幼なじみは猫又さん。

かざみまゆみ

猫又さんと心霊現象

「ふぁ……」


 思わずあくびが漏れた。

 目に映る校庭の木々は、若葉の季節を迎え、風に揺れながら生命の力を見せつけている。

 俺は教室に差し込むまぶしい日差しの中、襲い来る眠気と格闘中だ。


(昼飯食った後の現国と陽だまりの教室は寝るためのモノ……)


 教室内に目を向けると、周りの同級生たちも睡魔と戦っているようだった。


(だめだ、寝る)


 俺は眠気に負け、目を閉じようとした。


 ガツン。


 椅子を蹴り上げられる衝撃で目を覚ました。

 先生にバレないようにそっと首を後ろに向けると、後ろの席で黒髪の少女が俺のことを睨み付けていた。


 手には「寝るな!」と書かれたメモを持っている。

 俺はそれを無視して二度寝の態勢に入ろうとしていた。


 ガツン。


 今度は直接ケツを蹴られた。

 振り返ると少女が「寝させない!!」を書いたメモを手に睨んでいる。


「ふぁ~」


 俺は大きくあくびをすると、校庭に視線を移した。

 グラウンドでは俺たちと同じ一年生のクラスがサッカーをやっている。


(平和だ……)


 ふと俺の視界に小さな黒い物が入ってきた。

 足元を見ると、黒いモヤを纏った子犬ぐらいのサイズの人らしきモノが歩いている。


小鬼ゴブリンか……)


 最近は西洋風の妖怪も増えてきたな。

 妖怪は人間の恐怖や意識が具現化したモノだと言われている。


 これだけ小説やアニメで西洋風のファンタジーが流行っている以上、恐怖の対象が古来からの妖怪ではなく最近の妖怪や怪物に取って代わってもおかしくは無いんだよな。


 俺はポケットから小さな張子はりこのお守りを取り出すと、紐を摘まみユラユラと揺らして見せた

 小鬼が振り返ると、顔を引きつらせて逃げ出していった。


 俺はまたあくびをすると、校庭を見下ろす。

 相も変わらずサッカーの歓声が聞こえる。


(平和だ……)


 そう呟いた時、チャイムが鳴り響いた。

 だが、俺の平和も長くは続かなかった。

 放課後の鐘の音とともにそれはやって来た。


 ○△□


「あの……柴君。ちょっといいかな?」


 俺が帰り支度をしていると、一人の女の子が声をかけてきた。


 ――久松葵ひさまつあおい――


 たしか水泳部の子だ、ショートヘアが少しだけ塩素焼けしている。


「久松さん、な……何か用?」


 ドキンと心臓の音が高まるのを感じた。


「えっと、変なこと聞くんだけど……」


 彼女はキョロキョロと教室内を見回すと、誰もいないのを確認して安心したようだ。


(このパターンはまさか告白?)


 俺はそんな少女の肩越しに、こちらをじっと見ている視線を感じた。

 おそらく教室の外。廊下のさらに遠くからこちらの様子を見つめている……。

 その視線を感じて、俺は頭から冷や水を欠けられた気持ちになった。


「もしかしてだけど、柴君って見える人だよね?」


 なんらかの確信を持って、久松はすがるような目で俺を見つめた。


(あ、俺のトキメキ終了。やっぱりこれ系のお話ね……)


 俺は頭を抱えそうになった。が、今は久松と向き合わなければいけない。


「何でそう思うのかな?」

「だって、さっきから私の右肩ばかり見てるよね……。コレ見えてるんじゃないの?」


 久松の体が小刻みに震えている。目には涙がたまって今にも泣き出しそうだ。

 そう、俺には先ほどの視線とは別に、彼女の右肩に黒いモヤのような物が乗っているのが見えている。


 俺に見えているのはそれだけで、その他には何も見えない。

 もちろん、彼女にはどういう風に見えているかは分からない。

 人によって霊の見え方は違うのだ。


 ハッキリ見える人間もいれば、全く見えない人間もいる。もちろん中途半端に見える人もいる。


(この子はどの程度だろうか?)


