第3話 村の英雄は赤ちゃん?
森を抜けた勇者一行が次に立ち寄ったのは、川沿いにある小さな村だった。
村人たちは驚いたように旅装束の彼らを見つめ、やがて噂をひそひそと交わしはじめた。
「あれが……森の魔物を退けた勇者たちか」
「しかも赤ん坊まで戦ったらしいぞ」
「赤ん坊が魔物を光の槍で……ひえぇ……」
アレンは耳に入る村人たちの言葉にげんなりした顔をした。
「おい、なんか変な噂になってないか?」
セレナが赤ちゃんを抱きながらため息をつく。
「きっと森で戦っていたところを誰かに見られていたのね」
ジークが肩をすくめる。
「人の口には戸は立てられぬ、というやつだ」
ミラはにやにや笑いながら赤ちゃんを覗き込む。
「本人はこんなに可愛いのにねー。ほら、にこーってしてるよ」
赤ちゃんは“ばぶー”と声を上げ、小さな手をひらひらと振った。
その仕草に村の子どもたちが「かわいい!」と歓声をあげる。
◆
村の広場では、ちょうど祭りの準備が進んでいた。
勇者一行も宿を取り、束の間の休息を楽しむことにした。
ブリッツは早速屋台の焼き肉串を頬張り、ミラは綿あめを手に跳ね回っている。
セレナは赤ちゃんを抱えながら、ゆっくりと祭りの屋台を眺めていた。
そんな中、アレンは村の長老に呼び止められる。
「おお勇者殿、この村をお救いくださったと聞きましたぞ」
長老は深々と頭を下げる。
「い、いや……助けられたのは俺たちというか……」
アレンは苦笑しつつ視線を横にそらした。
その先には、綿あめを顔じゅうに付けてはしゃぐ赤ちゃん。
長老は感慨深げに頷く。
「やはり勇者の御子もまた、偉大なお力をお持ちなのですな」
「ちがっ……俺たちの子じゃないから!」
アレンが慌てて否定すると、セレナも真っ赤になって両手を振る。
しかし村人たちはにこにこと微笑むだけで、まったく聞く耳を持たなかった。
◆
その夜、祭りもたけなわの頃。
村外れの森から、突如として魔獣の群れが現れた。
「村が襲われてる!」
アレンたちはすぐさま広場から飛び出す。
ブリッツが剣を抜き、ジークが詠唱を始めるが、数が多すぎる。
セレナは赤ちゃんを抱えながら退避を呼びかける。
「村人は避難を!」
だが次の瞬間――赤ちゃんがセレナの腕からするりと抜け出した。
「あっ、また! 待ちなさい!」
セレナが手を伸ばすが間に合わない。
赤ちゃんはおっとりとした表情のまま、村の広場の真ん中で座り込むと、
ふにゃっと笑いながら手を叩いた。
「……ぱち、ぱち……ばぶー」
その瞬間、地面から黄金色の光が奔り、魔獣たちを取り囲んだ。
光の鎖が絡みつき、魔獣たちはたちまち動けなくなる。
アレンたちは呆然と立ち尽くした。
「……ま、まじかよ」
ブリッツが剣を下ろす。
ジークが目を丸くしながら呟く。
「封印魔法……だがこんな高位の術、俺ですら扱えないぞ」
村人たちは勇者一行を見て、歓喜の声を上げた。
「勇者さまたちが村をお救いくださった!」
アレンは苦笑しつつ頭を掻いた。
「いやだから……今回はほとんどこいつのおかげなんだけどな」
セレナは赤ちゃんを抱き上げ、小さな顔を覗き込んだ。
「あなた、いったい何者なの……?」
赤ちゃんはにこにこと笑い、また“ばぶー”と声を出すだけだった。
◆
村の夜空に祭りの花火が上がり、人々の歓声が響く。
勇者一行は焚き火のそばで肩を寄せ合い、無言でその光を見つめていた。
ミラが小声でつぶやいた。
「ねえ、やっぱりこの子が最強なんじゃない?」
アレンとセレナは同時にため息をつき、
「だからそれは言うなってば……」
けれどその夜、村では“赤ん坊まで戦う勇者一行”の噂がさらに広まっていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます