第6話:クローン文学

深夜2時。 俺は充血した目でモニタを睨みつけていた。 ThinkPadのファンが悲鳴を上げているが、俺の脳内の方がよほどオーバーヒートしていた。


検索窓には『第34回 ネット文芸大賞 結果』の文字。 本来なら、俺のような純文学崩れの作家が見向きもしない、Web小説発の新人賞だ。 だが、SNSのタイムラインがざわついていた。


『今年の受賞作、ヤバい』 『新人とは思えない』 『昭和の文豪が転生してWeb小説書いたみたい』


嫌な予感がした。 泥のような粘着質な予感が、背中を這い上がってくる。


俺は震える指で、大賞受賞作のページをクリックした。


タイトル:『検索履歴の墓標』 著者:ゴースト・T


タイトルを見た瞬間、心臓が早鐘を打った。 『墓標』。俺が好んで使う単語だ。 だが、問題は中身だ。偶然の一致などいくらでもある。 俺は自分にそう言い聞かせ、冒頭のプレビューを開いた。


『俺の人生は、検索結果の20ページ目にある。誰にもクリックされず、インデックスから漏れ、404エラーを吐き出し続ける、死んだリンクの集合体だ。』


「……あ?」


声が出た。 呼吸が止まる。


これは、俺だ。 いや、俺の『文体』だ。 独特の自虐、ネットスラングを無理やり文学的な比喩に落とし込む手癖、読点を打つリズム。 すべてが俺の指紋と一致する。


だが、決定的に違うことが一つあった。


読みやすい。


俺の文章にある「くどさ」や「独りよがりな難解さ」が、綺麗にトリミングされている。 まるで、俺の文章を最高級のフィルターにかけ、不純物を取り除いて抽出した「純度100%の高村健」のエキス。 それが、そこにあった。


「なんだ、これ……」


ページをスクロールする。 俺がボツにしたプロット。 牧野にスキャンさせた、あの手書きのメモにあったアイデア。 「買い物リストの裏に書いた走り書き」さえもが、見事な伏線として回収されている。


盗作? いや、違う。文章そのものは新しい。 だが、この『ゴースト・T』という作家は、俺の思考回路アルゴリズムを完全にトレースし、俺よりも上手に「俺」を演じている。


俺は電子タバコを掴んだ。 手が震えて、吸い口が唇に当たらない。 ようやく吸い込むが、味がしない。 恐怖で舌が麻痺している。


画面上の「選考委員のコメント」が目に入る。


『圧倒的な筆力。現代人が抱える空虚さを、あえて古いガジェット用語で表現するセンスが素晴らしい。新人とは思えない完成度だ』


完成度。 そうだろうな。 俺が15年かけて積み上げ、泥にまみれて築いたスタイルを、AIが数秒で学習し、最適化ファインチューニングしたんだからな。


俺はスマホを掴み、牧野に電話をかけた。 コール音。 出ない。 いつもならワンコールで出る忠実な弟子が、出ない。


代わりに、SNSの通知がポップアップした。 牧野のアカウントの新規投稿だ。


『大賞受賞作、読みました! 感動です。まるで、尊敬する「ある作家」の魂が、デジタル空間で転生して、進化アップデートを遂げたようです』


添付された画像には、牧野のPC画面が写っていた。 そこには、文章生成AIのインターフェース。 そして、プロンプト入力欄にはこう書かれていた。


Input: Takamura_Ken_All_Data.txt Style: Cynical, Melancholic, but Readable (Optimize for Web) Generate: A masterpiece that surpasses the original.


「牧野ォォォォッ!!」


俺はスマホを机に叩きつけた。 液晶にヒビが入る。 その亀裂の向こうで、牧野の投稿に「いいね」が付き始めていた。


俺のアイデンティティは、たった今、フリー素材になった。 しかも、オリジナルは「劣化版」として置き去りにされたのだ。


PCの画面上で、『ゴースト・T』の連載更新通知が点滅する。

第2話のタイトルは『削除されるアイコン』。


それはまるで、俺への死刑宣告のように見えた。

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