「久松には何が見えているのかな?」

「男の人の手が……」


 彼女が唾を飲み込むのが分かる。


(えっ、ヤバっ。この子、俺よりもハッキリ見えてんじゃん……ちょっと引くわ)


 俺は脇汗が流れるを感じた。


「最初は右肩が重くて、泳ぎすぎで疲れているのかなって思っていたんだけど、だんだん黒いモヤみたいなのが見えるようになってきて……。気がついたら男の人の手が肩を掴むようになって」


 俺は無言で頷き、話の続きを促した。


「さっき、柴君がこういう黒いヤツを追い払っているを見て! もしかしたら相談に乗ってもらえるかと思って……」


(あれ見られていたのか)


 授業中に絡んできたヤツを追い払ったけど、まさか見られていたとは迂闊だった。

 とは言ってもあれは霊じゃないし……。


「あのね、久松さん。あれは――」


 ガラッと大きな音を立てて教室の扉が開いた。


「柴太郎、何をやっているの?」


 俺と久松さんがビックリして声の方を向くと、黒髪を垂らした少女が睨み付けていた。


「お手々つないで、お邪魔だったかしら?」


 いつの間にか俺の手を握っていた少女が慌てて手を離す。


「いや、これは。相談を受けていただけで……」

「いいから早く家に帰って、今日の授業の復習でもしなさい。貴女もそんな柴犬みたいに誰にでも尻尾を振るような男にかまっていないで部活に行きなさい。水泳部の子が探していたわよ」


 少女はフンッと鼻を鳴らすときびすを返し、教室から離れていった。


(あぁ、もう間が悪いというか。絶対ワザとだろ)


「鈴宮さんっていつも柴君に冷たく当たるよね。同じ中学校だっけ?」


 久松はあっけにとられた様子で廊下の方を見つめている。その右肩にはすでに何も乗っていなかった。


「ほら、久松さん。もう大丈夫じゃない?」


 少女は自分の肩を見て、ブンブンと腕を振り回した。


「あっ! 全然軽い! もしかしてお祓いしてくれたの?」

「いや全然。いつの間にか消えていたんだよ。それに、俺。幽霊とか見えてもお祓いとか出来ないタイプだから!」


 俺は久松からそっと距離を取ると、慌てて帰り支度を終わらせた。


「また……、何かあったら相談してもいい?」

「いつでも! なんならお祓いできる人を紹介してあげるから」


 それは本当だ。ちゃんとした? 本物の霊媒師を紹介することは出来る。ただ、本人が乗り気になってくれないと難しいけど……。


「うん、引き留めちゃってゴメン。私も部活に行くね」

「あぁ、また明日」


 俺はそう久松に言うと、足速に教室を出た。

 ポケットの中に忍ばせているお守りを握りしめた。


 ――霊犬・荒鷹丸――


 ごめんね。俺には悪霊達を追い払うことは出来ても、根本的に解決することは出来ないんだ。


 ○△□


「太郎。帰ってきたんなら、社務所までお酒を届けてちょうだい」


 帰宅するなり母親に配達を頼まれた。


「さっき黒乃ちゃんも帰ってきてたから、これも持って行ってあげて」


 母親の手には焼きたての団子を詰めたパックが握られている。

 みたらし団子の甘塩っぱい匂いが俺の腹を刺激した。


「俺の分はないの?」


 腹の音がグゥと鳴いた。


「五人分入ってるから、黒乃ちゃんと一緒に食べな。冷めないうちに届けておいで!」

「はいよ。めんどくさいから階段から行くね」


 俺は日本酒の瓶を背負子に入れて背負うと、手に焼き団子の入ったビニール袋をぶら下げて暖簾をくぐり、外へと出た。


 ――参道茶屋しば――


 それがうちの店の名前だ。

 都心の真ん中。

 高層ビルに囲まれながら奇跡的に残っている小山の上に神社がある。


 我が家はその境内から続く、階段を降りた参道下に店を構えている。

 これでも江戸時代創業。参拝者を相手にした休憩所兼お土産屋だ。

 それもすべては頂上の由緒ある神社様のお陰だった。


 ――鈴宮神社。通称・鈴の宮――


 全国でも珍しい猫を御祭神として祀っている神社だ。

 元々は何処にでもある稲荷神社だったらしいが、江戸時代にあった騒動が切っ掛けで猫を祀るようになったらしい。


 俺は百段ほどある石段を一気に駆けのぼると、社務所に寄ってお姉さんに日本酒を手渡した。


「あとは……っと」


 社務所の脇を抜けて裏手に向かうと、平屋の住宅が見えてくる。

 俺が玄関にあるインターホンを鳴らすと、ハ~イと可愛らしい声が聞こえた。


「焼き団子のお届け物で~す。開けてください」

「勝手に入ってきていいよ」


 俺が玄関の戸を開くと、リリーンと鈴の音が響いた。


「入るぞ~」


 そう言うと客間の襖を開けて中へと入っていく。


 畳の上で寝転んでいた黒猫たちが飛び起きて慌てて距離をとる。なかにはフゥーっと、うなり声を上げているヤツもいる。


「ミィ。そんなに怒るなよ」


 部屋の片隅にたたんであったテーブルを引っ張り出すと、部屋の真ん中に置き、焼き団子の袋を乗せた。勝手知ったる我が家のように、押し入れから座布団を二枚出すとテーブルの脇に並べる。


