第五十七話:撮影者との初対面——“契約”か“公開”かの二択を迫られる夜

撮影者との初対面――“契約”か“公開”かの二択を迫られる夜(改稿版)**


 玄関の扉を閉めた瞬間、背後から柔らかな声がした。


「おかえり、木村くん」


 心臓が跳ねる。

 振り返ると、薄暗い玄関スペースに——

 長いピンクの髪が光を帯びた少女が立っていた。


 動画で見るよりずっと、存在感が強い。


 人気急上昇中の配信者、ぴんくる。

 そして、屋上の“撮影者”。


「……なんでお前が、俺の家に」


「ん、簡単だよ。

 あなたに“直接”会いに来たの」


 幼さの残る声なのに、自然と背筋が冷える。


「屋上、見てきたんでしょ?

 本命のカメラも囮のカメラも。

 雨宮さんと一緒に、全部調べたよね?」


 その一言で、疑いようがなくなった。

 雨宮との動きすら把握されている。


「どうしてそんなことを知ってる」


「私が、あなたをずっと見てたからだよ」


 ぴんくるは悪びれもせず笑う。

 その笑みは可愛らしいのに、底が見えない。


「あなたの“未来視”に気づけたの、私だけなんだよ?

 ログも、配信の癖も、行動パターンも全部見た。

 偶然なんかじゃないよ、木村くん」


 偶然じゃない——

 その言葉は、主人公がずっと抱えていた違和感を確定させた。


「でね。

 今日は交渉に来たの」


 ぴんくるは指を二本立てる。


「《契約》か《公開》か。

 二つの選択肢をあげる」


「契約……?」


「うん。

 私の配信に“未来視者”として出演して。

 顔は隠してもいいよ。

 私が演出して、あなたをもっとバズらせる」


 軽い口調なのに、言ってる内容は重い。


「で、もう一つは——」


「《公開》。

 あなたの顔、名前、住所、ぜんぶネットに流す」


 息が詰まった。


 脅しているつもりはない——という顔で、

 恐ろしく冷静に彼女は言う。


「あなたは選ばれたんだよ。

 “未来視者・木村そうすけ”っていうコンテンツを、

 私が一番うまく使える」


 逃げ道をふさぐように、ぴんくるが一歩踏み込んだ。


「ねぇ、どっちにする?

 契約して一緒に伸びる?

 それとも、晒されて終わる?」


 玄関の空気がつめたく張りつめる。


 その瞬間——


──耳の奥で微かな電子音。


 雨宮からの緊急通信。


(……聞こえてますか、木村さん。

 とにかく時間を稼いでください。

 位置情報、こちらで補足完了)


 雨宮の声は静かで、怒りを押し殺している。


 俺は小さく息を吸い、ぴんくるを正面から見た。


「……選択肢が二つだけだなんて、最初から決めつけるなよ」


「ん? 他に何があるの?」


「ある。

 “選びようのない二択ごと、未来を書き換える道”がな」


 ぴんくるの瞳が、わずかに揺らいだ。


 その瞬間、部屋の温度が変わる。


 契約か、公開か。

 そのどちらでもない未来を、この場から作り出すために。

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100円払うごとに一回未来予知できるようになった話 @kouki1026

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