第23話 赤封の依頼、未知の敵
夕刻の喧騒が少しずつ引いていく中、ギルドの掲示板に貼られた一枚の赤い張り紙は、異様な存在感を放っていた。
紅色の封蝋。
太い黒字の文字。
《複数PT合同・緊急討伐要請》
《対象:大型魔物》
《場所:北東山岳地帯・廃鉱山周辺》
《報酬:銀貨百枚以上(分配)》
「……いきなり、跳ねたな」
クロが低く呟く。
ミナは思わず息を飲んだ。
「ひゃ、百枚……?」
レオンは腕を組み、張り紙をじっと見つめている。
「場所が悪い。廃鉱山周辺……魔物が棲みつくには、十分すぎる条件だ」
俺は無意識に喉を鳴らした。
銀貨百枚。
今までの依頼とは桁が違う。
それだけ――“危険度も別格”ということだ。
「どうする?」
クロが俺たちを振り返る。
少しの沈黙が流れた。
だが、誰も“やめよう”とは言わなかった。
レオンが静かに言う。
「俺は、受けるべきだと思う」
「え……?」
ミナが不安そうに聞き返す。
「今の俺たちの実力を、あれ以上は“机上”で測れない」
「実戦でしか、分からない領域に来ている」
その言葉に、クロが小さく笑った。
「つまり……試金石ってわけだな」
レオンは頷いた。
「生き残れるかどうかを測る試金石、だ」
全員の視線が、自然と俺に集まる。
俺は、剣の柄に触れた。
七日間の修行。
ゴブリンとコボルトの連戦。
確かに、俺たちは強くなった。
――だが、“大型魔物”は別格だ。
「……逃げないって、決めました」
ミナが、小さく、でもはっきり言った。
クロも短く言う。
「やれる。今の俺たちなら」
最後に、レオンが俺を見る。
「ショウタ。指示役は俺がやる。だが……最前線は、お前だ」
俺は一度、目を閉じて――そして、開いた。
「……受けましょう」
「全員で、生きて帰る前提で」
レオンは、満足そうに小さく頷いた。
カウンターに向かい、レオンが赤封の受付を済ませる。
受付の男は、証書を差し出しながら低い声で言った。
「覚悟はいいな。今回の対象は――“単体で小隊を壊滅させた”報告がある」
ミナが小さく息を呑む。
「正体は未確認だが、現地の生存者証言では――」
「“巨体”“異様な再生能力”“咆哮で周囲の魔物が活性化”」
クロが眉をひそめる。
「……厄介そうだな」
「合同PTは三組。集合は明朝、北門」
受付の男は淡々と告げた。
「出発は日の出だ」
俺たちは証書を受け取り、無言でギルドを後にした。
*****夜の街*****
街の通りは、いつも通りに賑やかだった。
酒場の笑い声。
行商人の呼び声。
子どもたちの駆け回る足音。
だが、俺たちの胸の内は、どこか静まり返っている。
「……正直」
ミナが、ぽつりと言った。
「さっきまで、銀貨二十五枚で喜んでいたのに……」
「百枚って聞いた瞬間、現実感が消えたな」
クロが皮肉っぽく笑う。
レオンは夜空を見上げ、静かに言う。
「報酬は、命の値段だ。高いほど、賭ける命も多い」
俺は黙ったまま、歩き続けた。
拠点に戻ると、すぐに装備の確認に入った。
クロは刃こぼれを研ぎ直し、革鎧の留め具を締め直す。
レオンは回復触媒と魔力結晶の残量を数え、呪譜を確認する。
ミナは杖の先端に刻まれた魔術紋をなぞり、何度も深呼吸をした。
俺は、自分の剣を膝の上に置き、静かに刃を撫でる。
ゴブリンも、コボルトも――
こいつが斬ってきた。
だが今度の敵は、
その“さらに向こう側”だ。
*****深夜*****
明かりを落とした部屋で、誰もすぐには眠れなかった。
ミナが、小さな声で言う。
「……明日、死ぬ可能性も……ありますよね」
重たい沈黙。
だが、レオンははっきりと答えた。
「ある。だが――だからこそ、全員で生きるために行く」
クロが短く笑った。
「死ぬ前提で剣は振らねぇ。勝つ前提で振るんだ」
三人の視線が、俺に集まる。
俺は、静かに息を吸い込んで言った。
「……俺は、“守るために前に出る”って決めました」
「それが大型でも、変わりません」
ミナが、安心したように小さく笑う。
*****夜明け前*****
外が薄く白み始めた頃、俺たちは荷を背負って立ち上がった。
北門へ向かう道は、まだ人影もまばらだ。
冷たい朝の空気が、肺に沁みる。
――赤封の依頼。
初の、合同PT。
初の、大型魔物。
この一戦で、
俺たちが“どこまで来たのか”が試される。
「……行こう」
レオンの一言で、全員が頷いた。
俺たちは並んで、北門の影へ足を踏み出す。
そこで待つのは――
大量の銀貨か、
それとも、命を賭けた地獄か。
本当の“次の段階”は、すぐそこまで迫っていた。
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