少子化対策制度で生物学的部品の着脱が可能になったので、女の子同士で赤ちゃんつくります!【全年齢向けラブコメ/N⚪︎K教育番組アニメ化狙ってます!】

とろ

第1話 百合カップル、赤ちゃんが欲しくなる

 朝の光がカーテンの隙間から差し込んで、部屋の空気をほんのり白く染めていた。

 ゆいは布団の端に座り、スマホをいじりながら足をぱたぱたさせている。

 あおいはそのとなりで、無言のまま歯ブラシをくわえ、もこもこの寝癖をなんとかしようとしていた。


「ねぇあおいちゃん、今日の夜なに食べる」

「起きていきなりそれ」

「だってお腹すいちゃったんだもん。あおいちゃんの顔見てたらなんか安心して、急に全部どうでもよくなって、ほら、また好きがあふれてきちゃって」

「ゆい、それ朝のテンションじゃなくて深夜テンションでしょ」


 あおいは歯ブラシを口に入れたままなのに、表情はしっかり呆れていた。

 ゆいはそれすら嬉しそうに眺める。


「だってさぁ、昨日もいっぱいぎゅーってしちゃったし。あおいちゃん可愛いし。今日も可愛いし。明日も可愛いし。なんかもう尊い」

「まだ寝ぼけてるでしょ」

「寝ぼけてないよ。これは完全なる愛」

「はいはい」


 二人暮らしのワンルーム。

 洗濯物、食べかけのお菓子、冷えたピザの箱。

 どれもこれも、人間の生活と甘い空気のかけらみたいで、ゆいはそれを眺めるだけで胸がいっぱいになる。


「あおいちゃんはさ、後悔してない」

「何を」

「一緒に住んで、こうやって毎朝一緒に起きて、家事分担うまくできなくて、ゆいが洗濯物ぐっちゃにして、あおいちゃんが半ギレして……それ全部含めてのゆいだけど、それでも一緒にいるの後悔してない」


 あおいは一度だけ眉をひそめて、少し照れたように口元を緩めた。


「ゆいと暮らして後悔するタイプの人間だと思う」

「思わない」

「じゃあそういうこと」


 単純さに拍車がかかって、ゆいは布団の上でごろんと転がる。

 転がりながら、満面の笑みであおいを見上げる。


「ねぇ、今日もあおいちゃんのことだいすきだよ」

「知ってる」

「でも言いたいの」

「わかったから早く顔洗って」


 あおいは寝癖を押さえつけながら洗面台へ向かう。

 ゆいは、その背中をずっと目で追っていた。


(……今日も、世界でいちばん好き)


 そう思った、その日の夜のことだった。


 ――数時間後。

 ベッドの上で、ゆいはあおいにぴたっとくっついていた。

 あおいは枕に沈んだまま半分寝ている。


「……あおいちゃん」

「なに」

「今日も、とっても可愛かったよ」

「……寝かせて」


 ゆいはご機嫌で、あおいのほっぺにすりすり頬を寄せる。

 あおいは諦めたように目を閉じた。


「ねぇ、今日のゆい、どうだった」

「どうって」

「可愛さ」

「八十五点」

「高い」


 あおいが少し笑うと、ゆいは目を輝かせた。


「笑った……」

「笑ったよ」


 そのままベッドの上で転がりながら、ゆいはあおいの腕にぎゅうっとしがみつく。


「ねぇあおいちゃん……今日も好きでいてくれてありがと」

「うん……はいはい」


 ゆいのテンションは天井知らずだった。

 そしてこのまま――

 とんでもない願いを口にすることになる。


 ゆいは、なにかを決意したようにむくっと起き上がった。


「あおいちゃん」

「ん……まだ眠い」

「ゆいね、ずっと言いたかったことがあるの」

「え。なに。唐突に怖いんだけど」


 深呼吸をひとつ。

 寝起きのあおいの顔を見つめながら、ゆいは――言った。


「――そろそろさ、二人の愛の結晶が欲しいね」


 あおいは静かに瞬きをした。

 二秒ほど固まったあと、ゆっくりと起き上がる。


「……え」

「赤ちゃん! ゆいとあおいちゃんの赤ちゃん! ぜったい可愛いよ!」

「いや、ちょっと待って」

「くりくりの目で、ちっちゃい手で、あおいちゃんの寝癖そっくりで、性格はゆい似で、絶対天使!」


 完全にスイッチが入っていた。


「だって、いつもいっしょで、だっこもするし、ぎゅーもするし、キスもするし、もう結婚してるようなもんでしょ」

「……まぁ、否定はしないけど」

「だったらっ! 子どもがいてもおかしくないよね!」


 ゆいは両手であおいの肩を掴む。


「ねぇあおいちゃん……ゆい、あおいちゃんとの“家族”がほしい」


 あおいは一瞬だけ言葉を失った。

 ゆいが、未来の話をこんなに真剣にするなんて。それだけで胸がきゅっとする。


「……ゆいの気持ちは嬉しいよ。ほんとに」

「じゃあ」

「でも」

「でも」


 あおいは姿勢を正し、ゆっくりと言う。


「ゆい。私たちさ、女の子同士だよ」

「???」

「自然には……赤ちゃん、できないんだよ」


 ゆいの表情がぴたんと止まった。


「そんな……!」


 目にじわっと涙がたまる。


「こんなに愛し合ってるのに!? なんで!?」

「そこ感情で解決しようとしないで」


 あおいは、泣きそうなゆいの肩にそっと手を置いた。


「落ち着いて。呼吸して」

「してるよ……してるけど悲しい……」

「はいはい。じゃあ説明するね」


 あおいは“冷静モード”に入る。


「私たちはどっちも女の子。

 だから、自然妊娠のプロセスに必要な“役割の組み合わせ”が揃わないの」

「役割……」

「うん。生物は、役割分担で子を残す仕組みになってるから」


「ゆい、生物の授業、出てなかったでしょ」

「出てたよ。でも黒板のイラストが恥ずかしくてノート閉じてた……」

「つまり聞いてないじゃん」


 あおいは短くため息をつく。


「女の子同士の恋はすごく素敵。でも、生物学的には“受け取る側×受け取る側”の組み合わせで、そこには足りないピースがあるの」

「ピース……」

「うん。パズルみたいに、本来なら“はめ込む側”と“受け取る側”がセットになることで、遺伝情報の交換が成立する。

 でも、私たちは“同じ形のピース同士”なの」


 ゆいは指を合わせて、パズルの形を真似する。


「……同じ形同士は、ハマらない……」

「そういうこと」


 ゆいはバサッと布団に倒れ込んだ。


「なんで……なんでゆいとあおいちゃんのピースは同じ形なの……」

「それは知らん」

「世界のバカ……!」

「世界に八つ当たりしない」


 しばらく布団にもぐってじたばたしたあと、ゆいは小さな声で言った。


「でも……じゃあ、ゆいたちは……一生赤ちゃん作れないの……?」


 その問いに、あおいは一瞬だけ言葉を詰まらせる。

 “生物の仕組み”という壁が、ふたりの未来に影を落とした瞬間だった。


 世界は、ときどき残酷だ。


 どれほど愛し合っていても、どれほど毎日「好き」と言い合っても、

 身体は、感情の都合で形を変えたりはしない。


 生物とは、恋よりも法律よりも遥か前からある“仕組み”で動く。

 “子を残す”という設計図は、個人の願いや夢を考慮して作られたものではない。


 だから、願いはぶつかる。

 だから、希望はゆがむ。


 そして、この世界では。

 その齟齬に、とんでもない方法で折り合いをつける仕組みが、ちょうど動き始めようとしていた。

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