第3話 王女と特製スムージー

目の前で倒れている銀髪の少女――リリアーナ王女の容体は


素人目に見ても深刻だった。


引き裂かれたドレスの隙間からは


痛々しい裂傷や打撲痕が覗いている。


だが、それ以上に問題なのは


彼女の顔色が死人のように青白く、呼吸が浅いことだ。


俺はすぐさま彼女の傍らに膝をつき、震える手首を取った。


脈は弱く、不規則だ。


「失礼します、殿下。……診察させていただきます」


俺は庭師としての職業病とも言えるスキル


植物生体解析バイオ・スキャン】を発動させた。


本来は植物の生育状況や病害虫の有無を調べるためのものだが


生物としての構造が共通している以上、人間にも応用が利くはずだ。


《解析対象:リリアーナ・フォン・エリュシオン(人間種)》

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水分量: 42%(重度の脱水状態)


魔力残量(MP): 0.05%(魔力欠乏症・枯渇寸前)


栄養状態: 極度の低血糖、およびビタミン欠乏


状態異常: 衰弱、魔力中毒(軽度)

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「これは……酷いな」


俺は思わずうめいた。


まるで、真夏の炎天下で水やりを忘れられ


さらに害虫に養分を吸い尽くされた鉢植えのようだ。


特に魔力残量が危険域だ。


この世界の王族は


生まれつき高い魔力を体に循環させて生命維持を行っている。


それが枯渇しかけているということは


彼女の生命の灯火が消えかかっているのと同義だ。


おそらく、ここまで逃げてくる過程で


防衛魔法や身体強化を使い続けたのだろう。


魔力中毒の反応があるのは、ポーションを過剰摂取した副作用か


あるいはダンジョンの瘴気にあてられたか。


「今の彼女は、根腐れを起こす寸前の『弱った苗』だ。

 下手に高濃度の栄養を与えれば、ショック死(肥料焼け)を

 起こしかねない」


俺の手元には


伝説のエリクサー以上の効果を持つ『アビス・ミント』がある。


だが、これをそのまま口に突っ込むのは


衰弱した苗に原液の化学肥料をぶっかけるようなものだ。


助けるには、彼女の体が受け入れられる形に


この劇薬を「調理」しなくてはならない。


俺は覚悟を決め、アイテムボックスから園芸用のすり鉢と


予備のビーカーを取り出した。





俺は『アビス・ミント』の葉を数枚摘み取ると


ダンジョンの湧き水で丁寧に洗浄した。


このミントは


葉脈の一本一本に至るまで魔素(マナ)が結晶化しており、硬い。


そのままでは消化不良を起こすのが目に見えている。


「まずは細胞壁を破壊し、有効成分を抽出する」


俺は錬金術用のすり鉢に葉を入れ、乳棒ですり潰し始めた。


ゴリッ、ゴリッという硬質な音が響く。


普通のハーブなら青臭い汁が出るだけだが


このアビス・ミントは違った。


葉が砕かれるたびに


エメラルドグリーンの発光する液体が滲み出し


周囲に強烈な清涼感が漂う。


それだけで、俺の疲労感まで吹き飛びそうだ。


「よし、ペースト状になったな。次は希釈と配合だ」


俺はドロドロになったミントのペーストをビーカーに移し


そこにダンジョンの湧き水を注いだ。


だが、ただ混ぜるだけではない。


水耕栽培において最も重要なのは


養液の「EC値(電気伝導度)」と「浸透圧」の管理だ。


人間の体液に近い浸透圧に調整しなければ


水分と栄養はスムーズに吸収されない。


特に今の彼女の胃腸は機能が低下している。


負担をかけずに、かつ急速に魔力を送り込むための黄金比が必要だ。


「塩分が足りないな……」


俺は岩塩の結晶(以前、肥料のミネラル源として採取していたもの)を


微量加え、さらに魔物の骨粉から抽出したカルシウム液を一滴垂らす。


かき混ぜると、ビーカーの中の液体は


淡く輝く美しい翡翠色へと変化した。


《調合完了:高濃度魔素流動食(ハイ・マナ・スムージー)》

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吸収率: 98%(即効性)


効果: 魔力供給、細胞修復、解毒

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これで完成だ。


これなら、咀嚼そしゃく力の落ちた彼女でも飲めるし


胃に入った瞬間から粘膜吸収され、全身に魔力が行き渡るはずだ。


俺は王女の上半身を抱き起こし、自分の膝に持たせかけた。


彼女の唇は乾燥してひび割れている。


「殿下、聞こえますか? 薬です。少しずつ飲んでください」


返事はない。俺はビーカーの縁を彼女の唇に当て


慎重に、一滴ずつ流し込んだ。




最初の一口が喉を通った瞬間だった。


ビクッ、と王女の体が小さく跳ねた。


「ん……ぅ……」


拒絶反応か?


