オカルトパワー☆チャンネル

紫 和春

第1話

「はい皆さんこんにちは! オカルトパワー☆チャンネルの霊視ができるヒョロガリ、山中です!」

「皆さん、マッスルハロー! マッチョ系霊能力者の剛力ですっ」


 とある真っ暗闇の道路上にて、挨拶をする二人の男性。

 一人はかなり細身で、筋肉が少なく骨が浮き出ている。もう一人は筋骨隆々とした、いかにもトレーニーといった風格である。


「皆さん、秋と言ったらなんの季節でしょう?」

「もちろん、心霊の季節ですねっ」

「このチャンネルでは心霊しか取り扱ってないのでね! 年中新鮮な心霊をお届けできます!」


 そんなテンションの高いオープニングトークが流れる。


「えー、本日はですね! N県T市にあります、廃病院に来ております! 周り見れば分かると思うんですけど、街灯が一つもありません! 真っ暗です!」

「これだけ真っ暗なら、私の筋肉も輝いて見えるでしょう?」

「それはそれでオカルト現象ではありますけどね」


 そんな小話を挟みつつ、二人は廃病院の説明を始める。


「この廃病院はですね、山の奥に建てられた病院なんですね。この周辺にあった集落のための病院だったらしいんですけど、やっぱ山奥にあっただけあって院長がやりたい放題だったという噂があったそうです。当時まだまだ猛威を振るっていた結核の患者を秘密裏に殺害したり、大量の医療ミスを隠匿したり、当時入院していた患者を使って人体実験を行っていたり……。まぁ悪い噂が絶えなかったそうですね」

「まぁ私の筋肉があれば、そんなことさせませんけどねっ」

「あなたがどうこうできる話じゃないでしょ」

「筋肉に出来ないことはないっ」


 そんな冗談を挟みつつ、説明は続く。


「まぁ、そんな運営をしていたもので、昭和の終わり頃には病院を畳み、病院は閉鎖されることになりました。で、そこからですよ。この病院の運営によって犠牲になった人々が怨霊となって、今もこの病院内を徘徊しているという噂が立つことになるんですね。こうしてこの病院は心霊スポットへと変化したわけです。実際ネット上には幽霊を見たとか、物が勝手に動いたとかの目撃例が残されています。そんなわけで、今日は僕たちがここに来ています」

