女神様に「誰にも負けない強靭な肉体」をもらって転生したら、聖女様が泣いて喜んでくれた件
椎
前編
――最期に見たのは、彼女の泣き叫ぶ顔だった。
ジリジリと肌を焼くような真昼の交差点。アスファルトからの照り返しが視界を揺らしている。信号が赤に変わりそうな事に気づいていないのか、一台のトラックが不快なブレーキ音を鳴らしながら猛スピードで突っ込んでくるのが見えた。
その直線上、目の前には、大切な彼女が立ち尽くしていた。考えるよりも先に、体が弾かれたように動く。俺は迷わず、彼女に向かって身を投げ出した。
「危ないッ!!」
喉が張り裂けんばかりに叫びながら、俺は彼女に向かって全速力で突進した。全体重を乗せてその華奢な体を突き飛ばす。
スローモーションのように流れる景色の中で、彼女が振り返るのが見えた。俺の顔を見て、彼女は目を見開き、その愛らしい顔を恐怖に歪ませる。
――そして、彼女は絶叫した。
「イヤァアアアアアッ!!」
……そんなに怯えなくていい。もう大丈夫だ。俺が守ったんだから。
安堵しようとした直後、背後からダンプカーに殴られたような、凄まじい衝撃が俺の背中を襲った。世界が反転し、視界が急速に暗転していく。痛みを感じる暇すらないまま、意識が遠のいていくのがわかった。
遠くで、周囲の通行人たちも口々に叫んでいるのが聞こえる。
「おい、大丈夫なのか……!?」
「マジかよ、信じらんねえ……!」
ああ、俺の人生はパッとしないものだったが、最期に誰かを救えたんだ。
薄れゆく意識の端で、彼女のあの必死な叫び声がリフレインする。あれは、俺の無惨な死を悼み、悲しんでくれた声なのだろうか。
――そう思うと、悪い気分じゃなかった。
◇
「目が覚めましたか?」
気がつくと、俺は純白の空間に漂っていた。上下の感覚もなく、ただ温かい光に包まれている。目の前には、神々しい光を放つ女神が立っていた。
いわゆる、死後の世界というやつか。白い空間で、女神は口元を手で覆い、小刻みに肩を震わせていた。
「素晴らしい……本当に、素晴らしい逸材です。これほどの、『強靭な精神』を持つ魂は見たことがありません」
感動に打ち震えている女神の声は、どこか上擦っているように聞こえた。
「あなたは他者を救うために命を落としました。その勇気ある魂に、新たな生を与えましょう」
女神の言葉に、俺は心の中でガッツポーズをした。やっぱりそうだ。小説で読んだ通りの異世界転生だ。俺の行いは報われるべきものだったんだ。
「次の世界では、誰もがあなたを無視できない、圧倒的で最強の存在になりたいとは思いませんか?」
「なりたいです! 誰よりも強く、頑丈で……誰かを守れる力が欲しい!」
俺が食い気味に答えると、女神は慈愛に満ちた笑みを深めた。
「ええ、その『想い』、叶えましょう。あなたには『鋼鉄の如き肉体』、『万の軍勢をも威圧せし覇気』、そして、一振りで岩をも砕く『無双の剛腕』を授けます。あなたの魂の形にふさわしい、至高の器をご用意しましょう」
鋼鉄? 震え上がる覇気?
なるほど、比喩表現か。大方、無敵バリアとか精神干渉系のスキルといったところだろう。
異世界転生だとお約束のヒロインとか魔法についてのチュートリアルはないが、まあ、これだけの好待遇だ。贅沢は言えない。
俺は深く考えず、目の前の幸運を全面的に受け入れた。
「行ってらっしゃい。あなたのその『想い』が、あちらの世界でも伝わるといいですね」
完璧だ。俺はこの力で、弱きを助け悪を挫く、最高の勇者になってみせる。
まばゆい光に包まれながら、俺は女神に深く感謝した。
◇
意識が覚醒すると同時に、重厚な石の匂いが鼻孔をくすぐった。
重いまぶたを持ち上げると、目の前にはガタガタと震える小さな少女がいた。
場所は、豪奢な祭壇の上らしい。高い天井、ステンドグラスの窓から差し込む冷ややかな月光が、彼女の美しい銀髪を透かして輝いている。
俺はゆっくりと身を起こした。
――重い。
体が、鉛を詰め込まれたようにずっしりと重いのだ。これが女神の言っていた「鋼鉄の如き肉体」か。視線が生前よりも遥かに高い位置にある。指先の一本一本に至るまで、密度が詰まった強靭な筋肉が満ちているのがわかった。
少女と目が合った。宝石のようなその瞳には、溢れんばかりの涙が溜まっている。
直後、少女は何かを叫んだ。
それは美しい、鈴を転がすような異国の言葉だった。
「▽×○◆ッ!!」
言葉の意味はわからない。俺は一瞬、首を傾げた。
まさか、この世界で日本語は通じない……?
――そういえば、女神に異世界の言語について聞いておく事を忘れていた。
だが、その切羽詰まった響き、そして彼女の顔色を失った必死な形相。
俺は直感した。彼女は脅かされているのだ。
俺を召喚したのは彼女に違いない。そして、彼女は何らかの危機に瀕しており、最強の勇者である俺に助けを求めている。
カチャリ、と鋭い金属音が静寂を裂いた。
祭壇の入り口から、武装した男たちが雪崩れ込んでくる。豪勢な鎧に身を包み、槍や剣を構えているが、その切っ先は小刻みに揺れていた。殺気に満ちた目でこちらを睨んでいる。
やはりな。彼女を捕らえに来た追手か。
俺は少女を背に庇うように立ち上がった。
その瞬間、男たちが一斉にどよめき、後ずさりする。俺から放たれる圧倒的な威圧感に気圧されたのだろう。今の俺には、体の中からマグマのように湧き上がる無尽蔵の力が感じられる。この力があれば、彼女を守れる。
男たちのうち数人が、恐怖を振り払うかのように大声を上げながら飛び出してきた。それに抗うように、俺も腹の底から男たちに向かって叫んだ。
「ゥルッ、アアアッ!!」
「彼女には、指一本触れさせない!」
それぞれの叫びが交錯した瞬間、大気がビリビリと震え、鼓膜を圧迫するほどの轟音が響いた。
俺の声があまりにも太く、響きすぎたせいだろうか。
飛びかかろうとしていた男たちは、まるで雷に打たれたようにその場で硬直した。全員が目を見開き、顎が外れんばかりの恐怖と驚愕に顔を歪めて立ち尽くしている。中には武器を取り落とし、腰を抜かす者までいた。
さすがは女神様直伝の「王者の威圧」だ。俺の一喝だけで、彼らの戦意は完全にへし折られたようだ。
俺は一歩踏み出し、威嚇のために床を強く踏み鳴らした。
ドォォン!
まるで鉄球を落としたかのような重低音が響く。堅牢なはずの石造りの床が、踏み込み一つで蜘蛛の巣状にひび割れ、無惨に陥没した。
圧倒的な力だ。これならいける。
ふと、背中になにか温かいものが触れた。
振り返ると、少女が俺の背中に手を押し当てている。その白く細い手は、枯れ葉のように小刻みに震えていた。
彼女は涙を流しながら、俺を見上げ、震える唇で何度も同じ言葉を繰り返している。
「……◯、ズ×……テ、……」
言葉はわからない。
だが、肌を通して伝わってくる。
これは感謝と、信頼の言葉だ。「ありがとう、私を守って」と言っているのだ。
俺は安心させるように、彼女の小さな頭に自分の大きな手を乗せ、不器用に撫でた。大柄な俺に対し、彼女の頭はあまりにも小さい。力を入れすぎないよう細心の注意を払う。
触れた瞬間、彼女の体がビクリと硬直する。やはり、まだ状況に緊張しているのだろう。
「心配するな」
俺はできるだけ優しく、ニカッと歯を見せて笑いかけ、再び敵に向き直った。
よし、まずはこの場の敵を蹴散らして、彼女とここから脱出する――。
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