俺は緊張して様子を見守る。


だが、それは苦悶の声ではなかった。


彼女の喉がごくりと動き


本能的に次の水分を求めて口を開いたのだ。


「……もっと……」


微かな呟きと共に、彼女は貪るようにスムージーを飲み始めた。


そして、その変化は劇的かつ幻想的だった。


胃に落ちた液体が光の脈動となり


彼女の血管を通して全身へと駆け巡るのが


衣服の上からでも透けて見えたのだ。


青白い血管が発光し、その光が傷口に達すると


見るも無惨だった裂傷が、早送り映像のように塞がっていく。


打撲の青あざは瞬く間に消え去り


泥にまみれていた肌は


生まれたてのような潤いと白さを取り戻していく。


「すごい……これが『ダイレクト給肥』の効果か」


植物で例えれば


萎れた葉に葉面散布剤をかけた瞬間に


シャキッと立ち上がるようなものだ。


だが、そのスピードとエネルギー量は桁違いだった。


彼女の体から、余剰分の魔力が光の粒子となって立ち上り


薄暗いダンジョンの底を幻想的に照らし出す。


ボロボロだった銀髪にも艶が戻り、月の輪のような輝きを放ち始めた。


それは、単なる「回復」を超えた「進化」のようにも見えた。


ダンジョンの深層で育った、規格外の植物の生命力を


王家の血筋が余すことなく吸収している。


俺は彼女の背中を支えながら、そのあまりの神々しさに息を呑んだ。


俺が作ったのは、ただの野菜ジュースだ。


しかし、その一杯が今、死にかけていた少女を


「聖女」か「女神」のような存在へと変貌させている。


飲み干したビーカーを置くと同時に


彼女の閉ざされていた瞼が、ゆっくりと持ち上がった。


そこにあったのは、宝石のアメジストのような


深く澄んだ紫色の瞳だった。


焦点が定まらず彷徨っていた瞳が


やがて俺の顔を捉え、大きく見開かれた。




「あ……なたは……」


鈴を転がすような、しかし力強い声が響いた。


彼女は自分の体を見下ろし


傷が消えていること


そして体の奥底からマグマのように湧き上がる


魔力の奔流に気づき、呆然としている。


「私の傷が……いえ、それ以上に、この溢れんばかりの魔力は一体?

 まるで最高級のエリクサーを樽ごと飲んだような……」


「気がつかれましたか、殿下。

 粗末なもので申し訳ありませんが

 特製の野菜ジュースを召し上がっていただきました」


俺が努めて冷静に声をかけると、彼女はハッとして俺の顔を凝視した。


「その声、そしてその顔……まさか、クロード?

 王室庭師のクロードなの?」


覚えていてくれたとは光栄だ。俺は苦笑しながら頷く。


「はい。今はただの追放者ですが」


「追放……そう、貴方はあの日……」


彼女は何かを言いかけ、急に深刻な表情で周囲を見回した。


ここが王宮ではなく


絶望的なダンジョンの底であるという現実を思い出したのだろう。


「クロード、逃げて。ここにいてはいけないわ。

 私を追って、『奴ら』が来る」


「奴ら?」


彼女の警告と同時だった。


ズズズズズ……ッ。


頭上の岩盤を震わせるような、重低音が響いてきた。


それは地震ではない。


何かが、硬い岩を削り取りながら、この縦穴を降りてきている音だ。


そして、俺の【植物生体解析】のセンサーが


上空から接近する複数の反応を捉えた。


植物ではない。動物でもない。


それは、金属と魔力で構成された、無機質な殺意の塊。


「……王宮の魔導人形ゴーレムか」


俺が呟くと、リリアーナ王女は青ざめて俺の腕を掴んだ。


「宰相の私兵団よ。私を……口封じにするつもりなの。

 お願い、貴方だけでも逃げて!」


彼女の手は震えていたが


その瞳には王族としての気高い決意が宿っていた。


だが、俺は逃げるつもりなど毛頭なかった。


俺の背後には、俺が初めて手に入れた「俺だけの農園」がある。


そして目の前には


俺の野菜を食べてくれた最初の「顧客(王女)」がいる。


庭師として、畑と客を荒らす害獣を追い払うのは、当然の義務だ。


「ご安心を、殿下。害虫駆除なら、庭師の得意分野です」


俺は立ち上がり


すり鉢に残っていたアビス・ミントの種を数粒、手に握りしめた。

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