「そもそもの話、ここは現在も管理人がいる私有地なので、良い子の皆は絶対に無断で入ってはいけないぞっ」

「いきなりの正論ですね」

「ちゃんと役所と管理人の許可は得ていますっ」

「ですので絶対に来ないでください。いいですか? フリじゃないですよ?」


 こうしてオープニングは終わり、実際に廃病院へと入っていく。


「ここが正門ですね。バリケードが張られています。ちゃんと進入禁止の看板も立ってますね」

「この程度のバリケードなら、私の筋肉でひとっ飛びですねっ」

「物を壊さないでくださーい」


 二人は正門の横にある通用口を通って、敷地内に入った。


「うわー、雑草すごいですねー」

「このくらいの雑草なら、スクワットの動きで簡単に抜けますねっ!」

「この人ならやりかねないよ? 絶対にやらないでね」


 廃病院の正面入口へと移動する。


「ここが入口ですね。もうガラスがバリバリに割れてて危ないですね」

「タンクトップで来たのが裏目に出ましたねっ」

「今日結構寒いんですけど、この人そんなの関係なしにタンクトップ着てくるんですよ」

「筋肉を魅せるならタンクトップ一択っ」

「とりあえず、管理人から中に入る場所を教えてもらっているので、そこに行きましょう」


 二人は建物内に通じる扉から、中へ入っていく。


「いやぁ、中は真っ暗ですねぇ。当然と言えば当然なのですが」

「私のマッスルパワーなら、投光器くらいの負荷がちょうどいいですねっ」

「なんでも筋肉の話題にすればウケるって思考は止めたほうがいいぞ」


 そういって二人は長い廊下を進む。

 すると、二人の背後から「カタン」と物音がする。


「ちょまっ……えっ?」


 山中はカメラを音のした方向へと向ける。しかし、そこには何もない。


「今……音したよね?」

『ドン』


 山中が確認しようとした瞬間に何かを叩くような音。カメラのマイクにもバッチリ入っている。


「何か……いる……?」


 山中が不安になった時、カメラの前へ剛力が現れる。そして大きく息を吸う。

 次の瞬間。


「エ゙ェェェーーーイ!!!」


 音量を小さめにしても、鼓膜が破れるのではないかと思えるほどの大声が廃病院内に響き渡る。


「ウゴゴ……、耳が……」


 山中は耳を抑え、うずくまる。


「これで物音を発生させるお化けを除霊しましたよっ」

「ホントかよ……。ただ大声で叫んだだけじゃなねぇか……」


 そういって山中は立ち上がり、周囲の音に聞き耳を立てる。


「……いや、耳がイカれちゃったらからなんの物音も聞こえないわ」

「除霊成功ですっ!」

「んなわけあるかい!」


 そんな調子で二人は病院内を歩く。

 瓦礫を超えながら廊下を進むと、分岐に遭遇する。


「えー、案内板がありますね。この先にはナースセンターと院長室があって、ここを曲がると手術室。反対側の階段の先は病棟のようですね。さて、どこから行きましょうかね?」

