明晰夢
ぽこむら とりゆ
わたしのあなた
ねえ、私と初めて出会った日の事覚えてる?
体調が悪くなって公園で座り込んでいた私に、あなたが声を掛けてくれた。
あの時、あなたを見た瞬間から、この出会いが『運命』だと確信したんだよ。
だから……ずっと一緒にいようね。
「カナ。彼氏できたんだって?」
友達のリサが声を掛けてきた。
「そうなんだ。運命的な出会いがあって……」
こんな事を言うのは恥ずかしいけれど、本当の事だから。
「良いなー。私なんて好きな人もできないよ」
リサは高校2年生にしては、幼い顔立ちで、元気なムードメーカーだ。
女子からの人気が高く、男子にも隠れファンが多い。
「私は恋愛をするのが初めてで、すごく戸惑ってるけど、幸せ」
顔が熱い。きっと赤くなっている。
「カナ可愛いー! いつか彼氏さんに会わせてね!」
チャイムが鳴り、リサは席についた。
私の彼氏は、中村サトルさん。
3つ歳上の大学生。
サトルさんが私に声を掛けてくれたあの日から、私達の人生は大きく動いていった。
私とサトルさんが会うのはいつも夜。
今日はデートをした。
デートと言っても、お互い学生であまりお金を使えない事もあって、私達が運命の出会いをしたあの公園を手を繋ぎながら歩くだけのもの。
それだけですごく幸せ。
サトルさん。
私はサトルさんがいれば他に何もいらない。
朝、学校に行っても、ずっとサトルさんの事を考えてる。
友達に話しかけられると、惚気話をしてしまう。
自慢に聞こえないか心配。
「ねえカナ。ダブルデートしようよ! 彼氏大学生なんでしょ? 私の彼氏も大学生なんだー! 一回聞いてみてくれない?」
ナルが声を掛けてきた。ナルは美人でスタイルが良くて、学校のマドンナだ。
こんな美人と会ったら、サトルさんが目移りしちゃうんじゃないかと心配になってしまう。
「ナルと彼氏さんすごく長いよね。私もサトルさんとずっと一緒にいたいな。ダブルデートは今日会った時に聞いてみるね」
こんな話をしただけで、毎日会う約束があることに幸せを感じる。
「スマホで連絡しなよー。そっちの方が早いでしょ?」
ナルは不思議そうな顔でこちらを見ている。
「私達は会う楽しみを何倍にもするために、連絡先の交換はしてないんだ」
と私が答えると、
「そうなんだ」と言ってナルは離れて行ってしまった。
私達に連絡なんて必要ない。私とサトルさんは心で繋がっているから。
夜になって、サトルさんと会えると私は世界一幸せな女になる。
まだ手を繋ぐだけの恋愛。
サトルさんは私のどこが好きなんだろう。
「ねえ。私のどこが好き?」
聞いちゃった。
やっぱり……全部……なのかな……?
「カナの全部が好きだよ」
きゃーっ! 本当に全部なんだ。
「私もサトルさんの全てが好き。サトルさんの全てが欲しい」
「もう俺はカナのものだ」
サトルさんはいつも私が欲しい言葉をくれる。
サトルさん。サトルさん。
「カナが高校を卒業したら、結婚しよう。夢があるなら応援するし、子どもも、すぐじゃなくて良い。カナとずっと一緒にいたいんだ」
これってプロポーズ? 本当に?
「嬉しい。答えは、喜んで……だよ? サトルさんのお嫁さんになるなら、飽きられないように毎日可愛くしてなくっちゃね」
私は嬉しくて嬉しくて堪らなかったけれど、それをサトルさんに見せるのは悔しかったから、ぐっとこらえた。
中村カナ……か。良い響き。
「指輪はまだ買えないけどさ、カナが卒業するまでに絶対に用意するから」
私の左手の薬指を優しく触りながら、サトルさんは優しい声で囁いた。
サトルさんに見合うお嫁さんになるために、花嫁修業?ってやつを頑張らないと。
早速、家に帰ってからお料理の練習を始めよう。
「ねえカナ〜。なんか良い事あったでしょ〜」
朝から、リサが私の席まできて聞いてきた。
「ふふっ。わかる? 実は、プロポーズされたんだ〜」
私から幸せオーラが出ているみたい。
「ほんとに!? 良いな〜。カナは可愛いし性格も良いもんね。彼氏さんは幸せ者だよ」
リサはそう言ってくれたけれど、違うの。
幸せ者なのは私なんだよ。
サトルさんという最愛の人に見初められて、プロポーズまでしてもらって。
私より幸せな人いないでしょ?
