後編 曲洗結幸

「そういうところが」

 及染おいそめカエデが顔全体をゆがませ、歯ぎしりする。

「どういうところ? 具体的に言ってよ。カエデに嫌われたくないから教えてくれれば……いくらでもなおしてあげる」

「そうやって中村なかむらくんも」

「だって……わたしが大好きで本当に男の子に興味のなかったカエデがほしがるぐらいだもん。ほしくなるのは当然じゃない?」

 彼姫かれひめサクラがかわいらしく笑う。

 表面だけは恋する乙女のように見えるがその中身はどす黒いものがつまっていた。


「そういえば、カエデには中村くんとどんなことをしたのか教えてなかったね」

「知りたくない」

「動揺したらダメだってば……今からわたしが言うことのどれかをカエデが本当にロマンチックだなと思えればハトハトちゃんの儀式を」

「気持ち悪い。サクラなんか死ねばいいのに」

「それ本音?」

 自分の着ている黒を基調としたセーラー服ごしに及染カエデが右手で胸を押さえつける。

 黒のショートカットの彼女の呼吸音がはげしく、大きくなった。


「本音みたいだね……残念」

「なんで、あんたみたいな女を中村くんが」

「わたしがかわいすぎるうえに、えっちな中村くんがしたかったことを全部やってあげたからかな?」

「うそ」

「本当だってば、中村くんの感じやすいポイントを今からカエデに教えてあげる……まずは」

「まじで死ね」

 及染カエデの身体が大きくびくつき、前のめりに倒れていく。体重が軽いからかそれほど派手な音は空き教室内に響かなかった。


「ハトハトちゃんはいるみたいだね、カエデ」

 遺体となったであろう及染カエデを、彼姫サクラがひっくり返しあおけにする。

「本当に死んでいるね」

 黒のショートカットの彼女のやわらかそうな唇に手をちかづけ呼吸をしてないことや心臓がとまっているのを茶髪のセミロングの彼女が確認していた。

「そんな目で見ないでよ……てれちゃうじゃん」

 遺体となった及染カエデのまぶたを彼姫サクラが閉じた。


「あーあ、カエデが死んじゃった。本当にカエデが男の子だったら付き合いたいとか思っていたのに」

 彼姫サクラがひとりごとを口にする。

 うずくまって……すすり泣く声をはっしはじめた。

 しばらくすると。

「ねえ……こんなにかわいい女の子が友達のために泣いているんだからさ。男の子だったらなぐさめにくるのがふつうじゃない?」

 そう……こちらに向かって声をかけてきた。

 反応はしなかった。彼姫サクラにバレていることなんて絶対にありえ。


「さっきからきみに話しかけているんだけどなー、カエデのストーカーのとうくん」

 ぼくはゆっくり立ち上がり、空き教室の扉をスライドさせて中に入った。

「やっと出てきてくれた」

「いつから気づいていたんだ?」

「今日の昼休み。わたしのほうがカエデよりも他人からの視線にかんして敏感びんかんだったことが佐藤くんの運のき」

 というか、むしろラッキーかな? こんなにかわいいわたしと付き合えるんだから……と彼姫サクラがおかしなことを言う。


「わたしと恋人同士になるなんてありえない、とか言いたそうな顔だね」

「当たり前だろう。お前みたいなやべーやつと」

「んー、やべーのは佐藤くんもじゃない? なんでナイフなんかもっているの?」

しんようだよ。お前みたいなのを」

「やめたほうがいいよ。佐藤くん……この空き教室に入ってきちゃったからさ。ハトハトちゃんに魅入みいられている? 感じなので」

 彼姫サクラにナイフをふりおろそうとするも身体が動かなくなった。


「そもそもの問題だったか。人知をこえているハトハトちゃんもカップルを自分の力では別れさせたくないみたいだね」

 にやつきつつ彼姫サクラは女っぽいやわらかそうな唇を動かす。

「殺してくれたほうがマシだったよ」

「そんなこと言わないでよー。せっかく恋人同士になれたんだからさー。そうだ! 佐藤くんのやってほしいことなんでもしてあげるよ」

「今すぐ死んでくれ」

「レベルの高いツンデレだね」

「まぎれもない本音だぞ」


 正直に気持ちを伝えるも彼姫サクラはまるで動揺しない。

 むしろ、よろこんでいる様子。

 おそらくマゾヒストも真っ青になるレベルの変態ぶりだった。

「ちょっと貸してね」

 彼姫サクラがナイフをぼくのナイフを奪った。

 ねがいどおりに死んでくれるのかと思ったが……友達だったはずの及染カエデをきっている。

「なにをしているんだ?」

「えっ……見てわからない? カエデの身体の皮をもらおうとしているんだけど、プロに頼んだほうがきれいにやってもらえるか」


 ちらちらと彼姫サクラがこちらを見てくる。

「貸してみろよ」

「わーい、やったー」

 本当の……と呼べるような恋人とやらが存在するのかは知らないが、そういう相手であれば今の彼姫サクラの言葉もうれしく思えたのかもしれない。

ぎわがいいね。さすがは男の子だ」

「それで、この皮をどうするんだ?」

「わたしがかぶるんだよ」

「正気か?」

「まじまじ。だってそうしたほうが佐藤くんもよろこんでくれるでしょう」


 どん引きするの間違いだろうが、彼姫サクラなりに恋人のぼくにつくそうとしているんだと思う。

「たしかに及染カエデの見た目は好みだが……わざわざその皮をかぶる必要はない。彼姫サクラの見た目も別に嫌いというわけでもないしな」

 あと、ハトハトちゃんとやらの存在の不思議な力のせいかもしれないが。

「だったらキスしよ。恋人同士なら簡単でしょう」

 向かい合わせになっている彼姫サクラが、両手をそれぞれに恋人つなぎをさせてきた。


 お互いの手は及染カエデの血でぬるついているが意外と不快な感覚はなく、少しだけ気持ちがいい。

 彼姫サクラが両手をそれぞれに恋人つなぎをしたまま顔をちかづけてくる。

 女のかたちをしているだけの肉のかたまりをぼくがちゃんとした異性と認識する日がくるとはな。

 彼姫サクラと唇をかさねる。

 ハトハトちゃんとやらの存在の影響か……ぼくは彼姫サクラのことを。

「サクラ」

 本当の恋人のように呼んでいた。

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ナイフをもった王子さま 天和 あかり @tennhouakarijannkayo

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