、生前の“記憶”があった。

自分の痛みを重ねてしまい、感情が制御できない。

それが──見習いから昇格できない理由だった。


死の悲しみに触れ続ければ、いずれ自分の心が摩耗してしまう。

感情を失えば、きっとこの恋心さえも消えてしまう。



カナ「そしてその時、私は私でいられるかな──?」



ーーー


ハルト「カナちゃん!この病院を出たら、ぼくと結婚しようね!」

小指差し出しながら、笑顔を向ける。

その笑顔は、窓から差し込む夕日の色よりも、ずっと温かった。



私は小さいころから身体が弱く、季節が変わっても窓からの景色以外ずっと同じ白い天井を見てばかりだった。

ハルトは家族のお見舞いで病院へ来ていて、偶然廊下で転んだ私を助けてくれたことがきっかけで仲良くなった。



それから、彼はお見舞いの帰りに必ず病室へ寄ってくれた。

小学校での出来事、先生に怒られた話、クラスで流行ってる遊び――

どれも私にとっては触れたことのない「新鮮な外の世界」だった。


カナ「……うん、約束!早く治すね。」

そっと小指を差し出す。




ふたりは小指を差し出し、絡め合う。

カナ&ハルト 「 「 約束 」 」




カナはこぼれそうになった本音を、笑顔の奥にそっと隠した。

本当は、もう先が長くないとお医者さんから告げられていたから。


けれど、その事実をハルトに伝える勇気はなかった。

伝えることでもう来てくれなくなるという不安も少しあったが、

それよりも、きっと優しいハルトは一緒に悲しんでくれるから…

いつもまぶしい笑顔に救われていたからこそ、彼にそんな顔をしてほしくなかった。



ハルト「早く治るように、お守り作ったよ!」

そう言ってハルトが差し出したのは、手書きで“おまもり”と書いた、小さなフェルトのポプリ。


ハートの形は少し歪んでいたが、そこがどうしようもなく愛おしいかった。

袋からは優しいラベンダーの香りがふわりと広がり、胸が熱くなり、涙がぽろぽろとこぼれた。人生で初めて嬉しくて泣いた日だった。



―――……。

これが唯一ある生きていたころの私の記憶。

カナ「(大丈夫。……まだ、覚えてる。)」


胸の奥がかすかにざわついた。

どんなに悲しくとも、運命さだめは変えられない――。

つい先ほど送り出した子も、あまりに若かった。



カナ「運命って……残酷なときもあるよね。でも……最期まで笑顔で!」


パシン、と自分の頬を叩き、気持ちを切り替える。

カナは仕事用のタブレットを取り出し、今日対応する死亡者リストに目を通した。



カナ「……え?」



スクロールしていた指が止まる。

そこに並ぶ名前の中に――“朝倉 陽翔(あさくら はると)”があった。


ドクドクと鼓動が早く息もしづらい。

生きた心地がしない。

同性同名──そう信じたかった。


カナ「まさか、ね……?」


彼はまだ高校生の年頃のはずだ。

いくらなんでも……早すぎる。そんなはずが――。



さっき自分が言った言葉が、皮肉のように脳裏をよぎる。



『どんなに悲しくても運命さだめは変えられない。さっき送った人もまだ若かった……。』




震える指で“死亡理由”に触れる。



【事故死】



その文字が、胸の奥に冷たい針となって刺さった。

思考より先に、身体が動く。



【削除】



完了のポップアップが出る前に、タブレットごと払いのけた。

ガラン、と硬質な音が天界の床に響く。


走り出す。

監視の目をすり抜けるように、光の回廊を駆け抜け、

そのまま天界から――飛び降りた。



落ちていく途中、背中に激しい熱が走る。

カナ「く…!」


カナの肩甲骨のあたりから、白い光の羽がばちばちと音を立て、

まるで燃えるように――焼け落ちていく。


天使の羽は“神の使いである証”。

死亡者リストを消すことは、規則違反。

いや、禁忌の大罪。代償に、容赦なく奪われる。


焦げた黒い羽根がひらりひらりと宙に舞い、

風に散りながら落下していくカナの周囲を静かに漂った。


痛みで息が詰まる。

それでも――止まれなかった。もう後戻りはできない。



カナ「大切な人が悲しいのはもう嫌!」






<<私はこうして、神様に背いた。>>






ーーー



カナ「(私がリストを改ざんしたことなんて、すぐに気づかれる……)」


運命は変えられない。

ここで事故を避けたとしても、死そのものを防ぐことはできない。

それでも――最期が後悔で終わるなんて、そんなのはあまりに悲しい。