サトルさん。サトルさん。サトルさん。
大好きです。
今日もサトルさんとデート。
ベタに夜の海になんて来ちゃった。
サトルさんといられるならどこでも良いんだけど、すごく、ロマンチック。
今日は、少しいつもと雰囲気が違う……?
もしかして……キス?
そう思った瞬間。
サトルさんの唇と私の唇が重なった。
キス……しちゃった……。
柔らかい。いい匂い。
「サトルさん? 私、本当に幸せだよ」
私が言うと、サトルさんは少し照れたように頭を掻いた。
「俺も本当に幸せだよ。今のはこれからも一緒にいるっていう誓いのキスだ」
サトルさんが私との未来を誓ったキス。
私も……誓いたい!
チュッ
「これは、これからもずーっと一緒にいるっていう誓いのキスだよ!」
私頑張った!恥ずかしい〜。
「カナ!」
サトルさんが私を抱きしめる。
強い力。サトルさんも緊張してるのかな?
私もサトルさんの背中に手を回す。……幸せ。
「ねえ! 彼氏さんどうだった? ダブルデート良いって言ってくれた?」
ナルが私の所に来て言った。
そうだった……。すっかり忘れてた。
「ごめんナル。サトルさんと一緒にいると、他の事を考えられなくなっちゃって、忘れてた……。今日絶対聞くから!」
そう言ってナルの顔を恐る恐る見ると……。
怒ってる。絶対に怒ってるよお。
「結構前にカナに話して、いつ返事くれるかな〜ってずっと待ってたのに、今の今まで忘れてたなんてひどいよ。ダブルデートの話はなかった事にして」
ナルは怒って離れて行った。
ナルは、恋人と一緒にいられる時間に友達の事を考えられるのかな。それってすごく不思議……。
「あっサトルさん!」
サトルさんは、いつも待ち合わせ時間よりも先に来てくれる。
たまに深刻そうな顔をしているけれど、その影のある顔も好き。
「カナ。走ってこなくても良かったのに」
サトルさんを見つけて走っていた私を見たみたい。
サトルさんの視界に入るくらいの所で走るのをやめて歩いてきたのに、なんでわかったんだろ。
「だって、早く会いたくて」
私はサトルさんの腕をぎゅっと抱きしめる。
「カナは可愛いな。誰にも渡したくない。俺から離れないで」
サトルさんは私の心を覗いているように、いつも嬉しい事ばかりを言ってくれる。
「離れるわけがないでしょ! 私はもう高校3年生だよ! 結婚……するんでしょ?」
私は上目遣いにサトルさんを見た。
サトルさんは、こんなあざとい私が好きだから。
「するよ。いや……して下さい」
2度目のプロポーズ。ドキドキする。
「また返事いるの?」
私が聞くと、サトルさんは私を抱きしめた。
「その時が来たら、また言うから。その時に聞かせて」
サトルさんの心臓の鼓動を感じる。恥ずかしいんだ。可愛い!
私はサトルさんと出会ってから、生活の全てがサトルさん一色になった。
今までは夜に会っていたけれど、最近は夕方から会ってくれる事が増えた。
サトルさんも私に会いたい気持ちが抑えられないのかも。
授業が終わったら、すぐにサトルさんの元に走るのが日課になった。
友達は、私のそんな姿をみて少し呆れてる。
でもいいの。私にはサトルさんがいるから。
「お待たせ! サトルさん、少し顔色が悪いけど大丈夫?」
今日のサトルさんは、疲れているように見える。
でも……。一緒にいたいな……。
「大丈夫だよ。カナといたらすぐに元気になるから」
本当にサトルさんは優しい。
私もサトルさんみたいに優しい人になりたいな。
サトルさん。サトルさん。サトルさん。サトルさん。
大好きすぎて苦しいよ。
「もうちょっとで卒業か〜。カナは卒業したらすぐにサトルさんと結婚するの?」
リサがニヤけながら聞いてきた。
この学校で、私が結婚の約束をしている事を知らない人はいない。
だって、結婚の話をした時に、リサがみんなの前なのに大きな声を出したから。
でもいいの。サトルさんと結婚するのは本当だから。
「すぐなのかな? 卒業したらとは言われたんだけど、いつとは言われてないんだよね……」
私は少し不安になった。
その日も夕方からサトルさんと会えた。
私は不安をぶつけずにはいられなかった。
「ねえサトルさん。私と卒業後に結婚するって言ってたでしょ? それって、具体的にいつぐらいって決めてるの?」
重たい女だと思われるかもしれない。
心臓が嫌な音を立てている。
「卒業したら『すぐ』って俺は考えてるよ。本当に卒業式が終わってからでも」
サトルさんは笑った。
そんなに私との未来を熱望してくれていたんだ。
「私もサトルさんと結婚できるなら『すぐ』がいいな」
ああ。幸せ。
「あと1ヶ月で卒業式だね〜」
今日もリサが私の所にきた。
「そうだね。高校の3年間ってこんなに早いんだって驚いてるよ」
私は気付いたら3年生になっていたから。もう卒業だなんて考えられない。
「ナル、別れたらしいよ」
リサがナルのほうをチラッと見て言った。
「そうなんだ……。落ち込んでないと良いけど……」
ナルは、机に突っ伏して寝ていたから、どんな表情で今日を迎えたのかはわからなかった。
「そうだ! 私、今日早退するの!」
ナルに気を取られて忘れてた。私がサトルさんとの約束を忘れるなんて……。
今日は、昼過ぎから会えるって言われてたのに。
急いで走って待ち合わせ場所に着くと、サトルさんは驚いていた。
「そんなに走らなくて良いのに。カナが疲れちゃうだろ」
相変わらず優しい。
「今日はこんなに早く会えて嬉しい。段々、サトルさんと会える時間が長くなってるね。幸せ」
そう言って私はサトルさんの腕にしがみついた。
「あっ! 忘れてるぞ」
サトルさんは、私の唇にキスをした。
最近の私達は、会ってすぐと別れる時の2回キスをする。
毎日交わされる誓いのキス。
「サトルさん。私、あと1ヶ月で卒業だよ?」
必殺上目遣いでサトルさんを見る。
「わかってるよ。俺とカナの記念日になるんだから」
サトルさん? それって……。それって……。
「え〜そんな事言われたの? 絶対に卒業式にプロポーズされちゃうじゃん〜! いいな〜!」
私はクラスの女子に囲まれていた。
この中にナルはいないけど、みんな幸せになってほしいな。
「卒業式はしっかりメイクした方が良いよね? もしかしたら、初夜……なんて事もある……かな?」
恥ずかしい! でも、みんなの意見を聞きたい。
「カナ、まだしてなかったの? 大学生と付き合っててまだなんて、本気で大事にされてるじゃん! そんな男いるんだ〜。絶対離しちゃダメだよ!」
みんなが口々にサトルさんの事を褒めてくれた。
嬉しい!
サトルさん。サトルさん。サトルさん。サトルさん。サトルさん。
「サトルさん。今日ね、友達にサトルさんの事を褒められたんだよ! そんなに大事にされてるの?ってみんな驚いてた。ふふっ。嬉しかった〜」
公園のベンチで、サトルさんの肩に頭を乗せる。
「彼女を大事にしない男なんていないよ。それに俺は、カナを一生大事にするって決めてるんだから」
本当にこの人は……。なんでわかるの?
いつもいつも私が欲しい言葉を、欲しいタイミングでくれる。
私の頭の中ってそんなに単純なのかな?
「私も、サトルさんを一生大事にして、一生離さないんだから!」
私達は会うたびに同じ話をする。
お互いの愛を確かめ合うために。幸せを噛み締めるために。
「明日卒業式か〜。早い〜〜」
リサが今にも泣きそうな顔をしながら言った。
口調は強がっているけど、寂しいんだね。
「本当に早いよ〜。もうみんなとあんまり会えなくなっちゃうね」
私が言うと、
「何言ってんの〜! カナはサトルさんと結婚するんでしょ! 私達に構う時間無くなっちゃうんじゃないの?」
リサが茶化すように私に言った。
「ふふふっ。結婚しても、友情は不滅だよ〜」
私が言うと、みんなが私を抱きしめてくれた。
友達っていいな。
「じゃあ私は帰るね」
私は帰る準備を始める。
「まだ来たばっかじゃん! 早いよ〜」
みんなが私を引き止めてくれるけれど、ここ数日は、サトルさんと午前中から会えるようになっていたから、学校にはみんなの顔を見る為に行っている。
「サトルさんもう来てたんだね。お待たせ!」
サトルさん……。今日も元気がない。
明日は私達、籍を入れるんだよ?