「筋肉ダイスしますかっ?」

「順番に病棟から行きましょう」


 剛力の提案を無視して、山中は階段を登って二階へと進む。

 二階の廊下も真っ暗で、ライトがないと移動もままならない。

 山中はライトを廊下の先へと向けて、明るさを確保する。


「いやぁ、瓦礫とか埃とかすごくて、雰囲気ありますねぇ」


 山中はそのまま廊下を進んでいく。途中、扉の開いている病室の中を映し、不気味さを演出する。


「うわぁ、怖いっすねー……」


 病床として使用されていたであろうベッドや、仕切りとして機能していたと思われるカーテンが散乱している。


「だいぶ荒れてますねぇ。誰かが不法侵入して荒らしていったのかもしれませんね……」

「もしそんなことをする不届きものがいたら、チョークスリーパーをかけながら投げ飛ばしますっ」

「いやいやいや、首がもげるって……」


 そういってカメラは壁へと向けられる。


「うわぁ、落書きもすごいことになってますね。この辺りなんか、動画では映せないようなことが書かれています」


 画面いっぱいにモザイクがかかっている。


「私のパワーがあれば、こんな壁くらい粉砕できますよっ」

「しないでください、器物破損です」


 そういって次の病室に移ろうとした時だ。

 山中の体が急に震える。


「えっ、なんか急に寒くなってきたんだけど……。どっかからスキマ風でも吹いてる?」


 山中はゾクゾクッとした寒気を感じているようで、ブルブルと震えている。


「ちょっと待って、鳥肌ヤバいんだけど」


 カメラは山中の腕を映す。ボツボツとした肌が見えるだろう。


「ここヤバいよ……」


 山中が後退りした時である。


「エイッ! エイッ! エイッ! エイッ!」


 剛力が突然、山中の後ろで屈伸を始める。


「ほらっ! 山中君もスクワットするよっ!」

「えぇ……? スクワットぉ?」

「寒気は気のせいっ! 運動すれば寒気は収まるっ!」


 そういって剛力は無理やり山中をスクワットさせる。


「分かった分かった、やればいいんでしょ」


 そういってヤケになった山中は、剛力と一緒に必死にスクワットをする。心霊スポットでスクワットというミスマッチが発生する。

 そのうち山中は息が上がるだろう。


「はぁ、はぁ、はぁ……」

「体温、上がったでしょうっ?」

「上がったのは上がったけど……、ここですることじゃなくない……?」


 背筋の寒気はどこかに行ってしまったようだ。

 とにかく先に進む山中と剛力。


「この階段を下ると、多分ナースセンターに繋がっていますね……。そっちのほうも見ていきましょうか」


 階段を下っていくと、その先に開放的だったであろう部屋が存在する。


「あー、ここにナースセンターって書いてありますね。ちょっと見ていきましょう」


 受付台の横を通り、中に入る。ガラスの割れる音が鳴り響く。


「うわー。昔のカルテとか残ってますね。これはモザイクかなぁ……」

「私の筋肉はモザイクすら貫通しますよっ」

「君の話はしてないよ?」


 そういって奥へ奥へと入っていく。


「ここも不気味ですねー。なんか出てきそうな雰囲気がありますけど、出てこられると困るなぁ……」


 その時、カメラが映している壁に人型のような影が数体ほどスッと横切る。

 その瞬間をカメラはバッチリ捉えていた。


「えっ……。今何か映ったよね……?」


 思わず動きが止まり、その壁の方向を見続ける。しばらく壁を映すが、何も起こらない。


「え、今の気のせいじゃないよね……?」


 ゆっくりと別の壁が映される。

 明らかに光の当たっている方向とは別の角度から、影が伸びている。

 山中は絶句し、声を上げそうになった瞬間である。


「セェェェーーーイ!!!」


 剛力が何かを影に向かって全力で投げる。粉のようだ。粉が壁に命中した瞬間、影は跡形もなく消え去った。


「あ゙、え? え? ……今何が起きた?」

「霊のような存在が確認されたので、粉末プロテインのソルト味をお清めに撒きましたっ!」

「塩じゃなくて塩味の粉で除霊したの? それおかしくない?」

「ちゃんと除霊出来てますっ!」


 剛力は自信満々に力こぶを見せる。


「えぇ……? そんな力技が存在するのかよ……」


 山中はブツブツと文句を言いながら、ナースセンターを後にしようとした。

 すると剛力が急にカメラに迫りよる。


「うわっ……、な、なんすか……?」

「良い子は食べ物で遊ばないようにしようっ。今回撒いたのは除霊専用のプロテインだぞっ」

「じゃあ最初から塩撒いたほうが良かったんじゃない?」


 そんな掛け合いをしながら、今度こそ本当にナースセンターを後にした。

 次の場所へ向かうため、廊下を進む。


「最後に行くのは、手術室ですね。実はこの廃病院の怖い所なんですが、手術室の隣の部屋にエレベーターがあるんですね。そのエレベーター、地下に降りれるようになっているのですが、その先というのが霊安室、らしいんですよ。おかしくないですか? 手術室って命を助ける場所だと思うんですよ。でもそうじゃなくて、命の終わりを示す場所に繋がっている。これは病院の機能を考えれば、まぁあり得ない配置なんじゃないかなって思います」


