まだ滅びきれない、世界と私たち

詩守 ルイ

第1話:霧の峡谷へ

荒涼とした大地が、どこまでも続いていた。百年前の大災害の爪痕は、まだ癒えぬまま残っている。地面には巨大な地割れが走り、まるで大地そのものが裂けて呻いているかのようだった。そこから吹き上がる上昇気流が、白い霧を巻き上げ、峡谷全体を覆い隠している。


「わぁぁぁぁ!すっごいーーーっ!」

なぎさは両手を広げ、霧の中へ駆け込むように歩みを進めた。髪が風に舞い、声が霧に吸い込まれていく。


「……ただの霧。」

りんは短く呟く。だが心の奥では、霧が揺らめく様子に不思議な緊張を覚えていた。


「ただの霧じゃないよぉ!ほら、地面が割れてるし、風がぶぉぉって吹いてるし!まるで大地が呼吸してるみたいじゃん!」

なぎさは興奮気味に叫ぶ。


りんは肩をすくめるだけだったが、内心では「確かに呼吸みたいだ」と思っていた。だが口には出さない。


峡谷の縁に立つと、下から「ゴォォォォ……」という低い風の音が響いてきた。


「おおー!なんかお腹空いてきた音みたい!」

なぎさは笑いながら腹をさすった。


「……風の音。」

りんは淡々と答える。


「いやいや、絶対お腹グーグーだよ!ほら、私のお腹も同じ音してるし!」

なぎさが自分の腹を叩くと、「ぐぅぅ……」とタイミングよく鳴った。


りんは思わず口元を緩めそうになったが、すぐに真顔に戻した。心の中では「少し面白い」と思っていた。


霧の奥へ進むと、突然、無数の光の粒子が舞い始めた。淡い金色や緑色の輝きが、霧の中で漂い、まるで星空が地上に降りてきたようだった。


「きゃーーーっ!なにこれっ!星が降ってきたぁぁぁ!」

なぎさは飛び跳ねて手を伸ばす。粒子は触れるとふわりと消え、また別の場所で瞬いた。


「……きれい。」

りんは短く呟いた。だが胸の奥では、言葉にできないほどの感動が広がっていた。


「りんもそう思うでしょーー!ほら、笑って笑って!」

「……無理。」

りんはそっけなく返すが、心の中では「少し笑いたい」と思っていた。


二人は霧の中を慎重に降りていき、やがて峡谷の底に広がる森へ辿り着いた。そこには見たこともない植物が群生していた。


「うわぁぁぁ!なんか花がしゃべってるーー!」

なぎさが指差すと、赤い花が「ポンッ!」と音を立てて開閉した。まるで太鼓のようにリズムを刻んでいる。


「……音を出す花。」

りんは冷静に観察する。だが心の中では「面白い」と思っていた。


なぎさは花に合わせて踊り始めた。「ポンッ!ポンッ!」と花が鳴るたびに、「どんっ!どんっ!」と足を踏み鳴らす。


「なぎさ……うるさい。」

「えへへーー!だって楽しいんだもん!」


その拍子に、花の群れが一斉に「ポンポンポン!」と鳴り響き、森全体が太鼓の祭りのようになった。二人は慌てて耳を塞ぎながら笑い合った。


夕暮れが訪れ、二人は森の中で焚き火を起こした。炎が揺れ、霧の粒子が淡く光りながら漂っている。


「今日のご飯はーー!じゃじゃーん!干し肉と木の実だよっ!」

なぎさは得意げに袋を広げる。


「……質素。」

りんは短く言う。だが心の中では「温かい食事があるだけで十分」と思っていた。


焚き火の前で二人は食事を分け合い、霧の中で響く花の音を遠くに聞きながら、静かな夜を過ごした。


「ねぇりん、明日はいよいよーー!空に浮く湖を探しに行くんだよ!」

「……楽しみ。」

りんは小さく答えた。


炎がぱちぱちと音を立て、二人の影が揺れる。夜は深まり、期待を胸に眠りについた。

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