《兄ちゃんの力が必要だ》
「餓鬼って、そんなのないだろう……?」
あまりにもひどい名前を付けられていたものだと葉治は当時の町人に憤慨を示した。しかし餓鬼で今は鬼治丸という名の少年の反応は違う様子だ。
「あぁ、懐かしい。ちなみに兄者は畜生だった。だから畜生って呼ばれていたなぁ」
なんて扱いなんだと考えた葉治は当時の町の人間に憤り、そして納得している鬼治丸の華奢な肩を叩いた。
「おいおい。いいのか、そんな自分を軽視しても? お前やお前の兄さんは双子ってだけで悪人に仕立て上げられていたんだぜ。それを受け止めちゃいけないだろう」
「おいっ、葉治っ! 鬼治丸様にちゃんと敬語を使えっ」
桃葉が境内で茶を啜っている孫息子をたしなめていると、言われた張本人の鬼治丸は軽く笑っていた。それから「だから弥生は兄ちゃんを選んだのかな」などと告げたのだ。
「弥生は俺たち餓鬼畜生を見守ってくれる神の使いのうちの一体だ。でも、ほかにおらや兄者を封印から守ってくれたのは弥生だけじゃない。あと四体居る」
それから数えだすように鬼治丸は唱えだした。「カラス、イノシシ、オオカミ、シカの四体だ。兄者は武運を司る鬼を食らう者だったから、神が使いを四体もくれたんだ」
「でも、お前は一体だけだったじゃん。なんで?」
「……おらは鬼を治める者だからな。ウサギは平穏や安寧を表すから平和の安寧を司ったんじゃないかって言われているんだ」
葉治と鬼治丸が話し込んでいると桃葉がおずおずといった具合で茶を啜っている少年へ話しかけた。「それで、あの、鬼治丸様。鬼道丸様が目覚めたということは、……この世に災厄が起こると考えてよろしいでしょうか?」桃葉の言葉に鬼治丸は深刻そうな顔をした。そして葉治を見やる。
「さっき言っただろう。兄者は鬼と化している。おらが死んでから鬼と化して、そして無慈悲な罪で殺された。……兄者はそれが憎くて堪らないんだ。そのすべてを供養する必要がある」
「……祠を建てても足りないのか」
「あぁ。それでも兄者の心は救われない、――そこでだ」
鬼治丸が境内から崩れてしまった兄の祠を見て、問いかけるように見やる。どこかで兄と対話しているかのように葉治はふと思った。鬼治丸は境内を飛び出した。葉治も桃葉も湯呑を置いて一緒に向かう。
鬼治丸は言い放った。「それにはおらの力が必要になるんだ。いや、おらだけじゃない。弥生が力を認めた神職が兄者の心の闇を祓う必要がある」すると鬼治丸は葉治を見て、悪戯な笑みを零した。
「兄ちゃん、いや……葉治。お前の力が必要だ。お前が兄者を救うんだ」
「えっ、はっ? いや、話が見えないんだけど……?」
突然話を振られたので葉治はギョッとしていた。というよりも、確かに今やどら焼きを食べてゴロンと眠っている白兎の弥生ではあるが、先ほどは白い短刀になったのだ。その姿はまるで雪ウサギ、いや、氷ウサギと言っても良い。
しかしそれは単なるまぐれとしか葉治は見えない。自分にいったい何ができるのだろうと思うばかりだ。しかし桃葉は違っていた。
「おおっ! それではこのバカ息子を神職者として見出す、というわけですね。いやぁ~。こいつは渋るものなので助かりましたよぉ」
「おい、くそじじい。なに話を進めているんだよ。俺は別にこの神社を継ぐつもりはねぇって」
「それでは決定ですな、鬼治丸様! 未熟者ではございますが、こやつもやってくれると思います。力になれば幸いです」
いやいや話を進めるな、と思っている葉治と状況を愉しんでいる鬼治丸の姿がそこにあった。そんな三人に空が曇天の姿と化した。「……序盤のお出ましか」
鬼治丸が葉治を引き寄せたかと思えば引っ付いた。そして「弥生っ!」と白兎を呼んで弥生を自身に同化させる。そして透明な姿となって葉治の身体に入り込んだのだ。
「な、なんだこれは……?」
桃葉は驚愕した。自分の孫息子である葉治に異変を感じたのだ。そう、葉治は鬼治丸に憑依されたのである。「……よし。相性は良いみたい、だな」
紡いだ言葉は二重の声が聞こえた。それは鬼治丸の声が重なった葉治の声だ。しかし憑依された葉治の瞳が真紅に燃え上がっている。鬼治丸に憑依された葉治の片手には白く冷たい短刀が握られていたのだ。
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