 そういって手術室のプレートの下、壊れた扉を踏み超えていく。


「そんなに大きくはないですね。患者さん一人が手術できるような感じです」


 手術台を映す。かなり風化していて、金属部分が錆びており、クッション部分はカビが生えている様子が見て取れる。


「いやぁ、不気味ですねぇ……。そして、奥のほうには……」


 そのまま手術台の横を通り、部屋の奥へと進む。


「あぁ、ありました。小さめの扉。これが霊安室に通じるエレベーター、ですかね」


 エレベーターの扉は半分開いており、中の様子を確認することができる。


「うわぁ……、覗きたくないなぁ……。でも正直な話、滅茶苦茶危ないと思うので、このまま退散します。マジで命ほど大事なものはないから」


 カメラが手術室のほうに向き直る。その時だ。

 ━━カタカタッ

 何かが動いたような音がする。

 カメラが音の鳴ったほうへ向く。手術台の近くに置かれていたキャスター付きの椅子がズズズと動き出していた。


「えっ、あっ……」


 明らかなポルターガイスト現象だ。山中は思わず腰を抜かしてしまったようで、へたり込んだ様子がカメラを通じて理解できる。

 椅子はそのまま山中の方へと突っ込んでくる。山中はかすれ声しか出すことができなかった。

 そんな山中の前に、剛力が現れる。

 そして綺麗なアブドミナルアンドサイという、ボディービルのポージングを披露する。


「はぁいっ!」


 そのポーズはまさに神々しく、まるで剛力の背後から光があふれ出しているようだった。


「いい動きだよっ! V8エンジン積んでいるのかいっ!」


 そしてボディービルの大会でおなじみの掛け声をかけ始める。


「上腕二頭筋のように動けるのかいっ!」


 ダブルバイセップスのポーズをして、ポルターガイスト現象に対して掛け声をかけていく。


「限界ギリギリベンチプレスッ! 目標達成150kgっ!」


 今度は、地面に落ちている手術用具が動く様子に掛け声をかけている。

 それでもなお、怒り狂ったようにポルターガイスト現象は激しくなっていく。


「全身の筋肉がウネウネ動いているよっ!」


 そして剛力が体を捻る。


「はいっ、サイドチェストーッ!」


 その瞬間、まるで剛力から何かしらの波動が出たように、ポルターガイスト現象は収まっていくだろう。


「お、おぉ……」


 何が起きたのかさっぱりな山中は、とりあえず感嘆の声を上げるほかなかった。


「これで大丈夫っ。彼らも筋肉の神の思し召しにより天国へと昇天されたことでしょうっ」

「それ除霊したってこと……?」

「……ニッ!」


 張り付けたような笑顔を山中に向ける。


「まぁいいや。とりあえずここから離れましょう。これ以上何か起きたら大変ですからね」


 山中と剛力はそのまま手術室を出る。


「それじゃあ、廃病院の探索はこのくらいにして、そろそろ帰りましょうかね」


 山中が最初に入ってきた通用口に繋がる廊下を歩く。


「いやぁ、それにしても心霊現象は少なめでしたねー。怖かったのは、剛力による数々の奇行くらいでしょうか」

「それはとっても失礼だぞっ」


 剛力に失礼な態度を取る山中。

 そんな時、廊下の突き当たりでグラッと揺れる何かがカメラに映る。


「あれ? 今、廊下の奥で何かが動いたような……」


 撮影用のライトを廊下の奥へ向ける。するとそこには、長い黒髪と白いワンピースを着たいかにも幽霊のような何かがいた。


「あれって、まさか……」


 山中が何かを呟こうとした瞬間だった。


『……おいてけ』

「へっ……?」

『その魂……』


 音は明らかに幽霊のようなモノからしていた。カメラの音声にもバッチリ入っている。

 そしてその幽霊は、山中に対して敵対的であった。


『魂置いてけぇ!』


 幽霊が山中に向かって突進してくる。動きが素早すぎる。


「うわぁ!」


 山中に幽霊の魔の手が届きそうになった瞬間である。


「うーんしょっ!」


 シャウトと共に、山中の前へ剛力が割り込んでくる。その手には、砲丸くらいの巨大な岩塩が乗っていた。

 そしてその岩塩を、幽霊の顔面に向かって全力で投げる。いや、距離が近いから押し込むといった方が正しいか。

 とにもかくにも、岩塩は剛力の手によって幽霊の顔面へと叩きつけられる。


『ぎゃあぁぁぁ!』


 幽霊からの断末魔。聞くに堪えない程の強烈な金切り声だ。幽霊が岩塩による浄化作用と物理的な衝撃にのた打ち回っていると、そこに剛力が謎の物体を持って接近する。

 その手にあったのは、ダンベル。と、シャフトに接続するように伸びたお祓い棒。本来なら同じ場所には存在しないはずの二つの物体が合体している。


「祓え給え、清め給え、神ながら守り給い、幸え給え」


 剛力の目は座っており、一切の光を感じない状態で、神道の一般的な唱えことばを呟いている。


「悪霊退散っ!」


 そのままお祓い棒付きダンベルで、幽霊をぶん殴る。


「悪霊退散っ! 悪霊退散っ!」

『ぎぇあぁぁぁ!』


 なぜだか分からないが、とにかく幽霊に対してダメージが入っている。

 十回ほど叩いたところで幽霊の体が薄くなっていき、やがて消えていった。


「な、なんだったんだ……?」


 尻もちをついていた山中が立ち上がる。


「さっき、そこに幽霊のような何かがいたような……」


 そういって山中が廊下の奥を指さすものの、そこには何もいない。


「大丈夫っ! 幽霊は私の筋肉で成仏させましたっ!」

「それ本当か……?」


 山中は疑問に思うものの、それ以上の詮索はしないのだった。


「というわけで、『この動画怖かったな』と思ったらチャンネル登録、高評価、通知のオンをよろしくお願いします!」

「私の筋肉が素晴らしかったら、コメントもお願いしますっ!」

「ではまたどこかの心霊スポットでお会いしましょう……」

「トットジーンズッ!」


 こうして動画が終わる。

 この動画は、オカルトパワー・チャンネルではなく、オカルト・パワーチャンネルなのだ。筋肉は全てを解決する。

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