第22話

日織ひおりは、顔をしかめ、八咫烏やたがらすへと問い詰めた。

​「異形の寄せ集めだと? 何らかの強力な呪術じゅじゅつによるものか……」


桔梗ききょうは、腕を組みながら深く思案する。

​「……そう、だな。一つの魂に幾つもの妖怪の霊核れいかくを押し込めたとしても、その霊核れいかく同士が反発し、瞬時しゅんじに崩壊するのがことわりよ。それがあえて姿を保ち、強力な力を振るうとは……」


桔梗ききょうの眉間に深いしわが刻まれる。彼女の経験と知識をもってしても、この現象を説明することは困難だった。

朱雀すざくもまた、深刻な面持ちで口を開いた。


​「龍脈りゅうみゃく瘴気しょうきの影響でしょうか。あの瘴気しょうきは、神々のことわりすら捩じ曲げますわ。妖怪のことわりを破壊し、その形すら奪ってしまうほどに……」


朱雀すざくの言葉は、一同の不安をさらに煽った。もし瘴気しょうきが原因であれば、それは単なる妖怪の暴走ではなく、世界の根底を脅かす新たな現象だ。


日織ひおりは、虚空を睨みつけるように静かに目を閉じていた。そして、ゆっくりと目を開ける。その瞳は、もはや躊躇ちゅうちょの色を一切含んでいなかった。

​「これが、我々が備えねばならぬと言っていた、来るべき事態か……八咫烏やたがらすよ。どの人里が、最も被害甚大であるか、最も早く対応すべき場所を報告せよ」

​「はっ! 現在、報告が集中しておりますのは、北東の端にある小さな漁村でございます。すでに村の半壊が確認されております」

​「北東か……桔梗ききょう朱雀すざく。この怪異の正体は、大蛇オロチ白虎びゃっこ蝕んだむしばんだ瘴気しょうきと無関係ではないと見るべきだ。通常の妖怪とは、対処法が異なるやもしれぬ。神威かむいによる浄化が効くかどうかも分からぬ」


日織ひおりは、二人を見据える。

​「我は、まだ高天原たかまがはら中枢ちゅうすうたる日嗣ひつぎの宮を離れることはできぬ。故に―」

桔梗ききょうが、日織ひおりの言葉を遮るように答える。


​「儂が行こう。この異形の怪異、その原因が瘴気しょうきにあるのなら、儂の九尾の力をもって、そのけがれの根源を探ることが、最も早いだろう。朱雀すざく桜花おうか白虎びゃっこを頼めるか」


桔梗ききょうは、自らが精霊の成り立ちから変化した存在であり、瘴気しょうきけがれに対する異質な耐性を持つことを自覚していた。そして何より、桜花おうかの未来のためにも、この危機を放置するわけにはいかない。


朱雀すざくは、一歩前に進み出た。

​「お待ちください、桔梗ききょう殿。わたくしも参ります。わたくしは、下界のことわりに最も精通しております。人里の被害を最小限に抑え、住民を避難させる。その役割は、わたくしに任せていただきたいのです」


日織ひおりは、二人の申し出を静かに受け止める。

​「朱雀すざくの判断は正しい。この異形の怪異が、どれほどのことわりを無視した存在であるか、まだ計り知れぬ。ゆえに、朱雀すざくの援護は必須であろう」


朱雀すざくは、応じるように静かに目を閉じた。次の瞬間、彼女の周囲に炎の渦が優雅に巻き起こった。炎が収まると、彼女は纏っていたまとっていた着物から、華奢で豪華絢爛な、朱色を基調とした動きやすい闘装へと変化させていた。長く流れていた赤髪は、乱れぬよう頭の後ろで一つに結われ、その腰には、朱雀すざくの身の丈ほどもある長身の刀、四神守護刀・朱雀ししんしゅごとう・すざくが帯びられている。それは中距離から長距離に渡る、炎を用いた朱雀すざくの得意とする戦法を支えるための、特徴的な長刀であった。


​「桔梗ききょう朱雀すざく。おぬしらに、この危機を収束させることを命じる。怪異の力を分析し、その根本を突き止め、浄化せよ。そして、白虎びゃっこのことも忘れるな。この怪異が、白虎びゃっこを蝕んだ瘴気しょうきと関連があるのならば、その解決こそが、白虎びゃっこの回復に繋がるかもしれない」

​「承知した。日織ひおり。おぬしの命、必ず果たす」

​「わたくしめも、人里の被害を最小限に食い止め、桔梗ききょう殿を支えますわ」

​「うむ。八咫烏やたがらすよ、桔梗ききょう朱雀すざくを、速やかに北東の漁村へと案内せよ。途中、他の被害状況も伝えるのだ」


八咫烏やたがらすは、力強く鳴き、すぐに部屋の窓から飛び立った。

桔梗ききょう朱雀すざくは、日織ひおりに一礼すると、すぐさま八咫烏やたがらすを追って部屋を飛び出した。


​虚空を見つめていた桜花おうかは、再び白虎びゃっこの膝に頭を預け、スースーと規則正しい、可愛らしい寝息を立て始めた。白虎びゃっこは一瞬「ほえ?」と目を覚ましたものの、すぐに桜花おうかの小さな頭をそっと抱き直し、再び穏やかな表情で子守りの姿勢に戻った。


​部屋に残された日織ひおりは、静かに眠る桜花おうかの頭に手を置いた。

​「桜花おうか……。まだおぬしを戦わせるわけにはいかぬ。そのためにも、我々は、このことわりを破壊する怪異を、必ず止めねばならぬ」

​金色の瞳は、遠く下界の戦いの場を見据えていた。

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