第20話

桜花おうかの成長と共に、高天原は賑やかになったが、それだけではない変化も訪れていた。八百万の神々が桜花おうかの育成に総力を挙げる中、朱雀もまた、日織ひおりの命を受け、自らの役割を深めていた。彼女は人型となって下界へと降り立ち、人間との交流を深めることで、日ノ本の危機に遅れることなく立ち上がるための、新たな試みを始めていた。


朱雀すざくは、美しい着物をまとった女性の姿で、南の里を訪れていた。桜花おうかの育成に協力するため、人間たちの衣食住について学び、高天原へ持ち帰ることで、桜花おうかのための新しい服を仕立てたり、離乳食のアイデアを考えたりしていた。彼女は、単に知識を得るだけでなく、人間の暮らしの根底にある温かさや工夫に感動を覚えていた。特に、子供たちの無邪気な笑顔や、それを支える親たちの愛情に触れるたび、朱雀の心には新たな感情が芽生えていった。

​そして時折、高天原へと戻り、桜花おうかの様子を見守り、桔梗ききょう日織ひおりと意見を交わしていた。


​ある日の午後、日織ひおりの部屋には、日織ひおり桔梗ききょう朱雀すざくそして白虎びゃっこが集まっていた。彼らの前には、少し背が伸びた桜花おうかが、楽しそうに積み木を並べている。白虎びゃっこは、桜花おうかのすぐそばに座り、一緒に積み木をいじりながら、穏やかな表情でその様子を見守っている。


​「桜花おうか殿は、また一段とご成長なされましたなぁ」

朱雀すざくが目を細めて言った。その声には、親愛の情が滲んでいる。


​「ああ、言葉もずいぶん増えたし、何より、好奇心旺盛で困ってしまうほどだ」

桔梗ききょうが苦笑いしながら答えた。彼女自身、桜花おうかの言葉の端々に、かつての自身の面影を見出すことがあり、それが喜びでもあり、少しの不安でもあった。


白虎びゃっこが、桜花おうかが身長以上の積み木を積み上げるのを見ながら、ふと呟いた。

​「桜花おうかちゃん、最近ちからが強くなってきてるねー。この前もお大福がねー、ふわーって膨らんで、おうちぐらい大きくなっちゃったのー。美味しかったんだけど、しろはねー、少し心配ー」


白虎びゃっこの言葉に、日織ひおりは顔をしかめた。つい先ほども、桜花おうかが積み木を高く積み上げようとした際、誤って天まで届くほどの巨大な塔にしてしまい、慌てて日織ひおりが元に戻したばかりだ。その強大な力は、未だ幼い桜花おうかには手に余るものだった。


​「致し方ない。八つの権能けんのうの根源は、桜花おうかの魂に深く眠っている。今は、その力を制御する術を知らぬだけなのだ」

日織ひおりが穏やかに説明した。桜花おうかの内に宿る力がどれほど計り知れないものかを理解しているからこそ、焦らず見守ることを選んでいた。


朱雀すざくが、桜花おうかのために仕立てた新しい着物を広げた。絹糸で織られたその着物は、鮮やかなおうか色で、桜花おうかの綺麗な銀色の髪によく映えるだろう。

​「それにしても、この子のおかげで、わたくし達も人間について深く学んでおりますわ。この着物も、南の里の娘が着ていたものを参考に仕立てたのです。動きやすさを考え、それでいて可愛らしく。素材も、肌触りの良い木綿と絹の混紡を試してみましたの」

​「離乳食についても、人間の子が食すものをいくつか試しましたが、桜花おうか殿は味覚も鋭いようで。特に、果物を裏ごししたものがお気に入りでしたわ。栄養バランスを考え、高天原の素材で再現するのに、少々骨が折れましたけれどね」


​朱雀の言葉には、桜花おうかへの深い配慮と、人間への敬意が込められていた。


​その時、桜花おうかが、積み木の塔のてっぺんに1輪の花を飾ろうとした。しかし、白虎びゃっこが既に追加で高く積んでしまっており手が届かない。桜花おうかは、じっと花を見つめ、次の瞬間、その小さな体から淡い光が放たれた。すると、積み木の塔のてっぺんに、花がまるで瞬間移動したかのように現れたのだ。


​「わあ!」

桜花おうかは、手を叩いて喜んだ。

​「桜花おうかちゃん、どしたのー?」

白虎びゃっこが、桜花おうかの突然の行動に驚き、間延びした声で尋ねた。花が積み木の上に現れたのを見て、

​「ほえ?」

​と、不思議そうに首を傾げた。


​「これは……様々な権能けんのうが混じり合っているように見受けられる。無意識の行使とはいえ、その影響力は計り知れぬな……」

日織ひおりが、桜花おうかの指先から放たれた淡い光の残滓を見つめながら、静かに分析した。


​「積み木一つで、これほどの力が発動されるとは……。この子の力の片鱗を見るに、改めてその成長の重要性を痛感しますわ」

​朱雀が深々と頷いた。彼女もまた、桜花おうかの計り知れない可能性を感じていた。


​「しかし、花1輪だけとは。以前は空間そのものを歪ませていたのに……少しずつ、力を制御しようとしておるのかもしれぬ」

桔梗ききょうが、桜花おうかの様子をじっと見つめながら言った。彼女の言葉には、希望と同時に、まだ見ぬ力の大きさに畏敬の念が込められていた。


​「すごーい……桜花おうかちゃん、お花屋さんー?」

​間延びした声で言う白虎びゃっこに、桔梗ききょうが優しく語りかけた。

​「白虎びゃっこ桜花おうかは花を咲かせたわけではない。空間ごと移動させたのだ」

​「あれれ? そうだったかなー?」


​朱雀が、そっと桜花おうかの小さな手を握る。

​「わたくしは、この子の衣食住を通して、心身ともに健やかに育つよう、寄り添っていきますわ。人間の営みは、この子にとってきっと大きな学びとなるでしょうから」

​その柔らかな声には、母性にも似た温かい愛情が宿っていた。


日織ひおりは、皆の言葉を聞きながら、静かに桜花おうかを見つめていた。この幼い神子が、高天原の希望であり、そして日ノ本の未来そのものなのだ。

​神々は、桜花おうかの新たな権能けんのうの発現に驚きつつも、その成長を温かく見守っていた。この幼い神子の力が、いつか日ノ本を、そして世界を救う大きな力になることを信じて。

​この世界の運命は、まだ定まっていない。小さき幼神の大いなる一歩は、果たしてどこへと向かうのだろうか。

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