「お湯を沸かしているから、ヤカンの火を止めといて!」

「はいよ」


 俺はガスレンジのツマミをひねるとヤカンの湯をポットに移した。


(茶はこれでいいか?)


 ポットとお茶のセットを手に客間に戻ると、襖の向こうから黒髪の少女が顔を出した。


「ありがと、一緒に食べよ」


 少女は俺の隣に腰を下ろすと黒猫を抱きかかえた。


「ミィちゃんも一緒だよ~」


 少女が黒猫を撫でると、ミィが甘えるように本物の猫なで声をあげた。


(俺には絶対に出さない声だな……)


 ふと視線を上げると少女と目が合う。

 デニムパンツにラフな長袖のTシャツ姿。

 そして腰の辺りから二本の立派なを垂らしている。


 少女はみたらし団子を袋から取り出し、机の上に並べると遠慮なく一口頬張った。


「うん、美味し! 柴太郎も食べなよ」


 手には二本目の串が握られていた。好物の団子が嬉しかったのか、尻尾が小刻みに揺れている。


「黒乃……尻尾出てるぞ」

「いいじゃない、貴方しかいないんだから」


 目の前で団子を頬張る少女と、先ほどの教室の少女が同一人物とは思えない。


 ――鈴宮黒乃すずみやくろの――


 俺の幼なじみで鈴宮神社の跡取り娘だ。


「黒乃はさ、さっきの久松のヤツ見た?」

「はらたかはふにおほろいてひげてっはじゃん」

「いや、団子食べながらじゃ分からんって」


 黒乃はホグホグと団子を食べるとお茶を一口すすった。


「あの子の後ろに男の人の霊が立っていたけど、荒鷹丸に驚いて逃げって行ったじゃん。私、何もしてないよ」


 そう言いながら黒乃は三本目の団子へと手を伸ばした。

 黒乃の目には霊の全身が見えていたようだ。


「あれ、逃げただけだよね。すぐに戻ってこない?」

「そう思うなら、ずっと久松さんのそばに居てあげたら? 手を握られてデレデレしてたくせに……」


 黒い尾がペタンと床に落ちる。

 黒乃が不機嫌そうな顔をみせると、ミィが俺に向かって歯を見せながら唸り声を上げた。

 他の猫たちも俺の周りをウロウロし始める。号令があれば一斉に飛びかかってきそうだ。


「悪かったよ。そんなに怒るなよ」

「怒ってなんかないし」


 黒乃がそっぽを向いたまま四本目に手を伸ばそうとしている。


「分かったよ、明日も団子を奉納するから赦してくれ」

「じゃあ、赦す」


 黒乃は団子を美味しそうに頬張りながら俺に微笑んだ。また二股の尾が嬉しそうにパタパタと動き出した。


 細身に見える黒乃だが、これで俺の三倍は食べる。

 本人曰く、霊媒体質の人間や守護霊が取り憑いている人は、エネルギーの消耗が激しく、いくら食べても足りないらしい。確かに俺もいくらでも食べれる。


「あれ生霊かな、絶対に久松さんに取り憑いているわね。何か切っ掛けがあるんじゃない?」


 団子をペロリとたいらげて一息ついたようだ。

 黒乃も俺と同じで幽霊とかが見える霊媒体質だ。

 だが、俺なんかよりも遙かに強い霊力を持っている。

 それどころか、巫女として鈴宮神社に持ち込まれる霊障事案を一手に引き受ける役目を果たしている。


 代々、鈴宮神社の女性には不思議な力が宿るという。主に慰霊や鎮魂を目的としているが、古くは妖怪や怪異の退治などのお祓いを頼まれることも多いらしい。

 ただ、黒乃の場合はそれだけではなかったが……。


「俺が見た感じだと、祖霊とか縁のある霊には見えなかったな。多分、どっかで拾ってきちゃったヤツだと思うよ」

「だったら、荒鷹丸だけで十分でしょ?」

「うーん。ただまとわり付いているだけなら大丈夫だと思うけど、何かモノ由来とかだったらキチンと清浄化してあげないと……」

「そのときは神社に持ってきてね。それにあの子、絶望的なまでに霊を引き寄せやすい体質だから、良いお客さんになると思う」


 黒乃が微笑むと瞳が怪しく光る。一斉に猫たちが鳴き始めた。


 ○△□


 次の日。

 朝から教室内は不穏な空気に包まれていた。

 クラスメイト達は何か落ち着かない様子で、皆一様に不安そうな顔を浮かべていた。


(ヤバいな、アレ……)


