第7話 初めての友達
side朝比奈零士
九十九紗耶さんに背中を押され、校門の内側へと誘導される。
「えっと……朝比奈くんと真壁くんね? 男子はこっちです!」
黒いタイトスカートにジャケットを着た女性、パンプスのかかとをカツカツ鳴らしながら近づいてきた。
髪はきっちりまとめていて、唇は真っ赤。目元もばっちり化粧で決めている。
山では見たことのないタイプ、大人の女性だ。
「私は九十九高校の保健体育担当、
クールな印象に見えるが、少し気取っているように見えるのは気のせいだろうか? 都会の女性がわからないので、これが普通なのだろうか?
「男子たちってことは……他にもいるんですか?」
「いるわよ。とはいえ、この学年は全部で十人ほどね。我が校でも少ない男子だから、自覚持って私の後ろ歩くこと。わかった?」
沙耶さんが言っていた通り、男子が少ないんだな。
「はい。よろしくお願いします」
「あ、よろしく……お願いします」
影が薄かったが、後ろからついてきた真壁は、僕より少し緊張しているみたいで、声が上ずっていた。
身長は百六十センチくらい、線も細くて顔立ちは女の子みたいだ。
「あっ、あの! 朝比奈くん。よろしくね」
「ああ、真壁だったか? よろしくな」
僕たちが挨拶をすると、神崎先生は満足そうにうなずくと、くるりと踵を返した。
「じゃ、ついてきなさい」
山で照れだって歩く猪のように、先生の後についていく。
途中で、同じ制服を着た男子が五人、他の先生について歩いてくる。
みんな、誰かしらの女の人にぴったりくっつかれている。
真壁にも、戦果秋保さんがくっついていたから、そういうものなんだろうな。
そんな光景を眺めていると、隣から小さな声がした。
「あ、あの……」
さっきから一緒に歩いている真壁だ
「さっきは、その……ありがとう」
「え?」
「アキホ……戦果秋保に殴られそうだったでしょ?」
ああ、あのことか。
僕としては、なかなかに鋭いパンチだったが、優しく地面に寝かせた。
「でも、なんでお礼?」
「うん、アキホは俺の幼馴染で、昔から、俺と仲良くしたい子の邪魔ばかりしていたんだ。でも、アキホなりに守ってくれているのもわかるから、強く言えなくて。初めてアキホが負けるのを見たよ。でも、優しく倒してくれたからお礼」
「ふーん、真壁って変な奴だな。僕は殴られそうだったから止めただけだ……。でも、戦果さんって、君の幼馴染なんだよな?」
確かに戦果さんの方が高身長で強そうではある。
真壁の方がか弱くは見えるけどな。
「う、うん。小学校のときから、ずっと守られてて……喧嘩もめちゃくちゃ強くて。女の子同士の揉め事も、全部アキホが片づけちゃうし」
真壁くんは、どこか誇らしそうで、どこか寂しそうに笑った。
「アキホが負けるところ……初めて見た」
「負けたってほどじゃないと思うけど……」
こっちは怪我をさせないように気をつけていたし、倒したというより、止めただけだ。でも、周りから見れば、あれは「勝ち」に見えたのかもしれない。
「すごかったよ。アキホは女子の間じゃ有名でさ。ちょっとでも晴信に変なことしたら、戦果が飛んでくるって噂されてるくらいなんだよ」
「晴信って……真壁のこと?」
「うん」
「じゃあ真壁も、さっきの、守られてた側ってわけか」
「……うん。そうだね」
少しだけ俯く。肩が、ほんの少しだけ震えた気がした。
「僕はアキホさんのこと嫌いじゃないよ」
「え?」
「誰かを守るために、本気で拳を握るってこと。危ない殴り方だったから止めたけど……自分の信念を持って拳を振るってた。真壁は守られているが、それでいいのか?」
じいちゃんだって、仲間を守るために鍛えてきたと言っていた。
戦果さんも、多分そうなんだろう。
僕は英雄になりたい。戦果さんは、真壁を守りたい。
目的は違うが気持ちは理解できる。
「すごいなって」
「……すごい?」
真壁の横顔が、少しだけ柔らかくなった。
「うん。俺はそこまでアキホに言えない。喧嘩も強くない。でも、彼女に強くも言えない」
そこで急に、ぐっと僕の方に身体を寄せてきた。
「俺、さっきの朝比奈くんも、すごいなって思ったんだ」
「僕?」
「男の人で、あんな風に守るとか、普通言わないよ。言えないよ。もっとお淑やかにとか、危ないことはするなとか、ダメダメって言われるから」
真壁は、真壁なりに苦労があるのかもな。
僕は都会で生きてこなかった。だから、ルールを知らない。
そういう意味では、自分の常識を押し付けるのも違うな。
「ただ男だからこそ、守りたいって……ちょっと、かっこよすぎるかもね。応援はしているよ」
真壁の頬が、薄く赤くなっていた。
なんだろう。女の人とは違う種類の照れ方だ。
だけど、見た目は女の人と変わらないから、真壁も守ってやった方がいい気がするしてくる。
「ありがとな。僕は英雄になりたいんだ」
「英雄?」
「ああ、弱きを助け、強きをくじく。かっこいい漢になるんだ」
「かっこいいなぁ〜。なんだか、ずるいね」
「ずるい?」
ずるいって言われるとは思わなかった。
真壁は、いたたまれないように視線を逸らしたあと、意を決したように僕を見上げた。
「あのさ、朝比奈くん」
「零士でいいですよ。あ、下の名前……朝比奈零士だ」
「じゃあ……零士くん」
名前を呼ばれて、少しだけ背筋が伸びた。
山では、フルネームで呼ばれることなんてほとんどなかったからだ。
「俺と、友達になってくれないかな?」
「友達?」
「うん。俺、男の友達がいないんだ。アキホのおかげで、女子の友達もいないけどね。だから、その……同級生の男の子で、俺の初めての友達になってよ」
言いながら、指先できゅっとスラックスの裾をつまむ。
仕草だけ見たら完全に女子だ。
でも、言っていることは真剣だった。
「もちろん、無理にとは言わないよ。零士くん、強いし、変な女子からも狙われそうだし、俺なんかと一緒にいたら、邪魔かなって……」
「邪魔じゃないよ。そんなこと気にしなくていいって。真壁。いや、晴信嬉しいよ。友達としてよろしくな」
山では、同い年の友達なんていなかった。
学校にはばあちゃん先生だけ。じいちゃんと山を駆け回る毎日が、嫌だったわけじゃないけど、「友達」というものに、少しだけ憧れはあった。
「僕も、友達とか初めてなんだ。よくわかんないけど……よろしくな」
「うんっ……!」
晴信の目が、ぱっと見開かれて潤んでいる。
次の瞬間、ふにゃっと顔が崩れた。
「もう……零士カッコ良すぎて反則だよ……。なんでそんなに真面目なの、こちらこそよろしくね……」
「え? 普通のこと言ったつもりなんだけど?」
「普通じゃないよ……普通じゃないけど……ありがとう」
小さな声で呟いて、晴信はペコリと頭を下げた。
そのとき、正面の扉が開いた。
「はーい、男子のみなさーん! ここからは体育館ですよ。入学式に参加します。私の指示に従ってね〜。最前列のブロック用意してますから!」
神崎先生が、マイクを片手に手を振っている。
体育館の中に足を踏み入れた。
視界いっぱいの、女子。
制服のスカートの海。ざわめきと視線が、一斉にこちらを向く。
「うわ……」
思わず、息を呑んだ。じいちゃんとの山暮らしでは、一度にこんな人数の女子を見ることなんてなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます