誰かの物語

yasuo

本編

「誰かの物語」



彼の名前を知っているかい?あの勇敢な戦士のこと。


あぁ、知っているよ。ついにボスを倒したって聞いた。


いやあ、感慨深いよね。最初はあんなに弱々しかったのに。あの大剣もいつのまにか手に馴染んじゃってね。


でも彼、勘違いしている節はあるよね。


そうだね、きっと彼はまだ、彼として生きていくことを望んでいるよ。どう説明すれば気づいてくれるのかな。


例えで話してみるとかかな?


いや、例え話は逆効果だよ。彼は自分が選んだ道だと思っている。誰かに敷かれたレールだなんて露も思っていない。


だからこそ思うんだよね。気づいて欲しいんだよ。あの大剣も本来は、持たされているだけなのに、彼は自分に合っていたと思っている。成長したのは事実だけどね。


もし彼に例えを使うなら、そうだな。「鳥籠の中で羽ばたく鳥」とか?広大な空を知らずに、鳥籠の中で飛べていると思い込んでる。それに近い。


悪くないけど、彼はきっと反発する。鳥籠なんてないって言い張るよ。そもそも、まだ檻の存在そのものが見えていない。


じゃあ、「誰かが磨いた剣」というのはどうだい?自分で鍛えたと思っているけど本当は昔から鋼の質も重さも決められていた。そんな剣の話。


それなら彼も耳を傾けてくれそうだね。あの体験への愛着は強いし、剣にも意志があるって考えるのが好きだから。


とはいえ、最後に気づくのは彼自身だ。例えを与えても、悟るには時間がいる。あのボスを倒したことで余計に舞い上がってるしね。


うん、でもきっと、気づくよ。だって彼は勇敢だから。臆病な人間は檻に触れようとしないけど、彼は違う。真実に触れたとき、剣を手放す覚悟もできるはずだ。




あれ?もしかして、君、最初から聞いてた?そうだよ。ずっと君のことを話してたんだ。


なんと奇遇だね。そうだ、今までの話を理解した上で君に聞きたいことがあるんだ。


とりあえず、君のことは讃えるよ。本当によくやった。ここまで成長して、あのボスを倒して。ここまでの道は長かったろう。


そうだね。君が躓いた瞬間も全部見ていたよ。剣が重すぎて腕が震えていた頃も、仲間を失って泣いていた夜も。それでも立ち上がって、君は前に進み続けた。


誇っていい。あの大剣だって、もう完全に君の一部だ。最初は与えられた武器だったのに、今は君が選び、君が奮った力だ。


でもね。ひとつだけ気になることがあるんだよ。


君は、本当にその先を見ているのか?勝利に酔うのは悪くはない。けれど、それだけじゃ、君自身がどこへ向かうべきか見失ってしまう。


だから勘違いしてほしくないんだ。ボスを倒したのは運命に導かれた結果じゃない。君自身の選択の積み重ねなんだ。


ここで、質問だ。


新しい道を歩くならどんな道がいい?また、勇者が旅をしてボスを倒すっていう、ありきたりでつまらない道がいい?


それとも、何の不思議もなくて、魔法も奇跡もない、ただ理屈と因果だけで組み上がった、そんな道がいいかい?


ほらね。そう言うと思ったよ。


でも誤解しないで欲しい、始まりの盤面を整えただけだ。剣の重さも、旅の順序も、出会うはずの仲間も確かに配置した。それは否定しない。


けれど、どう戦い、どう立ち上がり、どう泣いたか、君が選んだことだよ。役をどう生きたかは全て君の意志の産物だ。


物語だったのか、と言われれば、物語だった。でも、君の人生ではなかったとは言わせない。君が踏み出した一歩一歩は、君自身が確かに選んだものだ。


もし本当に仕組まれた物語ならね。君は途中で折れていただろう。だが君は折れなかった。それは脚本にすら書かれていなかった例外だった。


だから聞いたんだよ。新しい道を歩きたいのか、それとも物語の中の君でいたいのか。


わかったよ。そんなに言うんだったらもう関わらないであげる。




ここに一冊の本がある。まだ数ページまでしか書かれていない、後ろは全て白紙だ。この続きを君が書いてみろ。


今ではもう数え切れないほどの本がこの書庫には存在する。君は宇宙の広さを知っているかな。


とある星では観測可能な宇宙の広さが世界的に知られている。ただその宇宙は常に傍聴し続け、新たな物語はそれと共に増えていく。


ここは宇宙だ。君にとっての宇宙と考えてもらっていい。また、その本が書けたらこの書庫に納めに来て欲しい。

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