 原因は明白だった。

 今朝、久松が登校してくると一緒に黒い影が入ってきたのだ。


 俺の目には右肩だけでは無く、全身を包まんとうごめく、大きな黒いモヤとして見えた。

 久松の顔色も良くない。


 ガツン。


 後ろの席の黒乃が俺の椅子を蹴り上げた。

 振り返ると、アレをどうにかしなさいと言わんばかりの表情で俺を睨んでいる。

 最初の授業が終わり休み時間に入ると、俺は久松に声を掛けた。


「体調悪そうだけど保健室行く?」


 少女は無言で頷くと立ち上がり廊下へと歩き出した。具合が悪いとは思えない速さだ。

 廊下の角を曲がったところで、俺は反対側から歩いてきた男子生徒とぶつかりそうになり慌てて立ち止まった。


「あっ、ゴメン。麗夜、大丈夫だったか?」


 俺の目の前に立っている細身の少年。透き通るような肌と金髪が目を引く。


 ――柊麗夜ひいらぎれいや――


 たしか、ヨーロッパかどこかのクォーターだったハズ。


「君も……あの子を狙っているのかい?」


 麗夜が久松の走り去った方向を見つめたまま呟いた。


「いや、狙っているとか……そう言うんじゃ無くて」


(こいつ、いきなり何を言い出すんだ)


 俺は少し慌てて口調が速くなっているのを感じた。


「あの子のはちょっと面倒くさそうだから、僕は遠慮しておくね」


 そう言い残すと麗夜は教室へと戻っていく。


(なんなんだ、あいつは? それよりも早く久松を追わないと!)


 俺は小走りになりながら久松の後を追う、すると階段の踊り場で彼女が立ち止まっていた。


「久松、それどうした?」


 俺がそう言うと彼女は泣き出し、その場にしゃがんでしまった。

 黒いモヤはいっそう濃さを増し、彼女の顔を覆い尽くさんばかりとなっている。

 俺がそれに触ろうとすると、モヤは意思を持っているかのようにすっと避ける。


「離れろ!」


 俺がお守りを取り出すと、黒いそれは動きを止め、逃げるように霧散していく。

 久松が呆気にとられて俺の顔を見つめている。

 だが、それは完全には消えず、天井付近で様子をうかがうように漂っている。


「久松。なにか生霊とか悪い霊に取り憑かれるような、心当たりは無かった?」

「柴君……。実はね、アプリのゲームでつながった男の人から連絡先聞かれたり、直接会おうって言われたりして。しつこいからゲームも削除したんだけど、なんか変なDMが来だして……。ブロックしても効果なくて」 

「あ~、粘着質な生霊の類いかな。ちょっと見せてもらってもいい?」

 

 俺がスマホを覗かせてもらうと、意味不明な文面が並んでいた。

 

「一見すると迷惑メールみたいに見えるけど、このネットリした感覚イメージ……。生霊特有の霊障だね」 

「どうしたらいい……?」

「分かった。そうしたら今日一日これを肌身離さず持っていてもらっていい?」


 俺はポケットから白い犬の張子を取り出す。


「これって……お守り?」

「そう、うちで売っているお守りなんだ。霊犬・荒鷹丸っていって、むかし居た神様の犬で悪い霊を寄せ付けないんだ」

「ありがと。大切にするね」

「それで、今日の放課後付き合ってもらって良いかな? 神社でお祓いをしてもらおう」


 俺はそう言って荒鷹丸を久松の手に握らせた。


 ○△□


「それで連れてきたの?」


 黒乃は見下したような目つきで俺たちを見ている。

 いや、実際に黒乃は数段高いところにいて俺たちのことを見下ろしているのだが。


(いやいや、黒乃が連れてこいって言ったんじゃん。連れてきたら不機嫌になるのは止めて欲しいな……)


