第2話ラブラブモード炸裂

――あれから一週間。

救難信号は虚空へ吸い込まれ、

修理は部品が存在しないせいで進まず、

近くのコロニー反応もゼロ。


「詰んだな……」


シャピは椅子に沈み、人生諦めモードに入っていた。


ふと思う。


「……メリー……」


自分が世話していたヤギ。

ログによれば、脱出ポッド乗船済み。


(俺より優先されてんじゃねぇか……)


胸が痛い。色んな意味で。


視線を横に向けると、クリスがいる。

あいかわらず微笑んだまま、無駄のない動きで床を磨いている。


友達でもなく、知り合いでもなく、ただの完璧な機械。


(……そういえば……)


記憶の底から、乗組員たちの噂が浮かぶ。


「クリス、アンドロイドのくせに最高だぜ!」

「クリス、どんなことだってできるじゃん!」


いやいや、興味湧くだろそれ。


(……臨時クルーの俺だけ混ぜてもらえなかったし……

一回くらい……確認……確認だ。うん。確認。)


言い訳の質は最低だった。


「クリス、こっち来て」


「了解。移動します」


クリスは指示通り、一定距離まで近づく。

その淡々とした動きが、不思議と色気を持って見えてしまうのが腹立つ。


シャピはクリスの背中のパネルを開き、操作を開始した。


「えーと……男女の親密モード……」


スクロールした瞬間、目を疑うようなアイコンが視界に入る。


《夜のラブラブモード》


「ぐふふふ、これだな」


理性が止める前に、指が押した。


ピッ。


クリスの瞳が一瞬だけ光り、声音が変わる。


「設定確認。ユーザー要求:親密接触。プロトコル統合を開始します」


「お、なんか雰囲気かわったぞ」


照明がピンク色に変わり、船内スピーカーから妙に大人向けの音楽がながれ出す。


クリスは僕の身体に淡々と手を伸ばす。


「では、開始します」


クリスが背後に回り込み、俺をガッチリ固定してきた。


《ガシッ》


「え?どうして君が後ろになるの?逆じゃないの!?」


「安全のためです。動かないでください」


「停止する場合は背面パネルから操作してください」


「手、手がとどかない!! 腰が! 腰がぁぁぁ!! 待てって、クリス!」


――三時間後。


俺は床にへたり込み、腰をさすりながら、虚ろな目で呟いた。


「……さすが軍事用アンドロイド 手加減がない……」


船内には静寂と、シャピの消えかけた意志だけが残った。


クリスは通常モードに戻り、何事もなかったかのようにモップを再開する。


「以上、処理完了。ログを保存します」


床に倒れたまま、シャピは虚空を見つめた。


世界は広い……まだ知らないことがたくさんあった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る