窮地から救った少女が未知なる修練ダンジョンの主だった件

ファイアス

心の隙間は成長と共に埋まっていく

「大変だ!女の子が魔物に囲まれてる!」


 鬱蒼と木々が茂る山林の中を探索していた中級冒険者のヘインは、魔物たちに取り囲まれた銀髪の少女と出くわした。

 どれも大したことない魔物たちだが、その数は30体を超えている。

 放っておけば少女が命を落とすのは時間の問題だった。

 助けなければ……

 ヘインは颯爽と魔物の群れへ近づいた。


「ファイアーストーム!」


 ヘインの放った魔法は、少女を取り囲んでいた魔物を一網打尽に焼き払う。

 魔物は一体残らず焼き払われ、その場に倒れた。


「大丈夫かい?」

「あ、ありがとうございます!」


 助けられた少女はヘインに感謝するものの、まだ何かに怯えているようだった。

 ヘインはその原因にすぐ気づいた。

 耳の尖ったこの少女は魔族だ。

 敵対関係にある人間と対面していることに怯えているのだろう。


「僕は魔族だろうとむやみに殺めることはしないよ」

「うっ……」


 ヘインが魔族という単語を出した瞬間、彼女の表情が崩れていくようだった。

 よほど魔族であることを悟られたくなかったのだろう。


「一つ聞かせてくれないか?」

「な、何ですか?」

「君はどうして同族に命を狙われているんだい?」


 種族の異なる複数の魔物が群れを成すときは、魔族の命令に従って行動している。

 先程の群れは5種類以上の魔物による混成部隊であったことから、魔族の命令で動いていたことは疑いようがない。

 つまり彼女は同族に命を狙われていたことになる。


「そこまで分かってるなら、早く逃げたほうがいいですよ」

「刺客を放ったのは上位魔族か」

「魔将軍ガブラです」

「あいつかぁ……」

「会ったことがあるんですか?」

「うん、あの時は本当に殺されるかと思ったよ」


 ヘインは友人の冒険者と共に、魔族の討伐もそれなりに経験してきた。

 そんなときに出くわしたのが魔将軍ガブラだ。

 彼は敵味方問わず、とにかく人の話を聞かない。

 魔将軍の肩書きに恥じない実力の持ち主だが、その人格はあからさまに問題のある魔族だ。


「次の追手が来る前に、ひとまずここから出ようか」

「でも私は……」

「僕と一緒なら大丈夫だって」

「……」

「あ、そうだ。僕はヘインっていうんだけど、君は?」

「シェルミィです」

「それじゃシェルミィ、僕のアジトに案内するから付いてきて!」

「はい」


 シェルミィはヘインに案内されたアジトまでたどり着くと、すぐにあることに気づいた。


「このアジトって以前は紅蓮の勇者がいた場所ですよね?」

「……うん」

「どうかしたんですか?」

「僕のことを知らなかったのに、レヴィンのことは知ってたんだなって思うとね……」


 ヘインは紅蓮の勇者レヴィンと行動を長らくしていた仲間の一人だ。

 けれど、どれだけ実績を上げてもその名声はレヴィンにばかり集まる。

 そんなことに嫌気が差して、ヘインは彼と別行動を取るようになったのだ。


「ヘインさんって、あの紅蓮の勇者の仲間だったんですか?」

「そうだよ」

「だからガブラとも面識があったんですね」

「……」


 シェルミィの言葉はコンプレックスを抱えるヘインの心をグサグサと突き刺していた。


「えぇっと、ごめんなさい」

「シェルミィを責めるつもりはないよ」


 シェルミィはただ思ったことを口にしただけだ。

 彼女は悪くない。

 悪いのは目立った活躍をできない自分だ。

 ヘインは自分にそう言い聞かせる。


「あの……」

「なに?」

「ヘインさんは強くなって、紅蓮の勇者にも劣らない名声が欲しいんですよね」

「うん……」

「だったら私が作ったダンジョンに来ませんか?」

「えっ?」

「実は私ダンジョンマスターなんですが、冒険者をおびき寄せるために4層まではレベルアップに特化した修練ダンジョンを作っていたんです」

「レベルアップ特化だって!」


 シェルミィの話を聞いたヘインは期待に心が躍っていた。

 レベルアップ効率が良いと噂されるダンジョンは、これまでも何度も聞いたことがある。

 それらはいずれもガセネタだったが、今回は少し事情が違う。

 何せシェルミィが自ら作ったと言ってるのだ。

 さらに彼女は同族から命を狙われている。

 ならば、その原因はレベルアップに特化した修練ダンジョンではないか?


「もしかして、ガブラに狙われてるのってそのダンジョンが原因?」

「はい。5層はちゃんと冒険者を殺める仕掛けを作ったのですが、理解してもらえなかったんです」


 やっぱりそうだ。

 だったら行くしかない。

 レヴィンを超える一流の冒険者となるために!


「シェルミィ、そのダンジョンに連れてって」

「うん、じゃあ案内するよ」

「ありがとう」


 ヘインは期待に胸を躍らせ、シェルミィに修練ダンジョンへの案内を頼んだ。

 その翌日、二人は目的のダンジョンへと向かった。


「ヘインって今はレベルいくつ?」

「45だよ」

「だったら、二層までは安心して利用できるね」

「え、三層ってそんなに危険なの?」

「三層は推奨レベル60、四層は推奨レベル100を想定して作ったの」

「そ、そうなんだ……」


 シェルミィはレベル15ほどの戦闘力だ。

 討伐推奨レベル100以上の魔物を彼女がコントロールできるとは思えない。


「そんな格上の魔物をどうやってコントロールしてるの?」

「卵の状態で運んだだけです」

「なるほど」


 シェルミィは魔物たちの生態にかなり詳しいらしく、卵が孵化する環境条件を知り尽くしていた。

 だから、どんな魔物の卵だろうと恐れずに運べていたらしい。


「ここです」

「まさかこんなところにあったのか」


 二人はダンジョンへ入ると、そこには大きな扉が立ちはだかっていた。


「この扉を開けると、魔物が中央に密集しています。準備はいいですか?」

「ああ、大丈夫だよ!」


 シェルミィはヘインの返答を確認すると、ダンジョンの扉を開いた。

 扉の奥に広がっていた光景は、焼き尽くしてくださいと言わんばかりに密集していた魔物の群れだった。


「ファイアーストーム!」


 ヘインが魔法を放つと、部屋の中央で群らがっていた魔物たちは一瞬にして焼き払われた。

 魔物の群れは平均レベル15ほどであり、ヘインの実力ならば苦戦するような相手ではない。


「えっ!」


 魔物たちを焼き払い、戦闘を終えたヘインは驚きの声を上げる。

 それは密集した魔物をあっさり倒せたからではない。

 自分より遥かに格下の魔物たちを倒しただけで、2レベルも上がったからだ。


「すごい成長を実感する!」

「それがこの修練ダンジョンの秘密です」


 シェルミィ曰く、このダンジョンはレベル成長を活性化させる粒子の濃度が極めて濃く、約3倍のペースでレベルアップできるらしい。

 さらに魔物たちの習性を生かして、部屋の中央に集まるように作られていた。

 ヘインのように魔法を得意とする冒険者にとっては、この上なく都合の良い仕掛けだ。

 この先のフロアでは、もっと強力な魔物が同じように群がっているらしい。

 どれだけの勢いレベルアップできるのか。

 ヘインはワクワクしながら、次のフロアへと向かった。


 二層も一層と同じく、広い部屋の中央にぎっちりと魔物が密集していた。

 ヘインは意気揚々と密集した魔物たちを焼き払う。

 全ての魔物を一撃で仕留めることこそできなかったものの、8割以上の魔物はすでに動かなくなっていた。


「す、すごい……」


 ヘインは一気に8レベルアップし、より高度な魔法を閃いた。

 生き残った魔物もささっと倒すと、二人は一度ダンジョンの外へと向かった。

 三層は推奨レベル60~であり、ヘインにはまだ早いからだ。


「すごいよシェルミィ!このダンジョンは周知されたら、冒険者が殺到すること間違いない!」

「……ありがとう」

「えっ……?」

「きちんと評価してもらえるのは嬉しいから……」


 一層から四層はシェルミィが冒険者たちを喜ばせるために作ったのだ。

 だから冒険者であるヘインに評価されるのは、素直に嬉しかった。


「同胞たちはみんな理解してくれなかったの」

「ははっ、それは仕方ないかもね」


 魔族は人間と違ってレベルアップができない。

 だからレベルアップを餌に人間を誘い込もうと考える魔族は珍しい。

 皮肉なことにその価値を一番理解していたのは、彼女を反逆者として追い立てたガブラだった。


「そういえば、あの魔物たちってどのくらいの頻度で戦える?」

「明日にはまた集まってると思います」

「はやっ!」


 あれだけすぐにレベルアップできる環境で、魔物が次々と集まってくるならレヴィンだって超えられる。

 こんな素晴らしいダンジョンに巡り合わせてくれたシェルミィには感謝しかない。

 ヘインはすっかりシェルミィの作った修練ダンジョンの虜になっていた。


「じゃあ明日また行こう!」

「はい」


 それから約一か月間、二人は修練ダンジョンに通い続けた。


「今日も気持ち良いほど成長できたよ」


 修練ダンジョンに通い続けたヘインは、レベル450にまで成長を遂げた。

 一方のシェルミィは魔族であるため、レベルアップすることはない。

 しかし、シェルミィもヘインと出会ったときと同じままではない。

 人間の血肉を糧に力を得る魔族の彼女は、毎日ヘインの血を吸わせてもらっていたからだ。


「これだけ成長すれば、僕もレヴィンと肩を並べられるかな?」

「今のヘインさんなら、きっと勝てますよ」

「へへへっ、今度あいつと会う時が楽しみだな」


 今のヘインにレヴィンへの劣等感はない。

 それに求めていた名声への執着も消え果てていた。

 日々の成長が心の隙間を埋めていたからだ。


「今日はもう帰ろうか」

「はい」


 今日の修練を終えて、シェルミィと共にアジトへ帰ろうとしていたその時だった。


「見つけたぞ!反逆者シェルミィ!」

「うげっ、あいつは……」

「ガブラ!」


 目の前に現れたのは、魔将軍ガブラだ。

 シェルミィを追って、ここまで来たのだろう。

 荒々しい威圧感を放ちながら、彼はゆっくりと二人との距離を詰めてきた。


「人間に取り入って反逆を企てるとは、なんとも恐ろしい娘だ」

「違う!私はそんなことしてない!」

「嘘をついても無駄だ!その禍々しいダンジョンに、人間を引き連れて入ったのが何よりの証拠だ!」


 このままではシェルミィが危ない。

 彼女も強くなったとはいえ、ヘインと比べれば微々たるものだ。

 ヘインはシェルミィを守るため、ガブラの前に立つ。


「ガブラ、シェルミィに手を出すな」

「あぁん?」

「僕が相手になるって言ってるんだ!」

「がっはっはっ!」

「何がおかしい?」

「よく見たらお前は、紅蓮の勇者の隣で震えてただけの腰抜けじゃないか!」

「……」


 ヘインはガブラの言葉にショックを受けていた。

 侮辱をされたからではない。

 レヴィンと共に救助してきた人々からは覚えてもらえないのに、敵であるガブラにはきっちり覚えられていたからだ。


「その認識を変えてやるよ」

「威勢だけは良くなったじゃないか」


 あのときはレヴィンだって、彼に敵わず撤退を余儀なくされていた。

 そのガブラに立ち向かうのは今だって怖い。

 けれど、それ以上にシェルミィを失いたくなかった。


「シェルミィ、下がっていてくれ」

「は、はい」


 ガブラは自分の身長よりも大きな鉈を片手に、その巨体からは想像できないほどの勢いで向かってきた。

 だが……


「ぐあっ……」


 ヘインの防護魔法はガブラの大鉈を防ぐどころか、その刃先を弾き飛ばした。

 大鉈の刃先はガブラの額へ突き刺さり、彼は地面に膝をついた。


「ガブラ、シェルミィのダンジョンを危険視したお前の判断は正しかったよ」

「……」

「けどね、話も聞かずに反逆罪としたのが、お前の過ちだ!」


 ガブラの立場なら、4層までの構造を見直すよう命令すれば良かったはずだ。

 そういった適切な対応をせず利敵行為と決めつけ、殺害を目論んだ。

 だから彼女は逃げ出した。

 そしてヘインと出会った。

 その結果、かつてはガブラを前に怯えてただけのヘインを、対等以上に戦える戦士へと成長させた。

 全てはシェルミィの言葉に耳を貸さなかったガブラの過ちだ!


「俺様に過ちなどない!」


 額に突き刺さった鉈を自らの腕で引き抜くと、ガブラは再び立ち上がる。


「うおおおおりゃあああ!」


 武器を失ったガブラは、自らの肉体を武器にせんと一直線にヘインめがけて突撃する。

 並みの人間ならば、その巨体から繰り出される体当たりに成す術もなく命を失うだろう。

 だが、あくまで並みの人間ならの話だ。


「アカシックノヴァ!」

「ぐわあああああぁぁぁぁ」


 ヘインの解き放った魔法がガブラを体を貫く。

 やがて声すら発しなくなると、彼はそのまま事切れた。


「シェルミィ、大丈夫かい?」

「うん。ありがとう」


 ガブラは討ち果たした。

 これでもうシェルミィの命が脅かされることはない。


「……」


 でも、ヘインは複雑な気分だった。

 ガブラが討ち果たされた今、シェルミィはもうヘインと共にいる理由がない。

 そもそも魔族は種として敵対している勢力だ。

 今度出会うときは敵同士かもしれない。


「ヘイン?」

「シェルミィは仲間たちの元へ戻るのかなってさ……」

「一旦帰ろうかなって」

「一旦?」

「うん。私だってもっとヘインと一緒に居たいもん」

「えっ……」

「だめかな?」

「いいに決まってるじゃないか」


 ヘインは思わず彼女の体を抱きしめた。

 シェルミィも彼に応えるように抱きしめた。


「シェルミィ!」

「ヘイン、これからもよろしくね」

「うん、よろしく」


 ヘインは気づいた。

 名声への執着が薄れていったのは、成長への喜びで埋められたからだけではない。

 シェルミィの存在もまた、心の隙間を埋めてくれたのだと……


「シェルミィ、また僕のもとに戻ってきたら一つ頼めるかな?」

「なに?」

「一緒に生活するためのダンジョンを作って欲しいんだ!」

「はい、喜んで!」

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