第13話 託す銀貨、それぞれの道

 夜。討伐を終えた九人は、ギルド近くの酒場に集まっていた。

 木製の長机に並ぶ酒と料理。昼の戦場とは別の、少し賑やかな空気が漂っている。


「まずは――無事を祝って」

 ユースが控えめに杯を上げる。


「「乾杯!」」


 木でできた杯の音がカコンッと重なり、張り詰めていた緊張がようやく溶けていった。


 ガルドは豪快に酒をあおり、ハーグは静かに肉を切り分けている。セラは少し離れた席で弓の手入れをしながら、時折こちらを見るだけだった。


 リリィはミナの隣に座り、湯気の立つスープを差し出す。

「ミナちゃん、ちゃんと食べないと」

「……うん。ありがとう」


 レオンは卓の中央で、今日の戦いを簡潔に振り返った。

「前衛の盾が安定していたのが大きかった。ガルド、助かった」

「当然だ」

 太い声で即答する。


「中衛の連携も良かった。ハーグの槍がなければ、ゴブリンを押し返しきれなかった」

「役割を果たしただけさ」


 ユースは少し照れたように笑った。

「回復は最低限だったね。もっと余裕があれば、前に出る人たちをもっと支えられた」


 クロが低く呟く。

「……いや、十分すぎるほどだった」


 俺も頷く。

「ユースがいなかったら、何人かは怪我が深くなってた」


 ユースは一瞬だけ驚いた顔をして、少しだけ嬉しそうに微笑んだ。


*****数時間後*****


 酒が進むにつれ、その時間が“終わりに向かっている”ことを誰もが感じ始めていた。


 ユースが静かに立ち上がる。

「……そろそろ、僕たちは行くよ。明日も依頼が控えている」


 その言葉で、場の空気が少し引き締まった。


 ミナとリリィは立ち上がり、しっかりと向き合う。

「また……一緒に依頼、行こうね」

「……うん。絶対」


 ハーグはレオンに軽く頭を下げた。

「いい指示だった。また組めるときは、あんたの下で戦うのも悪くない」

「……その時は、もっと強くなっておく」


 ガルドはクロの方をじっと見てから、短く言う。

「次に会うときは、もっと面白い戦場にしろ」

 クロは無言で頷いた。


 そして、ユースはクロの前に立つ。

「……クロ、少し、いいかな」


 クロは怪訝そうにしながらも前に出る。


 ユースはローブの胸元に手を当て、静かに詠唱を始めた。


「癒しの光よ、傷つきし者に宿れ――」


 淡い光がユースの手から放たれ、クロの肩から腕、胸へと流れ込む。

 これまで鈍く残っていた古傷の痛みが、ゆっくりと消えていくのが、見ているこちらにもわかった。


「これは……」

 クロが小さく息を呑む。


 光が消えたあと、クロは何度か腕を動かした。

「……違う。今までの“治療”とは、まるで違う」


 ユースは少し照れたように笑った。

「餞別だよ。完全回復には、ちょっと無理をしたけど……今の僕にできる、精一杯だ」


「……借りは、大きいな」

「いつか、また戦場で会えたら、それで十分」


 それが、二人の別れの言葉だった。


 ユースたちが酒場を去ったあと、俺たちはしばらく無言で席に残った。


 卓の上には、今日の報酬――分配された銀貨が並べられている。


 レオンが一枚一枚、丁寧に数える。

「……今日の報酬は銀貨十枚」


 俺たちは、その数字の重さを噛みしめた。


「師匠の元で修行するために必要な金は?」

 俺が尋ねる。


「一人あたり銀貨五枚」

 レオンの声は静かだが、現実そのものだった。


 今日の報酬を等分せずに、二人に使えば、二人は修行が開始できることが容易に理解できる数字。


 沈黙が落ちる。


 ミナが小さく口を開いた。

「……私、戦力になるんだよね」

「もちろんだ」

 レオンは即答した。

「回復と同じくらい、支援も重要だ。ミナは……このPTの要になる」


 そして、レオンは少しだけ目を伏せた。

「だから――俺とミナが、先に師匠の元へ行く」


 俺とクロは、顔を見合わせた。


「悪いとは言わない。回復と支援。この二人が強くなれば、PT全体の生存率が跳ね上がる」

 レオンが続けてそう言った。それは、誰にでも分かる判断だった。


「……俺たちは?」

 クロが低く問う。


 俺は、腰の袋を解いた。

 中に入っているのは、これまで貯めてきた銀貨と銅貨。


「クロ。これ、全部持っていけ」


 袋を逆さにすると、硬貨が静かに卓の上へ転がる。

 PTの貯金とクロの手持ちを合わせると、銀貨五枚に届くだろう。

 

「……ショウタ」

「お前も、師匠の元へ行け。完全回復した今なら、無駄にはならない」


 クロは、しばらく動かなかった。

「……お前は?」

「俺は――別の道で、強くなる」


 クロは、銀貨と俺の顔を交互に見たあと、ゆっくりと銀貨を袋に戻した。

「……必ず、追いつく」

「ああ。七日後だ」


*****訓練場跡*****


 その夜、俺は一人で街外れの訓練場跡へ向かった。


 そこに――いた。


「久しぶりね、ショウタ」

 月明かりの下で微笑む、幻闘士アヤの姿。


「……また会えたな」

「顔に書いてある。“修行したい”って」


 俺は頷くだけで答えた。


「仲間との再会は七日後ね?」

 アヤは腕を組み顎に手を当てて少し考えるそぶりを見せる。そして、口を開いた。

「いいわ。七日間、私が徹底的に叩き直してあげる」

「望むところだ」


 こうして――


 レオンとミナは師匠の元へ。

 クロも、遅れて師匠の元へ。

 そして俺は、アヤのもとで修行に入る。


 再集合は――七日後。


 その時、俺たちはどれだけ強くなっているのか。


 今はまだ、誰にも分からない。

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