 拝殿の前に立つ黒乃は巫女装束をまとっている。


「鈴宮さん……どうして?」

「どうしてもこうしても、ここが私の自宅ですから」


 見下ろす黒乃の足元を数匹の黒猫たちがうろついている。


「黒乃さん、早く上がってもらいなさい」


 拝殿の奥から老齢女性の声が響く。


「はい、八子やこさん」


 俺たちは黒乃に導かれるように拝殿へと昇る。

 中には白髪の女性が居た。鈴の宮の世話人にあたる人で、祭事のほとんどを取り仕切っている。


(八子さんは俺が小さい頃から全く歳を取ってない不思議な人なんだよな……)


「あなたが葵ちゃんね。黒乃さんと太郎君からお話は聞いているわ」


 八子さんはニコリと微笑む。不機嫌そうにしている黒乃とは大違いだ。


「その電話機はお預かりして黒乃さんにお任せするわね。葵ちゃんはこっちでお祓いの準備をしましょうか」


 黒乃は久松のスマホを恭しく受け取ると奥へと姿を消した。

 除霊の準備をしている間、俺は境内に出て待つこととした。

 暫くすると三宝にスマホを載せて黒乃が出てきた。


「もう終わったの?」

「うん、取りあえずスマホだけね。これぐらい簡単よ、一刺ししただけだから」


 黒乃は人差し指を伸ばして爪を見せた。その右手は黒い猫の手そのものだった。

 人差し指の先には青白く光る長い爪が伸びていた。

 黒乃の猫の爪は物体をすり抜けて霊体のみを切り裂くことが出来た。


「スマホに何が憑いていたの?」

「生霊の欠片みたいなモノ。本体はあの子に取り憑いているみたいね。霊を引き寄せやすい体質だから、ああいう変な念と波長が合いやすいんだね」


 そういった黒乃の顔が少し考え込んでいるように見えた。


「なんか心配事でもあるの?」

「その生霊とは別に、久松さんのスマホから妙な気配がするんだよね……。なにか変なアプリとか入れてないか聞いてみてよ」

「自分で聞いて見れば良いじゃんか」


 黒乃が顔をそらす。


「だって、友達でも無いのに恥ずかしいじゃない」


 普段はツンとして澄まし顔をしているが、実は人見知りなところがある。


「まぁ、それなら俺が聞いてみるよ」


 黒乃からスマホを受け取るとカバンの中にしまった。


「黒乃さんや、除霊の準備が出来たからこちらへおいで」


 拝殿から八子さんが姿を現すと、俺たちを手招きする。


「はい」


 黒乃の後に次いで俺も拝殿へと上がる。


「それと、さっきからこちらの様子を伺っているのは同級生かい?」


 細い目を更に細めながら八子さんが参道の入口の方を見つめる。

 俺も参道の先を見つめるが誰の姿も無い。

 参道の端は大きな石鳥居。その先は下りの階段、俺の家がある方だった。


「黒乃はわかる?」

「うーん……」


 黒乃も流石に分からないようだ。


「神域が分かる子みたいだね。あと一歩の所から決して近付いかない様にしているよ」


 八子さんも目を閉じて何かを感じ取ろうとしている。いわゆる念視というやつだ。


「どんな人?」


 黒乃が八子さんにすり寄る。


「そうねぇ。太郎君と同じ制服の男の子。色白で金色の御髪。外国の血が入っているみたいだね」 

「麗夜……?」


 俺は思わず同級生の名前をこぼした。

 黒乃もハッとした顔で俺のことを見る。


「ウン? 向こうも見られている事に気が付いたみたいだね。もう離れちまったよ。あなた達とは毛色が違うけど、随分と霊感の鋭そうな男の子だね」


 八子さんが肩を揉みながら大きくため息をついた。


「さぁ。それでは葵ちゃんの方の除霊を始めようかね」


 八子さんはそう言って俺達の肩を叩いた。


 ○△□


 拝殿の中では縄が張られ、その中心に久松が正座をしていた。

 その手には荒鷹丸が握られている。

 俺と黒乃は、久松と向かい合うように八子さんの隣へ腰を下ろした。


「それでは始めます。まず私が葵さんの中に取り憑いている霊を引きずり出します。完全に離れたら合図をしますので、黒乃さんの猫神様で滅してください」

「ハイにゃ」


 黒乃が頷いた。


(……にゃ?)


 俺は思わず黒乃の顔を見てしまった。だいぶ猫又化が進んでいる。


(久し振りに黒乃のお祓いを見るけど、ずいぶんと猫属性化が進んでないか?)


