美税を課される白雪姫 prelude

ベンゼン環P

1. アニメを視聴する白雪姫

「うわ〜……」

 自宅の居間にて、白雪はテレビに向かって目を輝かせていた。

 画面の中では古めかしいタッチのアニメが流れ、ドレスを着た女性が体を揺らしながら歌を歌っている。そんな彼女を7人の小人が取り囲み、うっとりとした表情で眺めていた。

 白雪も思わず、正座をしたまま歌に合わせて肩を揺らしてしまう。


「白雪、ちゃんと離れて見なさいよ」

 台所で夕飯を支度中の母の須美すみが、白雪の姿も見ずに言う。 

「は〜い」

 テレビに釘付けの白雪の目にも、母の姿は映っていない。生返事だけしてその場から離れようとしなかった。

 それどころかテレビへ吸い寄せられるように、上半身が前のめりになっていく。


「全くしょうがないねぇ、この子は……」

 白雪の背後からしわがれた声がする。そして白雪はひょいと持ち上げられてしまった。

「わっ!」

 叫びつつ足をばたつかせて抵抗すると、ワンピースにあしらわれたフリルがひらひらと舞う。


「あ~ん、おひめさまが〜……」 

「もう何回も見ただろう。少し離れたからってお姫様は逃げたりしないさ」

 声の主は祖母の有枝ありえだった。

 白雪は座っていた場所から1m程下がった場所に下ろされ、祖母がぎゅっと抱きしめてくる。


 白雪は今年5歳となり、あさぎり幼稚園の年中、なずなぐみに所属している。

 なずなぐみでは、年末に開催されるおゆうぎかいでしらゆきひめの劇を演じることになっていた。

 白雪は当然のように、しらゆきひめの役をやりたいと手を上げた。

 なずなぐみの園児達は男女問わず、白雪の配役に異論を唱えることは無かった。

 一方でおうじさまの役を誰がやるのかについて、男児の中で揉めに揉めたようだ。


 ここのところ、白雪はテレビにかじりつく生活を続けていた。

 白雪姫は元々好きな映画であったが、見るたびに新しい発見がある。

 故にこうして水を差す祖母に、少しばかり苛立ちを覚えてしまうのだった。

 

「おばあちゃんはわたしがおひめさまになれなくていいの?」

 背中に祖母の温もりを感じながら首を傾げる。 

「な~に言ってんだい。白雪は私のお姫様だよ」

 有枝はその頭をぽんぽんと優しく叩く。

 

「う〜ん……。でも、おばあちゃんじゃおうじさまになれないよね?」

「おや、私じゃ不満かい?」

 有枝は目を丸くする。

「おばあちゃんというか、まわりのこたちひっくるめてふまんなの。せいぜいこびとさんってところ?」

 幼子特有のの残酷さというべきか。

 一体誰に似てしまったのかと、有枝は呆れてものが言えなくなる。

 

「わたしがおひめさまになれば、おうじさまがきてくれるでしょ?」

 白雪はたたみかけるように言う。


「その通りよ! 白雪はお姫様にならないといけないの!」

 不意に有枝の腕から白雪の体が奪い取られた。

 いつの間にか料理の手を止めた須美がやって来たのだ。


 ――こいつのせいか……。

 有枝は心の中で毒づく。

 

「白雪の名前だって、本当は白雪姫にしたかったのにねぇ……」

「え〜!? ほんとに!? わたしもしらゆきひめがよかったな〜」

 白雪はぷくっと頬を膨らませた。

「全く誰かさんが止めるから……」

 須美は白々しく有枝を横目に見てくる。

 

 須美は有枝の実の娘に当たる。

 そして白雪は須美の第一子で、有枝にとっては初孫だった。


 白雪の誕生直後。義息となる新羽しんばは須美に託されたメモを持って市役所に赴こうとした。しかし有枝の直感が閃きそのメモを分捕った。


『白雪姫』


 その三文字しか書かれていなかったが、有枝は全て察した。そして新羽を問い質した結果、今の白雪の名前に落ち着いた。


 それ以来、須美と有枝の関係には不和が生じることとなった。たまにこうして娘夫婦の家に訪問し、孫の様子を見に来ることは許されてはいるものの、須美は何かにつけて有枝に突っかかって来る。

 新羽も須美に相当なじられたようだ。離婚するほどではないが、第二子を儲けようと言う話も上がらない。

 

「白雪は姑に流されない王子様を捕まえないとだめよ。姑は継母ままははよりも厄介だから」

 わざわざ白雪姫になぞらえて有枝を非難してくる。

 しかし、須美は発言のおかしな点に気づかないらしい。

「しゅーとめ?」

「姑って言うのはね、奥さんのお母さんのことよ。だから白雪の将来の王子様にとっては……、あれ?」

 須美も気づいたらしく、はっとした様子で口を手で覆う。


「そりゃあんたのことだろうが!!」

 有枝はここぞとばかりに突っ込んだ。


「ほら見なさい白雪。あれが姑よ。ほんとに醜いわよねぇ……」

 須美はそう毒づくと、白雪を抱えたまま有枝にそっぽを向け、居間の外へと連れ出そうとする。


「あ~!! まだアニメおわってないのに〜!!」

 白雪の叫びも虚しく、バタンという乱暴な音とともに2人はドアの向こう側へと消えてしまった。


 後には呆然と立ち尽くす有枝と、光り続ける液晶画面が取り残された。

 白雪姫がリンゴを食べ、床に崩れ落ちる。

 画面の中では、そのようなシーンが繰り広げられているところだった。

 有枝ははぁとため息をつく。


 映画の白雪姫に降りかかった災難は、理不尽な嫉妬によるものだ。

 一方でこちらの白雪は、自らトラブルを呼び込みかねない。母親の英才教育の賜物だ。

 

「白雪、お姫様に憧れるのはいいが、妙な厄介事に巻き込まれないでおくれよ……」

 孫に向けた切な願いであった。

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2025年12月15日 05:50
2025年12月22日 05:50
2025年12月29日 05:50

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