第25話 調査開始、自己紹介

 北門を抜けた一行は、そのまま山岳地帯へと足を踏み入れた。


 舗装された街道はすぐに終わり、岩と砂利が剥き出しの獣道へと変わる。道の両脇には、かつて鉱夫たちが使っていたであろう、錆びついたレールや崩れかけた木製の支柱が点々と残されていた。


「……ここから先は、完全に“死んだ土地”だな」

 クロが周囲を見回しながら呟く。


 草はまばらで、風が吹いても葉擦れの音すらほとんどしない。

 静かすぎる――それが、かえって不気味だった。


 隊列は、ガイルPTが先頭。

 少し距離を取って、カインPTが外周と先行索敵。

 中央に、俺たちレオンPTが入る形になる。


 先行していたカインが、低い姿勢のまま手を上げた。


「……このあたり、獣の足跡が多すぎる」

「しかも新しい。今日か、せいぜい昨日だ」


 言われてよく見ると、泥と砂利の間に、大小入り混じった無数の足跡が重なっている。

 狼のようなもの、小型の魔獣、そして――明らかに人型のものまで。


「統制が取れてない……」

 レオンが低く言った。

「“誰かに追い立てられている”か、あるいは……」


「……上位の魔物に、縄張りを荒らされたかだな」

 ガイルが静かに続ける。


 その言葉に、ミナが小さく息を呑んだ。


「大型魔物が……本当に、ここに」


「間違いないだろう」

 ガイルは確信を帯びた声だった。

「この荒れ方は、自然発生ではない」


 小休止のため、一度だけ隊列が止まる。


 その間に、互いの技量と役割を、もう少しだけ具体的に確認することになった。


 最初に口を開いたのは、ガイルPTの魔術師――セラだった。


「私は炎・雷系の中級魔術が主力です」

「拘束は得意ではありませんが、範囲殲滅なら任せてください」


 続いて、弓の狩人リィナが言う。

「私は後方八十メートルまで有効射程」

「大型相手でも、関節と目は狙えるわ」


 剣士のバルドは、軽く剣を鳴らした。

「近接の乱戦と、隙突きが役目だ」

「前が崩れたら、俺が穴を埋める」


 それを聞いて、レオンが俺たちを代表して簡単に説明する。


「ショウタは前衛兼高速移動」

「幻歩を使える」

「ミナは回復と簡易結界」

「クロは遊撃と処刑役だ」


「……聞いている」

 ガイルは短く頷いた。

「幻歩持ちがいるのは、大きい」


 ギルドの噂は、すでにここまで届いているらしかった。


 次に、カインPT。


 カインは、いつもの軽い口調で言う。

「俺は索敵と撹乱が本職」

「正面戦は、出来るだけ避けたい派だ」


 回復術師のフェルナが、少し緊張しながら続ける。

「単体回復と応急処置が主です……」

「大規模回復は、準備時間が必要です」


 最後に、獣人のガロが短く言った。

「槍、速い」

「囮、得意」


 ガイルは全員の話を聞き終え、地面に描いた簡易地図を見下ろしながら言った。


「これで、お互いの役目ははっきりしたな」

「無茶はするな。だが、躊躇もするな」


「……難しい注文だな」

 クロが小さく苦笑した。


 再び進み始めて、ほどなく。


 異変は、音ではなく“匂い”で訪れた。


 鉄の匂い。

 新鮮な血と、湿った土の臭気が混じった、鼻の奥にまとわりつくような匂い。


「……血だ」

 リィナが、低く告げる。


 斜面の陰に、倒れた魔獣の死骸があった。

 小型の狼型魔物が、三体。


 だが――

 どれも、食い散らかされた様子はない。


 骨は砕かれ、胴は押し潰され、まるで“踏み潰された”ような死に方だった。


「……力任せ、すぎる」

 レオンが唸る。


 クロが、死骸の傷口を一瞥して呟く。

「爪でも牙でもねぇ……」

「“打撃”だ。しかも、相当な質量の」


 その言葉に、全員が無言になる。


 ガイルは、ゆっくりと立ち上がり、遠くの廃鉱山の影を見据えた。


「……間違いない」

「この先にいるのは、“踏み殺す”タイプの化け物だ」


 その瞬間――


 鉱山の奥、まだかなり距離があるはずの場所から、


 ――ズゥン……ズゥン……。


 地鳴りのような、鈍く重い振動が、かすかに大地を伝ってきた。


 誰も、口を開かない。


 だが、全員が同じものを想像していた。


「……歩いてる」

 ミナが、かすれた声で呟いた。


「まだ、こっちに“気づいていない”だけだな」

 ガイルは低く言った。

「だが、近い」


 俺は、思わず剣の柄を強く握った。


 姿は見えない。

 名前も、まだ知らない。

 だが――


 “それ”は、確かに、この山のどこかで動いている。


 そして、俺たちは今、その領域へと足を踏み入れている。


 赤封依頼――

 その“本当の重さ”を、全員がようやく実感し始めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あまりに残酷で幻想な大地で、僕たちは優しさの使い方をまだ知らない @kanata_amaama

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画