第2話 温水洗浄便座は標準装備であるべき
――学校へ
学生の本分は勉学である。
私は学問に勤しみ、その努力の甲斐あって、好成績を得ている。
その成績をもってランクの高い高校を目指したかったのだが……その高校には欠けているものがあった。
それは――――ウォシュ○ットだ!!
県下有数の高校は公立であり、私立と比べると設備があまり整っていなかった。
そのため、成績の上ではやや見劣りするが、設備の整った私立を目標とし、見事合格を果たす。
なんと、この私立高校は、全てのトイレが温水洗浄便座完備という奇跡を体現した学校だ!!
人ならば、何を置いてでも選ぶべき学校だろう。
――あくる日の放課後、春恒例の幼稚園児たちとの交流会というイベントの準備のため、私と他の生徒複数人が教室へ残っていた。
メインとなるイベントは人形劇だ。
今はその作成に追われている。
一人の女子生徒が教室へ駆け込んできて、こう皆に伝える。
「準備は午後七時半までならギリ許可するって」
舞台の準備に遅れが生じていたのでありがたい。
彼女はそのために教師と交渉しに行ってたようだ。できる女だ。
私はフッと小さく笑い、瞳を下へおろし、巨大な瞳の人形に針を通していく。
巨大な目玉。赤い糸を使って血走った瞳を表現する。
この人形はもちろん人形劇に使うものなのだが、脚本を読んでいないので、いったいどういった活躍をするのか私は知らない。
(随分と恐ろし気な目玉だが、幼い子どもたちは怯えないのだろうか?)
手を止めて、じっと人形を見つめる
すると、隣で作業を行っていた男子生徒が話しかけてきた。
「見た目は怖いが、実は心優しい妖怪と人間が仲良くなる話だそうだ」
どうやら彼は、私が頭を悩ます様子を見て、内容を知らないと察したようだ。
彼はなかなか聡い。
この彼は三か月前に転入してきた生徒だ。
クラスの友人たちは彼と私の性格がよく似ていると言う。喋り方もまた似ていると。
私もそう感じている部分があった。
それに何より、彼と私には大きな共通点がある。
それは、トイレだ。
彼は痔主ではないようだが、胃腸が弱く、よくトイレで顔を合わせる。
そのため、プライベートな時間を過ごすほどの仲ではないが、トイレで互いの健闘を称え合うほどの仲となっていた。
私は「そうか」と短く返事をして、作業を再開しようとした。するとここで、私たちの会話を聞いていた女子生徒が奇妙な話を始めた。
「妖怪で思い出したんだけど、三階に被服実習室ってあるじゃん。そこに置いてあるマネキンが夜な夜な校舎を徘徊してるんだって」
この言葉に別の女子生徒が体を震わせながら答えを返す。
「ちょっとやめてよ、今日は遅くまで作業する予定なのに…………で、なんで徘徊してるの?」
怖いようだが、好奇心はそれを上回るらしい。
彼女の好奇心に語り部の女子生徒は満面の笑みを見せて、こう語る。
「フフフ、マネキンってさ、あまり使われないで放置されてるじゃん。誰にも見向きもされず、ずっと孤独に過ごす。その寂しい思いがマネキンに不可思議な力を与え、マネキンは寂しさを紛らわすために放課後に残っている生徒を追いかけ始めたの」
「追いかけるだけ?」
「最初はね。でも、生徒たちは怖くてマネキンから逃げようとする。マネキンは自分が人間じゃないから人間が逃げていると思い、人間の真似を始めるの。喋り始めて、笑ったり、怒ったりと。まるで学校に刻まれた生徒たちの記憶を再生するように……」
「……それで?」
「でも、そうなるとますます人間たちは怖くなって遠ざかってしまう。マネキンはさらに寂しさを募らせる。マネキンはもっと人間らしくなれば怖がらせずに済むと思い、学校に残る生徒たちの記憶をなぞろうとするんだけど……それが過ちだった……」
「マネキンは何をしたの?」
「マネキンがずっと見てきたのは、生徒たちが衣装を縫う姿。だから、マネキンも人間の真似をして縫い始めたの……人間を」
「え!?」
「マネキンには人間の行動を理解できるほどの知能はなかった。ただ、生徒たちの記憶に沿って同じ会話を再生し、笑い、そして縫うという作業を行う」
「そこは布を縫おうよ……」
「それはそうなんだけど、マネキンは人間の行動の意図を理解できずに、ただ行動を真似ただけだったのかもね。針と糸で何かを縫うという行動を」
二人の女子生徒の会話。
しかし、いつしか周りの者たちは作業の手を止めて、その会話に耳を傾けていた。
最後の締めを、語り部の女子生徒は語る。
「人はさらに恐怖し、マネキンから遠ざかる。マネキンはまだ足りぬのかと人間の真似をする。裁ちばさみで人の腹部を割き、内臓を乱雑に縫う。待ち針を瞳に刺し、針山を作る。ますます人は逃げる。だからマネキンは――――」
「もうやめておけ」
そう言葉を発したのは転入生だった。
彼は舞台の背景を飾るための画用紙に筆を振るいながら、こう続けた。
「妙な話すると妙なモノが寄ってくるものだ。だから、もうやめておけ」
これに対して、語っていた女子生徒は小馬鹿にした笑いを見せた。
「ぷふふ、なに、もしかして怖いの? くすくす」
「かもな……」
そう彼はぶっきらぼうに答えた。
この反応がつまらなかったのか、女子生徒は眉を顰めつつ小さな愚痴を一言漏らすにとどめ、作業に集中し始めた。
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