第3話 村の英雄は赤ちゃん?

森を抜けた勇者一行が次に立ち寄ったのは、川沿いにある小さな村だった。

村人たちは驚いたように旅装束の彼らを見つめ、やがて噂をひそひそと交わしはじめた。


「あれが……森の魔物を退けた勇者たちか」

「しかも赤ん坊まで戦ったらしいぞ」

「赤ん坊が魔物を光の槍で……ひえぇ……」


アレンは耳に入る村人たちの言葉にげんなりした顔をした。

「おい、なんか変な噂になってないか?」


セレナが赤ちゃんを抱きながらため息をつく。

「きっと森で戦っていたところを誰かに見られていたのね」


ジークが肩をすくめる。

「人の口には戸は立てられぬ、というやつだ」


ミラはにやにや笑いながら赤ちゃんを覗き込む。

「本人はこんなに可愛いのにねー。ほら、にこーってしてるよ」


赤ちゃんは“ばぶー”と声を上げ、小さな手をひらひらと振った。

その仕草に村の子どもたちが「かわいい!」と歓声をあげる。



村の広場では、ちょうど祭りの準備が進んでいた。

勇者一行も宿を取り、束の間の休息を楽しむことにした。


ブリッツは早速屋台の焼き肉串を頬張り、ミラは綿あめを手に跳ね回っている。

セレナは赤ちゃんを抱えながら、ゆっくりと祭りの屋台を眺めていた。


そんな中、アレンは村の長老に呼び止められる。


「おお勇者殿、この村をお救いくださったと聞きましたぞ」

長老は深々と頭を下げる。


「い、いや……助けられたのは俺たちというか……」

アレンは苦笑しつつ視線を横にそらした。

その先には、綿あめを顔じゅうに付けてはしゃぐ赤ちゃん。


長老は感慨深げに頷く。

「やはり勇者の御子もまた、偉大なお力をお持ちなのですな」


「ちがっ……俺たちの子じゃないから!」

アレンが慌てて否定すると、セレナも真っ赤になって両手を振る。


しかし村人たちはにこにこと微笑むだけで、まったく聞く耳を持たなかった。



その夜、祭りもたけなわの頃。

村外れの森から、突如として魔獣の群れが現れた。


「村が襲われてる!」

アレンたちはすぐさま広場から飛び出す。


ブリッツが剣を抜き、ジークが詠唱を始めるが、数が多すぎる。


セレナは赤ちゃんを抱えながら退避を呼びかける。

「村人は避難を!」


だが次の瞬間――赤ちゃんがセレナの腕からするりと抜け出した。


「あっ、また! 待ちなさい!」

セレナが手を伸ばすが間に合わない。


赤ちゃんはおっとりとした表情のまま、村の広場の真ん中で座り込むと、

ふにゃっと笑いながら手を叩いた。


「……ぱち、ぱち……ばぶー」


その瞬間、地面から黄金色の光が奔り、魔獣たちを取り囲んだ。

光の鎖が絡みつき、魔獣たちはたちまち動けなくなる。


アレンたちは呆然と立ち尽くした。


「……ま、まじかよ」

ブリッツが剣を下ろす。


ジークが目を丸くしながら呟く。

「封印魔法……だがこんな高位の術、俺ですら扱えないぞ」


村人たちは勇者一行を見て、歓喜の声を上げた。

「勇者さまたちが村をお救いくださった!」


アレンは苦笑しつつ頭を掻いた。

「いやだから……今回はほとんどこいつのおかげなんだけどな」


セレナは赤ちゃんを抱き上げ、小さな顔を覗き込んだ。

「あなた、いったい何者なの……?」


赤ちゃんはにこにこと笑い、また“ばぶー”と声を出すだけだった。



村の夜空に祭りの花火が上がり、人々の歓声が響く。

勇者一行は焚き火のそばで肩を寄せ合い、無言でその光を見つめていた。


ミラが小声でつぶやいた。

「ねえ、やっぱりこの子が最強なんじゃない?」


アレンとセレナは同時にため息をつき、

「だからそれは言うなってば……」


けれどその夜、村では“赤ん坊まで戦う勇者一行”の噂がさらに広まっていった。

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