天界の“監視人”に捕まる前に、ハルトに知らせなければ。




カナ「……どこへ……?」


自分の頭を抱える。

端末を逆探知されないように置いてきたところまではよかった。

だが、焦って詳細な住所を見るのを忘れていた。


カナ「私のバカぁぁ……!」


現世の地理なんてほとんど知らないカナは、途方に暮れた。

どうやら公園に落ちたようで、とりあえず近くにあったブランコへ腰かけた。


何時かはわからないが夜だった。



ギィ……ギィ……

前後にゆっくり揺れる感覚に目を丸くする。



カナ「これがブランコか~!!」


……って、そうじゃない!!

自分でツッコミを入れながら、考える。


カナ「飛べないし、ハルトの子どものころの顔しか知らないし……!どうやって探せば……!」



??「どうしたの?」


不意に声がして、はっと顔を上げる。

いつの間にか目の前に、小学生くらいの少年が立っていた。


季節外れの半袖半ズボン。

肩まで伸びた髪、釣り目。

しかしその瞳は、どこか人間のものではない。


カナ「……浮遊霊?さっさと天界にお上がりなさい」

軽く言うと、


少年は不気味なほどにっこり笑い――


少年「ヤダね、その身体をよこせ!!」

勢いよく飛びかかってきた。


だが、カナは研修で叩き込まれた護身術で、ひょいっと避け、

そのまま少年の頭にげんこつを落とす。


ゴン。


少年「いってぇ!! 神の使いが手ぇ上げるとかアリかよ!」


カナ「残念でした~。もう神様の使いじゃありませーん!」


少年「えっ、クビ?」



にっこり微笑むカナは、なぜか目が笑っていなかった。

再びげんこつが落ちる。


ゴン。


少年「暴力反対っ!!」


カナ「小学校って、悪いことしたらこうやって怒られるんでしょ?」


カナはどこか誇らしげなドヤ顔。


少年「いつの時代の話だよ!!」


***



カナ「そうだ!ねえ君、こういう“お守り”持ってる人、知らない?」


そう言ってカナは近くの枝を拾い、砂地にしゃがみこんで絵を描き始めた。



少年「あ?なんでオレがそんな――って、それ何だよ?」


カナ「え?どう見てもハートのポプリでしょ!」


自信満々に指差すその絵は……

どう見てもハートではなく、妙に複雑な線が絡み合った謎の模様。

ミステリーサークルに近いものだった。




少年「おまえ……それ他の人には描かない方がいいぞ」


カナ「え、なんで??」

本気で分からないという顔で首をかしげる。


少年「ていうか、“ポプリ”って何?」


カナ「あれ? 知らない? 匂いが出るやつ!これはね、二色のフェルトを編んでハート型に作ってあって、ラベンダーの香りがして、“おまもり”って手書きで縦に書いてあったの!」



――説明だけはやたら具体的だ。


少年「……絶対、絵はやめた方がいいわ」


呆れながらも、カナの必死さと絵のひどさに微妙な感情が混じったため息をつく。

少年「ラベンダー……か」


カナ「でも、匂いはもう残ってないかも……」



少ししょんぼりしたカナの横顔に、少年はちらりと視線をそらし、

少年「……あー、いたかも。変なフェルトつけてるやつ。やけにいいラベンダーの匂いしてたし」


カナ「…!!ねえ少年、同盟を組もう!私はカナ!その人のところまで案内して!」

目が輝き、勢いよく差し出された手。



少年「調子いいやつだな、おい。で? オレに何のメリットが?」


カナ「む、難しいこと言うね……。えっと……暇でしょ?」


少年「はぁー……」



ため息をつくが、その口元はほんの少しだけ上がっていた。

だがそれをカナに気づかれまいと、少年はそっと背中を向ける。


少年「……しょうがねえな。オレの名前はナナセだ!」



ーーー


ナナセの記憶をたどりあちこちを探していたら日が昇り辺りはすっかり明るくなっていた。

電柱の影にひっそりと身を寄せながら、ふたりは通学路を歩く少年を見つめていた。


ナナセ「あれだよな? あのカバンについてるやつ」


カナ「……あれだね。天才すぎる……!」


ナナセ「お前さ、人間に見えんの?」


カナ「気合い入れたら……一分くらいは?」


ナナセ「…(ほんとかよ)。」



通学路。

イヤホンで音楽を聴きながら、爽やかな朝の光を浴びて歩くのは――

ハルトだった。


ナナセ「で、どうすんのさ?」


カナ「ど、どうしよう……!?」


その瞬間。



――キィィィィッ!!



脇道から車が飛び出してきた。



カナは反射的に地面を蹴る。

身体の奥から“気合い”を引き絞り、一瞬だけ人間の姿へと変わる。



カナ「っ……!」

ハルトの腕を掴み、強引に引き寄せる。


ハルト「うわっ!?……あ、危な……ありがとうございます」



カナは言葉も返せず、泣きそうな顔でハルトを見つめた。


ハルト「……あの?(なんだこの人……。)」


カナ「あなた……しばらくの間、命が危ないの……。だから、どうか、気をつけて……!」


ハルト「はぁ?何言ってんすか。占いとか壺とかなら買わないですけど?」


カナ「信じなくてもいい……っ。でも、せめて今日は……家族に、なんでもいい、感謝の気持ちを伝えてほしい……!」

震える手でハルトの腕を再び掴む。


ハルト「おいって……いい加減に……」

カナの必死な顔を見た瞬間、ハルトの表情が変わった。


ハルト「…………わかったよ。行くよ。じゃ、じゃあな」


走り去っていくハルトの背中を見送るカナの目は、もう涙で滲んでいた。


ナナセ「……これが、会いたかった理由?」


カナは答えられず、うつむいたまま肩を震わせた。

ナナセは、そっとその隣に立つ。



カナ「……っ……!」

カナが涙を拭おうと持ち上げた手は――黒く変色していた。



その色を見た瞬間、カナは悟った。

――もう時間がない。


その時だった。


空気が急にひりつき、雲は黒くゴロゴロと音を立てている。

頭上から雷のように何本もの黒い光柱が落ち、黒服の“監視人”たちが姿を現した。


監視人「カナ=タカシマ。重大な規律違反により連行する」


ナナセ「なんだお前ら!! カナをどうする気だ!!」


カナは抵抗しなかった。

静かに少年へと笑みを向ける。


カナ「大丈夫……決まっていたことだから。」


手枷がはめられ、黒い光がカナを包み始める。


カナ「私は先に、天界に行くね。ナナセも早く来るんだよ?……真っ直ぐ、光が差す方へ。」


光の中へ飲み込まれながら、カナは最後まで微笑んでいた。


ーーー


牢屋の小窓から差し込む薄い光。

冷たい石壁に背を預け、カナは夜空の星を指先でなぞるように見つめていた。

微かな声でハルトの無事を祈っている。


足音が止まり、牢の扉が軋む。

そこには女性のように美しい姿の大天使セラフィア様の姿があった。


セラフィアは呆れた顔をしながら、

セラフィア「なぜ掟を破った。神にでもなったつもりか?――おごるな。」



カナは立ち上がり、静かにスカートの裾をつまんで礼をした。

カナ「ご挨拶申し上げます。セラフィア様。……大切な人を守りたかったのです。」



セラフィア「あんな真似をしても運命さだめは変わらぬと、何度も教えたはずだ。」

セラフィアは厳しい声音の奥に、わずかな哀しみを滲ませていた。



カナ「はい。存じております。」



セラフィア「ならなぜだ――!」

セラフィアの声が牢を震わせる。


カナは胸元に手を当て、震える息を吐く。

カナ「……彼は、家族に会えたはずです。少なくとも……後悔だけは、しなくて済んだはずです。」


鋭い目はカナをとらえる。

セラフィア「そんな小さなことで、掟を破ったというのか。」



カナ「人間は、“そんなこと”のために命を懸けることもございます。」



セラフィアはしばらく沈黙し、やがて掌を広げる。

淡い光が揺れ、その中心にひとつの“魂”が姿を現す。



セラフィア「これが何かわかるか。」


カナの目が大きく見開かれる。

カナ「まさか……!」


セラフィア「そうだ。お前が罪を犯してまで救おうとした――あの人間の魂だ。ここにある意味はわかるな?」


淡く光る魂は、迷うように揺れていた。

カナは膝から力が抜け、床に手をつく。


カナ「……私のしたことは……無駄だった、とおっしゃりたいのですか……?」



そのとき、魂が強く脈打ち、少年の声が響く。

魂(ハルト)「無駄なんかじゃなかった!!」


カナは顔を上げた。

魂は少年の姿を淡く映し出し、その表情は涙で滲んでいた。



ハルト「前日に母さんと喧嘩してたんだ…。でも、カナがくれた言葉のおかげで……花を買って帰れたんだよ……!」


(魂の光の中に、花束を握りしめて泣きながら母に抱きつくハルトの記憶が映し出される。)


ハルト「もしあの時、あの忠告がなかったら……喧嘩したまま、もう二度と会えなかったかもしれない!」


カナの頬を涙がつたう。


ハルト「ごめん……あの時、気づかなくて……カナが心配してくれたのに、冷たくして……ほんとに、ごめん……!」

魂の光も、ハルトの感情を表すかのように震えている。


カナ「ううん……私こそ、約束……守れなくてごめんね……!」


牢の中に、二つの泣き声が重なった。

セラフィアはその光景から目をそらし、静かに息をつく。


ーーー

裁判の日――

静寂の法廷に、重々しい鐘の音が響いた。

広い天界のホールに、静かな緊張が漂う。

裁きの場に立たされているカナは緊張で体を硬くしていたが、ただ真っ直ぐ前を見つめていた。


裁判官「カナ=タカシマ。あなたは禁忌を犯した。その罪により──転生の権利を剥奪し、永遠にアイレンとして仕えることを命ずる。」



セラフィア「恐れながら申し上げます。この者から、お伝えしたいことがございます。」

セラフィアが神様に最大の礼をしながら、声を張り上げた。


ひゅと、カナは小さく息をのんだ。

カナ「……!?」



その瞬間、壇上にもう一人の姿が現れる。



アイレンの制服を着たハルトだった。



ハルト「その罪は、私にもあります。一緒に背負わせてください。」


ハッと息をのみ、咄嗟に声を荒げる。

カナ「私一人の罪です!!!」



裁判官「被告人は黙りなさい」




カナ「…!!」




裁判官「…君は何故、罪を一緒に背負うのだ?」



ハルト「カナが罪を犯したことは事実です。ですが、恩恵を受けた私も罪を背負うべきだと思います。」



カナは手で口を押さえ、首を横に振る。

涙はこらえきれなかった。



裁判官「面白い。」



その一言は、この場の空気を一変させた。

ざわめきが法廷中を駆け抜ける。



裁判官の黒いシルエットの内側から徐々に光が漏れ亀裂が入る。

まるでガラスが割れたかのように割れた後、神々しい光とともに現れたのは神様だった。



再度広大なホールに、裁判官(神様)のガベルが鋭い音を響かせた。



神様はまじまじと二人を見下ろし、判決を下す。


神様「カナ=タカシマとハルト=アサクラは、互いの記憶をすべて消し、神に仕えよ。」



セラフィアやホールにいたカナの仲間達の顔が凍りついた。




神様「……しかし、記憶を消してもなお互いを想い合った場合のみ――転生を許可する。」





ホール全体がざわめく中、セラフィアはとても奇麗なしぐさで静かに頭を垂れる。

セラフィア「寛大なる御心に感謝を。」




ーーー



――数か月後

アイレンの本部の廊下にて、制服を着たふたりの姿があった。



柔らかな風が吹き抜ける朝、カナは新人の天使名簿を抱えて歩いていた。

その日、彼女に初めての後輩が配属されると聞いて、心待ちにしていた。


ハルト「先輩!今日からよろしくお願いします!」



カナは明るい声に振り返る。

そこには、温かな笑顔を浮かべる――ハルト=アサクラが立っていた。


カナはぱちりと瞬きをする。

カナ「……今日から入った子?」


ハルト「はい!ハルト=アサクラです!」


カナ「ハルト君ね。私はカナ=タカシマ。よろしくね!」




一瞬、それまであった流れる風が止まった。




カナ「……会うの、初めてだよね?」


ハルト「そのはずなんですが……なんだか懐かしい感じがするんです。」


カナ「えっ……私も……!」




ふたりは顔を見合わせ、自然に笑った。


カナ「……いいコンビになれそう。」


ハルト「はい!最高のコンビにしましょう!!」



ふたりは小指を差し出し、絡め合う。




『『約束』』





そよ風がラベンダーの香りを運んでそっと鼻先をくすぐった。

その香りは、ふたりの胸の奥で──。

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キミとの記憶が眠る世界で 柚月 ゆもち @mochimochiYuzuki

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