「……倉稲魂神うかのみたまのかみの前にその醜き姿を晒したまえ……」


 八子さんが祝詞を上げ始めると、久松の周りに白い霊体が集まり始める。

 白い霊に引きずり出されるように男の生霊が姿を現した。

 俺にも霊の姿がハッキリと見える。


 だが、男の霊が半分ほど出てきた時に異変が起こった。

 男の下半身が大蛇のような姿で、長い尾を持っていたのだ。


「蛇のようにしつこい念が大蛇のあやかしを呼び寄せたみたいだね!」


 八子さんが気合いを入れると悪霊の全身が姿を現した。


「おとなしく葵ちゃんから離れなさい!」

「う゛るさい! こんなに波長の合う人間を手放すものか!」


 男の霊が苦しそうに身もだえすると、暴れた尾が久松に向かって振り下ろされた。


「きゃぁ!」


 久松が短く悲鳴を上げる。

 大蛇の尾が久松にあたる寸前。

 彼女を包むように白い光が弾けた。


「よしっ! 荒鷹丸のお守りが効いた!」


 俺は思わずガッツポーズをしてしまった。

 光に触れた大蛇の尾が半分ほど消し飛んでいる。

 大蛇は苦しそうに暴れだしたが、八子さんの霊体が押さえ込んだ。


「それでは黒乃さん、お願いします」


 黒乃は立ち上がると、右腕を振り上げた。

 その手は大きな黒猫の手と化している。


「じゃあ、軽く右腕一本分の力だけでいくニャ。そーれっ!!」

「ギャ!!!!」


 黒乃の大きな猫パンチで叩き伏せられた悪霊は一瞬で霧散するも、巻き上げられた突風が室内の様々な物を吹き飛ばした。


「ありゃ? 久し振りに柴太郎と荒鷹丸が見てたから力入れ過ぎちゃったニャン」

「やり過ぎだぞ!!」


 俺は衝撃で目を回している久松を助け起こす。


「鈴宮さん、その姿は?」

「黒乃はここ鈴宮神社の猫神様。妖怪・猫又の分体なんだ」

「半分はちゃんと人間だよ。黒猫に化けたり、猫神様を呼び出したりも出来るニャン」


 黒乃は自分の脇に人よりも大きな黒猫を呼び出して見せた。


「今は猫又の力を使ってるからハイテンションになっているけど、素面に戻ると極端な人見知りになるから、温かい目で見守ってあげてね」


 俺が笑いかけると、久松はホッとしたのか急に座り込んでしまった。


「いたたたぁ。気が抜けたら足が痺れてたの思い出したよ。正座なんて久し振りだったから……」

「もう足を崩しても良いですよ。好きに座ってください。あなたたちも一緒に座りなさい」


 うちでも正座様の椅子を用意しましょうかしらね、と八子さんがこぼす。


(それは大賛成です)


 俺は久松さんの隣に座ったが黒乃は八子さんの後ろに座した。


「さて、もう葵ちゃんに憑いていた悪い霊は祓ったから大丈夫よ。携帯電話も黒乃さんに祓ってもらったから心配ないわ」


 その言葉に黒乃が頷く。俺はスマホを預かっていたことを思い出して、慌ててカバンから取り出して久松さんに手渡した。


「柴君、ありがとう。もしかしてスマホの中見た?」

「いやいやいや! 見てない見てない! そんなねぇ、デリカシーのない……」


 俺は思わず黒乃の方を見て助けを求めるが、あいつはプイッとそっぽを向いた。


「見てないのね……、良かった」


 隣の少女がスマホを握りしめてほっと息を吐いた。


(いや、一体なんのやりとりだ。これ?)


「鈴宮さんもありがとね」


 久松さんがお礼を言うと黒乃もぎこちなく頭を下げた。

 そんな黒乃の様子を久松が不思議そうに見つめる。


「黒乃は猫神様の力が抜けて正気しらふに戻ったんだよ」


 黒乃が顔を真っ赤にして俯いている。


「それで太郎君。葵ちゃんになにか聞きたいことがあるんじゃ無いのかい?」


 八子さんが俺に目配せをしてきた。


「あ、そうだった。久松さんスマホになにか変なアプリ入れていない? なんかこう、心霊とかそういう物に関するヤツ」


 あっ、と久松さんが小さな声を上げる。


「最近、部活で流行っていて入れたんだけど。妖怪HUNTっていうアプリなら入っているけど……知ってる?」


「よ~かいはんと!?」


 俺と黒乃、それに八子さんは思わず声に出して見合ってしまった。


 俺達の心霊騒動はまだまだ終わらなそうだった。


 了

 

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