第2話 銀髪の来訪者

翌朝。


と言ってもダンジョンに朝日は差し込まないが


体内時計で目覚めた俺は、ガラス槽を見て絶句した。


「……嘘だろ。一晩でこれか?」


昨日植えたはずの種が、もはや「苗」のレベルを超えていた。


ガラス槽の中は


真っ白な絹糸を束ねたような「根」で埋め尽くされている。


土という抵抗物質が存在しない水中では


根は全方位にストレスなく伸びる。


さらに魔石式エアポンプが送り込む酸素が


根の呼吸を極限まで活性化させていた。


爆発的生長ルート・エクスプロージョン」と呼ぶには生温かい。


水槽の底からブクブクと湧き上がる気泡に照らされ


白く輝く根が揺らめく様は、まるで深海の発光生物のようだ。


「土壌栽培の数十倍の成長速度……理論値では分かっていたが

 魔力水溶液ハイポニカとの相乗効果がここまでとは」


地上では数ヶ月かかる薬草の収穫が、ここではたった一晩。


俺は震える手で、青々と茂った葉に触れた。




俺は固有スキル【水質解析】の応用で


育った薬草そのものを鑑定してみた。



《解析完了:アビス・ミント(変異種)》

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品質: 測定不能(SSS相当)


特性: 過剰摂取注意。葉一枚で上級ポーション10本分の治癒効果と

魔力回復効果を併せ持つ。


備考: ダンジョンの高濃度魔素を

『贅沢吸収(ラグジュアリー・アブソープション)』した結果

細胞壁が魔力結晶化している。

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「贅沢吸収……肥料焼け寸前のギリギリを攻めた結果がこれか」


植物は、必要以上の養分を与えられると


体内にそれを過剰に蓄積する性質がある。


通常なら枯れるが、完璧なpH管理と酸素供給があれば


それは「超・高栄養野菜」へと進化するのだ。


俺は恐る恐る、その肉厚な葉を一枚ちぎり、口に運んだ。


噛んだ瞬間、強烈な清涼感とともに、熱い奔流が喉を駆け下りた。


「ぐっ……うおお!?」


全身の血管が脈打ち、指先まで力がみなぎる。


王宮を追い出された時の疲労など、瞬きする間に消し飛んでいた。


これは薬草なんて生易しいものじゃない。


「食べるエリクサー」だ。




その時だった。


「ギャアアアアッ!」


頭上から耳をつんざくような金切り声が響いた。


見上げれば、翼長2メートルはある巨大な蝙蝠が


天井の闇から急降下してくるところだった。


「しまっ……魔素の匂いに釣られたか!」


この高濃度薬草は、魔物にとっても極上の餌だ。


俺は庭師であり、戦闘職ではない。


武器は剪定バサミくらいしかない。


死ぬか?


せっかく理想の農園を作れる場所を見つけたのに?


――いや、違う。


俺の体は、思考よりも速く反応した。


蝙蝠の鋭い爪が迫った瞬間、俺は横に跳んでいた。


それも、数メートルも。


「え……?」


着地と同時に、石ころを拾って無造作に投げる。


指先から放たれた石は、風切り音を残して蝙蝠の眉間に直撃した。


グシャッ、という嫌な音と共に、魔物は動かなくなった。


「今の動き……俺なのか?」


自分の手を見る。薬草(エリクサー)による身体強化(バフ)。


その効果は、俺の想像を遥かに超えていたのだ。




心臓の鼓動が早鐘を打っている。


俺は魔物の死骸を見下ろし


改めてガラス槽の中で輝く「アビス・ミント」を見た。


とんでもないものを作ってしまった。


この一株があれば、国ひとつを傾けるほどの価値がある。


だが、ここは誰にも干渉されない俺だけの王国だ。


「……さて、この蝙蝠の死骸も、貴重なリン酸肥料になるな」


俺が魔物を解体しようと近づいた時


岩陰から微かな呼吸音が聞こえた気がした。


魔物の生き残りか?


俺は警戒しつつ、岩の裏側へと回り込む。


そこにいたのは、魔物ではなかった。


泥と血にまみれ、衣服はボロボロに引き裂かれているが


月の光を集めたような美しい銀髪を持つ少女。


彼女は俺の姿を見ると、糸が切れたようにその場に崩れ落ちた。


「……み……み、ず……」


その顔を見て、俺は息を呑んだ。


王宮にいた頃、遠くから拝見したことのある高貴な紋章が


彼女のボロボロの鎧に刻まれていたからだ。


「まさか、王女殿下……?」

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