「ねえ……。私との結婚、嫌になっちゃった?」
私は不安をぶつけてしまった。
「そんなわけないだろ! 俺はカナがいないと生きていけない! 馬鹿な事言わないでくれよ! ずっと一緒にいてくれよ」
感情的になるサトルさんは、いつもの穏やかなサトルさんとは違い、野生的で違う魅力がある。
「疑ってごめんね? 大好きだよ」
そう言って抱きしめ、キスをした。
サトルさん。サトルさん。サトルさん。サトルさん。サトルさん。サトルさん。
「カナ。卒業してもたまには私達と遊んでよ〜! うえーん」
リサが目を真っ赤にして泣いている。
そんなリサからもらい泣きが続出中。
「何回も言ってるけど、私はみんなとの縁を切る気なんて無いんだからね! みんな大好き!」
みんなと沢山写真を撮った。
卒業式には出席せずに、サトルさんの元へ向かった。
「カナ。卒業おめでとう」
サトルさんが私を待っていた。
いよいよ今日……。
「俺と、結婚してくれませんか?」
サトルさんは、私に指輪を差し出し言った。
本当に……。プロポーズだ……。
「はい。これからずっとずっとよろしくお願いします」
私達は手を繋いで役所へ行き、婚姻届を出した。
これで……夫婦だ。
私はサトルさんのもの。サトルさんは私のもの。
朝から晩まで、ずっとサトルさんといられる。
サトルさん。サトルさん。サトルさん。サトルさん。サトルさん。サトルさん。サトルさん。
「サトル〜。彼女出来たんだって?」
友達のユウジがニヤニヤと俺の元へ向かってきた。
「夢の中だけどな」
俺もユウジを真似てニヤニヤ顔で答える。
「田島カナちゃん。だっけ? 可愛いんだろ? 夢の中でもそんな彼女ほしーーー!」
ユウジは今、失恋続きで落ち込んでいる。
まあ、モテるタイプではないから、振られるのも仕方がない。
「俺の、どタイプの顔と性格なんだ。公園でうずくまっていたカナに声をかけて、それがきっかけで付き合う事になった。夢だけどな!」
俺は昨日見た夢が忘れられなくて、友達に話して回った。
みんなは俺を変な奴扱いしていたけど、内心ユウジのように、少し羨ましそうだった。
それはそうだろ。自分のタイプの女の子が夢の中とはいえ、自分を好きでいてくれるんだから。
もう、カナの夢を見ることはないかな。と思っていると、今日の夢もカナとの待ち合わせだった。
俺もカナもお金をもっていなかった。現実の俺ならご飯くらい誘って、楽しい時間を過ごすくらいの財力はある。
だが、夢の中はそうもいかないようだ。
カナとの時間は楽しかった。
愛しい彼女が俺を好きで、俺を見つめてくれる。
「まーたカナちゃんの夢見たのかよ」
ユウジだ。相当羨ましいのか毎日聞いてくる。
「なぜか毎日見られるんだよな。今までそんな事なかったのに」
初めて夢の中でカナに会った日から、毎晩カナの夢を見るようになった。
「そんな夢なら覚めないでほしいよな。俺と代われー!」
ユウジが俺の首に腕を回し、首をしめるフリをした。
「おいおい、俺だってどうやって見てるかわからないんだぜ? 代わるなんて無理に決まってるだろー。もし代われても嫌だけどな」
俺がユウジに言うと、ユウジは悔しそうな顔をして、
「もう、サトルなんかカナちゃんと結婚しろー」
と叫びながら走って行った。
「カナが高校を卒業したら、結婚しよう。夢があるなら応援するし、子どももすぐじゃなくて良い。カナとずっと一緒にいたいんだ」
あれ? 俺こんなこと言う予定じゃなかったのに、口が勝手に……。ユウジに言われたのが頭に残ってたのか。
「嬉しい。答えは、喜んで……だよ? サトルさんのお嫁さんになるなら、飽きられないように毎日可愛くしてなくっちゃね」
カナは可愛い。こんなに可愛い子が喜んでくれるなら何だって言ってやる。どうせ夢なんだから。
「サトル。最近大学くるの遅くね? なんかあった?」
ユウジが心配そうに俺の顔を覗き込んだ。
「寝てるのに、寝れてる感じがしないんだよな。それなのに、眠くなる時間が日に日に早くなっていく。俺、どうしちゃったんだろうな」
