オオハクチョウの旅

神楽堂

第1話

 雪は夜のうちに降り、朝には薄く氷をまとった湖を白く染めていた。

 木々の葉はまだ芽吹かず、風だけが音を持ち、大地をかすめてゆく。

 だが、その静寂のなかに、かすかに蠢くものがあった。

 雪を押しのける白い影──オオハクチョウのつがい。

 アルフとリーリャ。


 この春、彼らはこの地に巣をつくった。

 シベリア東部、凍土に囲まれた湖沼地帯。

 凍った湖面がほのかにとけはじめるこの時期、渡り鳥たちが次々に戻ってくる。

 多くの鳥たちは生まれた土地を目指す。

 アルフとリーリャもまた、そうだった。

 自らが孵ったこの湖で、今度は命をつなぐ役目を担うのである。

 巣は湖の岸辺にある、枯れ草を積み重ねた小さな島に築いた。

 卵は三つ。

 シララ、スリィ、ノノンと名付けた。

 リーリャは体を丸め、翼の下の命にぬくもりを届けていた。

 アルフはその周囲を見回り、空を読み、風を嗅ぎ、時折、低く喉を鳴らした。

 彼らは常に警戒していた。

 湖の対岸には、森の獣たちの影がしばしば見られたからだ。

 テン、キツネ、時にはクズリ。

 水際にはカモメやカラスも姿を現す。

 卵や雛を狙っているのだ。


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