夜眠ると、中々起きられなくなった。
眠っている間は、ずっとカナと一緒にいる。
特に何をするでもなく、ただ一緒にいる。
「本当に大丈夫かよ。顔色も悪く見えるぞ」
ユウジは良い奴だ。心配かけたくない。
「大丈夫大丈夫。眠りが浅いだけだって」
本当にそうなのか。俺は、カナに呼ばれているんじゃ。
「カナちゃんとはどうだ? もうキスくらいしてるんだろうな。夢の中の理想の彼女に癒してもらえよ」
ユウジは俺を励ましてくれた。
色々調べてみると、『明晰夢』というものがあるとわかった。コントロールできる夢をそう呼ぶらしい。
初めはそうだった。言いたいことを言い、したい事ができた。
だが、今は、カナのための言葉だけを選び、勝手に口が動く。
これじゃ操り人形だ。俺は俺の人生を生きたい。
この日、俺とカナは初めてキスをした。
するつもりなんて微塵もなかった。
またユウジに言われたのが頭に残っていたのか。
「サトルさん? 私、本当に幸せだよ」
カナはいつものように微笑んでいる。
俺をこの夢から覚めさせてくれ!俺は心で叫ぶ。
「俺も本当に幸せだよ。今のはこれからも一緒にいるっていう誓いのキスだ」
こんな言葉知らない。俺は言っていない。
それからも、眠る度に俺はカナの欲しい言葉を言って、キスをし、抱きしめた。
いつも、眠たくて仕方がなかった。
「ねえサトルさん。私と卒業後に結婚するって言ってたでしょ? それって、具体的にいつぐらいって決めてるの?」
お前と結婚なんて出来るわけがないだろう。お前は、俺の夢の中にしかいない女だ。
俺になにも望まないでくれ。
「卒業したら『すぐ』って俺は考えてるよ。本当に卒業式が終わってからでも」
そんな事思ってない。俺の口を縫ってくれ。黙れ黙れ黙れ。
毎日身体が重い。起きていられない。
夜寝ていたのが、夕方から眠るようになった。
猛烈な睡魔に襲われる。
「サトルさん。私、あと1ヶ月で卒業だよ?」
知らねえよ。早く俺を解放してくれ。頼むから。
「わかってるよ。俺とカナの記念日になるんだから」
違う。記念日になんかしないでくれ。俺はここにいる。ここにいるんだ。
大学にも行けなくなった。
たまに友達が様子を見にきてくれるが、俺はベッドから動けない。
眠らない努力なら沢山した。だが。時間になると、猛烈に眠たくなり、どこにいても眠ってしまう。
「ねえ……。私との結婚、嫌になっちゃった?」
ついに、明日はカナの卒業式だ。
嫌に決まってるだろう。お前のせいで俺は……。
お前のせいで……。
「そんなわけないだろ! 俺はカナがいないと生きていけない! 馬鹿な事言わないでくれよ! ずっと一緒にいてくれよ」
違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う!
俺はこんな事言わない。言いたくない。
「疑ってごめんね? 大好きだよ」
もう逃げられないのか……?
昼まで起きている事も出来なくなった。
そして、この日が来てしまった。
「カナ。卒業おめでとう」
何で俺が……。
「俺と、結婚してくれませんか?」
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。誰か助けて……。
「はい。これからずっとずっとよろしくお願いします」
やめてくれ……。お願いだから……。
「おーい。サトルー。生きてるかー?」
サトルは、何日も眠ったままになってしまった。
ご両親が心配して、何度も医者に診てもらったが原因がわからないらしい。
俺は、サトルから聞いた、『田島カナ』を疑っている。
ごめんな。サトル。俺は誰にも言えないし何もしてやれない。
「また来るからな」
ユウジは、サトルの家を後にした。
明晰夢 ぽこむら とりゆ @pokomuratoriyu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます